琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】危機の正体 コロナ時代を生き抜く技法 ☆☆☆


Kindle版もあります。

人とのつながりを断絶させた新型ウイルス。都市封鎖など国家機能は強化され、
富裕層とそうでない層との格差はますます広がる。
まさに「富の多寡」が感染リスクや命を左右する時代を新型コロナはもたらした。

密集と接触を極力減らす〈反人間的〉な振る舞いが要求されるニューノーマル
(新しい日常)の時代、変容する価値観の中を私たちはどう生き抜けばよいのか

疫病がもたらす不条理、強化されつつある国家機能に飲み込まれず、
いよいよ到来する本格的な大再編時代に向けたサバイバル的思考を
インテリジェンスの専門家が伝授する。


 日本での新型コロナウイルスの感染者は、まだ増えてきています。
 その一方で、重症者の割合が減ってきていることや、「慣れ」、自粛生活への疲れもあって、マスク着用や手洗いなどの感染予防を続けながらの日常生活が、少しずつ戻ってきてもいるのです。

 職場での飲み会やひとつの部屋に集まっての長時間の会議などが無くなったことには「ずっとこのほうがいいなあ」と思っている人も少なくないかもしれませんね。
 マスクは息苦しいけれど、あんまり世間話とかをしなくてもいい雰囲気になっているのは、個人的にはすごくラクなのです。

 この本の著者の佐藤優さんは、新型コロナウイルスの影響は、その人が属している「階級」によって違う、と指摘しています。

 新型コロナ禍をきっかけに、働き方が変わるといわれています。リモートワークはその代表的なものでしょう。自宅から参加するウェブ会議に慣れなくて大変。子どもも休校で家にいて、在宅での仕事に集中できない。仕事と生活との区切りがつかず、かえって労働時間が増えた、などというリモートワークをしているビジネスパーソンの声をメディアは伝えていますが、ネット環境が整いリモートワークができるのは大企業の話です。給与も保証されています。アンダークラスの大変さとは根本的に質が異なります。
 アンダークラスには、コロナ解雇、雇い止めによって仕事そのものをすでに失った人、現在進行形で不安に晒されている人も少なくありません。小泉純一郎政権のもとで本格化した新自由主義的な構造改革によって、企業は終身雇用と年功序列を軸とする日本型経営の転換に手をつけ始めました。雇用の多様化も大きな柱の一つですが、言葉を換えれば、企業にとって足かせとなる人件費の負担を軽くする、つまり脆弱な社会保障のもとで働かざるを得ない非正規労働者の割合を増やすことになりました。その中から、人それぞれ理由はあるでしょうが、職業訓練もじゅうぶんに受けられないアンダークラスに属する非正規労働者が生まれていったのです。経済活動が再開されても、国は国民への再分配を増やし社会保障を手厚くする方向へ回帰するとは考えられません。アンダークラスの生活の質が向上する条件は、見当たらないのです。
 海外の事例になりますが、エストニアでは(2020年)3月中旬から新型コロナの影響で、仕事のなくなった企業が従業員を運送業など人手不足の企業に融通するシェアリングサービスを始めました。今後の労働モデルの一つになりそうですが、日本企業では社員の副業を認めることにさえ、雇用保険の負担割合をどうするかなど、さまざまな制度の規制が壁になっています。そう考えると、企業間での雇用者のシェアリング導入にはかなり時間がかかると思います。


 人手不足の企業へのシェアリングか……これはかなり有用なアイデアのように思われるのですが、考えてみると、運送業だってそれなりの専門性がある職種ですし、宅配便などの場合には「人と接触しなければならない」すなわち、感染のリスクが高い仕事でもあるわけです。リモートワークのメリット、デメリットがネットでは話題になっていますが、リモートワークができない環境、あるいは職種の人は大勢います。

 人材系シンクタンクのパーソル総合研究所が、緊急事態宣言発出後の(2020年)4月10日から12日にかけての働き方についての調査を、全国の就業者約2万人(20~59歳)に対して行っています。その結果、テレワークを実施していた人は27.9%。会社の規模別では、大企業(従業員1万人以上)の正社員のテレワーク率は43.0%。一方、100~1000万未満の中小企業では、25.5%と、大きな差が生じています。また、緊急事態宣言が解除された後の同社の調査では、テレワーク実施率が25.7%とやや減少しています。
 日本の全企業に占める大企業の割合は0.3%、中小企業が99.7%。従業員の比率では、大企業の社員が30%、残り70%が中小企業の社員です(2020年版『中小企業白書』による)。
 もう少しデータを見てみましょう。企業から賃金を得ているすべての労働者(被雇用者)のうちパートや派遣など非正規雇用者の比率は、38.2%(2019年総務省労働力調査)と、高水準です。「コロナ不況」で解雇や雇い止めにされた人は3万2348人(2020年7月7日厚生労働省発表)で、そのうち約60%が非正規雇用者です。失業予備軍といわれる休職者が約423万人もいます。
 これらのデータは、ますます進む二極化、さらに拡大する格差を物語っています。しんがたコロナ禍が引き金になって国内外の経済状況が一気に悪化しました。コロナ禍が落ち着いても経済の低迷が長引くと予想されています。


 人類の歴史上、大きな戦争や大規模な疫病の流行は、「人々の階級や格差をリセットする」という役割を果たしてきた面があるのです。
 ところが、今回の新型コロナウイルスの流行に際しては、現状、「持てるものは、安全な場所で他者との接触を少なくして生きていける」のに対して、「持たざる者は、リスクを承知で、人との接触が多い仕事を引き受けなければならない」という状況になっています。
 多くの飲食店が閉店に追い込まれ、仕事を失った人が多い一方で、株価は一時急落したものの、政策的な市場への資金投入もあり、2020年8月中旬の時点では、(業種にはよるものの)「コロナ以前」に近い水準まで回復しているのです。
 お金がある人たちの世界と、困っている人たちの世界があって、同じ国で生きていても、お互いに相手のことが見えなくなっている。


 佐藤さんは、「新型コロナ後」の「新たな日常」についても、太平洋戦争時の翼賛体制で政府から出された「週報」を紹介しながら、その「オススメの生活様式」を盲信することの危険性を指摘しています。

 法律や条例によって、新型コロナウイルス対策として、人の移動を規制することも理論的には可能なはずなのです。しかし、国も都道府県もそれをしませんでした。その理由は2つあると考えています。
 第1は、そのような法律や条例が憲法違反であるという訴訟を起こされた場合、裁判所によって違憲という判断がなされる可能性が排除されないからです。裁判所で合憲になる見通しが高いとしても訴訟が起こされれば、それに対応するエネルギーが厖大(ぼうだい)になります。行政官はこの種の仕事を嫌います。
 第2は法律や条例が存在しなくても、国や都道府県が自粛を呼びかければ、法律や条例に相当する効果がこの国では期待できるからです。行政府が国民の同調圧力を利用するというわけです。行政手続きも何も必要ありません。
 これこそが、翼賛の思想なのです。翼賛の本来の意味は、<力を添えて助けること。天子の政治を補佐すること>(『デジタル大辞泉小学館)とあります。翼賛は強制ではないという建前です。翼賛という力は、人々が自発的に天子(肯定や天皇)を支持し、行動するように作用します。みんなと同じ行動をしない者は「非国民」として社会から排除されることになるのです。
 新型コロナウイルス対策の過程で、無意識のうちに翼賛という手法が強まっていると感じました。たとえば「自粛警察」がそれです。誰からも頼まれていないし、権限もないのに、自分の正義感から、新型コロナの感染を拡大させそうな人や店を攻撃する人々。公園で遊んでいる子どもたちを怒鳴る人々。咳をしただけで激昂する人々。県外ナンバー狩りをする人々。あるいは感染者是との岩手県達増拓也知事がコロナに感染した「第1号になっても県はその人を責めません」(朝日新聞デジタル、2020年5月15日)と会見で言ったことの裏を返せば、岩手県で最初に感染した人は、プライバシーを晒され、激しく非難される危険性があり得ると考えたからでしょう。
 こうした自粛警察は、大政翼賛会の末端組織である隣組のようなものです。隣組は互助組織であると同時に、お互いを牽制・監視する機能も果たしていました。


 現実的には「自粛警察」の存在が、人々の行動を制限する効果があり、感染予防に役立ったとも思うのです。
 とはいえ、感染者に対する批判やバッシングは筋違いだし、県外ナンバー狩りなんていうのは、やりすぎでしょう。
 「感染を広げない」という「大義」があれば、議論の末に法律や条例が成立したわけではなくても、「自発的に」個人の自由を制限することを厭わない人たちが少なからずいて、行政はそれを利用することで、人々の生活をコントロールすることができました。
 戦争という「非常事態」でも、同じようなことが行われる可能性は否定できません。

 こういうのは取り越し苦労であってもらいたいし、他国のような法的な制限ではなくて「自粛」を選んだのは、日本が手続きを重んじる民主主義の国であるがゆえだと思いたいけれど、「きっかけ」になりうる事例として、この「自粛警察」には注意しておいたほうがよさそうです。

 僕は、世の中には「テレワークのほうが力を発揮できる人」もいるだろうし、このコロナ禍で「社会の効率が悪い慣習が改善されたり、生きやすくなった人が増えたりする」可能性もあると考えています。
 日本人がこのままずっとマスクをしたまま生活するとは思えないけれど、これをいつ外すのか、というのも、難しい問題ですよね。


コロナの時代の僕ら

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