琥珀色の戯言

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【読書感想】「顧客消滅」時代のマーケティング ファンから始まる「売れるしくみ」の作り方 ☆☆☆


コロナ禍により、街から人が消えた。だが、そんな中でも、売上を倍増させた店や会社があった……。絶望的な時代を乗り切る、コロナ時代の新・マーケティングバイブルが登場! コロナショックの影響を最も受けたのは、リアルな顧客を相手にする小売・サービス業だ。だが、1,500社を超える企業が参加する会を主宰するマーケティングのカリスマ・小阪裕司氏のもとには、「コロナ禍でも売上が落ちなかった」「むしろ売上が伸びた」という声が多く届いているという。「顧客消滅」という非常時にこそ、「一見よりもファン作り」「フローからストックへ」といった小阪流マーケティングの真価が発揮された形だ。「営業自粛でも前年比150%を達成したレストラン」「深夜営業NGでも売上を維持したバー」「取引先を次々とファンにしたBtoB企業」など豊富な事例をもとに、マーケティングニューノーマルを説く。


 新型コロナウイルスの感染拡大は、サービス業に大きなダメージを与えました。
 外出・外食の自粛が促されたり、夜間営業の禁止や感染予防対策など、飲食店も厳しい状況に追い込まれているのです。
 「食事中の会話は控えてください」とか「20時に閉店」と言われると、それなら、わざわざ外食しなくてもねえ……基本的には「ステイホーム」のほうが良いのだろうし……という気持ちにもなりますよね。
 行政からの「協力金」で、かえって潤っている店もある、とも聞いて、それはそれで釈然としないものもありますが。

 新型コロナウイルスの感染拡大のような特別な状況であれば、「売れなくなる」のが当たり前だと思うのです。
 テイクアウトに活路を見いだした、という店もあるとしても、「もともとテイクアウトをやっていて、ノウハウを持っている」ところに、新規参入で勝負するのは難しい。僕もお客としては、待ち時間が短くて、手際が良い、テイクアウト向きのメニューを選ぶことが多いですし。

 著者は、マーケティングの専門家として、「新型コロナ禍のなかでも、売上を伸ばしてきた店」を紹介し、なぜ、それが可能だったのかを検証しています。

 そこで、こういう例をご紹介しよう。新潟の農村部、田んぼと山に囲まれた地域にある、45坪ほどの小さなスーパー「エスマート」での出来事だ。

 2020年4月に発出された緊急事態宣言は、5月に入ると各地で段階的に解除されていった。しかし、先述の通り、人出が一気に元に戻ったとは言い難い状況だった。
 そんな中、同店には、緊急事態宣言解除の直後、顧客がわっと押し寄せた。別に便利な場所にあるわけではない。それどころか、周囲はまったくの田園地帯で、人家もほとんどないような場所だ。
 にもかかわらず、開店直後から顧客が大勢やってきた。
 ある70代半ばのお客さんは、店内に入るなり店主のところへ駆け寄り、興奮気味にこう言った。
「店長! 私、昨日の夜からワクワクが止まらないの~! 明日、エスマートに行こう! と昨日の夜主人と約束した瞬間からず~っとだよ。今朝起きてもワクワクしてるの! ねぇ、店長、何? この店何? このワクワクは何? 止まらないんだけど(笑)」
 緊急事態宣言下で我慢の日々が続いていた反動もあるとは思いつつ、この言葉は嬉しかったと店主・鈴木紀夫氏は言う。
 ちなみに同店、顧客からは次のような言葉をよくいただくそうだ。
「何か温泉旅館に来たような気分になる」
「ディズニーランドより楽しいかも」
「おばあちゃんから、あの楽しいところにまた連れて行ってとせがまれるんです」
「子供があの店にまた行こう、また行こうとうるさくて」
「私、週末にここに来る楽しみがあるから一週間つらい仕事を頑張れるんです」
「将来こういう店を持つのが私の夢なんです」
 確かに同店は、こう言われるだけのことはやっている。店主の意志ある品揃え、店内ありこちの読むだけで楽しいPOP(店頭販促物)、来店客との親しげな会話、等々。


 本の記述からは、『ドン・キホーテ』や『ヴィレッジヴァンガード』みたいな感じのスーパーマーケットなのかなあ、と僕は思ったのです。
 この店の場合は、新潟の農村にある、という立地がかえってプラスになっているのかもしれません。
 そして、僕自身もコロナ禍のなかで実感したのは、「実物の商品を見ながら買い物をするというのは、けっこう楽しい」ということなんですよね。ネットショッピングとはまた違った高揚感があるのです。


 著者は、新大阪のバー「バーキース」の事例も紹介されています。

 バーキースはご夫婦でやっている小さなお店で、すでに20年以上続いている。その間ずっと常連客を大事にして商売していたが、2019年に、その常連客を会員化する制度を導入。コツコツと絆作りを進めてきた。その会員らには、1本数万円のウイスキーが予約だけで完売するというのだから、培ってきた絆の強固さがわかる。
 この会員、2020年を迎える頃には、その数が500人ほどになっていたが、そんな中でのコロナ禍である。
 同店では緊急事態宣言発出の直前、この約500人の顧客にハガキを出した。そして、開業以来の危機であることを報告するとともに、おつまみの通販とテイクアウトをやることを通知。おつまみといってもバーのおつまみだから、単価もたかが知れている。にもかかわらず、前年とそん色ないほどの売上を作ることができた。
 その理由は、500人のうち半数を超える276人が、積極的に買い物をしてくれたからだ。ちなみに、通販とテイクアウトは会員以外の人も買うことができたが、買ってくれたのはほぼすべて会員だった。


 半数以上の会員が通販やテイクアウトに「協力」してくれたというのは、すごいことだと思うのです。お客さんの側だって、コロナ禍で、経済的に苦しんでいた人も少なからずいたでしょうし。
 会員以外の人からのオーダーがほとんどなかった、ということを考えると、この「バーキース」は、会員にとっては「絶対に潰れてほしくない店」だった、ということなのでしょう。
 
 新型コロナ禍は、テイクアウト需要の増大など、業態の変化をもたらしたのは事実なのですが、付け焼刃でテイクアウトをはじめても、なかなかうまくいかない店が多かったのです。
 「テイクアウトできるようにすればうまくいく」というわけではなくて、その店や商品が「本当に必要とされているか」が問われた、と著者は述べているのです。

 だが、表面だけを見て「通販をすればいいのか」「『開業以来の危機!』って言えばいいのか」と捉えると、本質を見誤る。彼らの本質はそこではない。
 より重要なのは、「顧客を持っていた」ということだ。フローのお客ではなくストックの顧客を持っていたことなのである。
 
 フローとストックとは、一般的には経済学、あるいは会計学の用語である。フローとは「流れ」を意味し、一定期間内に流れていくもの。会計で言えば売上や費用などを指す。一方、ストックとは「貯蓄されたもの」であり、会社が持つ設備などの資産を指す。
 これをマーケティングの世界に置き換えると、「フロ一=一見客」「ストック=常連客」ということになる。
 もちろん、どちらも大事である。一見客がいなければ常連客も生まれないという意味では、すべてのビジネスはフローから始まる、とも言える。
 ただ、コロナショックの影響を受けなかったのは明らかに、ストックされた顧客を保持している「ストック型のビジネス」を行っていた企業や店舗であったのだ。


 どうやって、その店の「ファン」を集め、顧客リストを作り上げていくか、が、これからのビジネスでは大事になってくるのです。
 とはいえ、あからさまに「うちのファンになってくれたら、こんなにお得!」みたいなアピールをしても、お客は飛びついてはくれません。
 「安さ」を売り物にしていれば、いちばん安いときにはお客さんが大勢いても、そこから転落してしまえば、一気に売れなくなってしまいます。
 「安さ比べ」では、大資本やAmazonと勝負するのは難しいでしょうし。

 これからの時代は「心が豊かになる」か「コスパがいい」かのどちらかの価値を提供している企業しか生き残ることはできない。しかし「コスパ」の道を選ぶためには、巨大な投資と労力を覚悟しなくてはならない。資金力のある大企業や最先端のIT技術で勝負する企業以外、ほとんどの企業が選ぶべきは「心が豊かになる」ビジネスだろう。
 では、どのように「心が豊かになる」ビジネスを展開すればいいかというと、そのためにはまず、「自社はどんな価値を提供して、どのように心豊かになってもらうか」を考える必要がある。また、「あらゆる人の心を豊かにする」のが難しい以上、自分たちが相手にすべき顧客は誰かを、ある程度絞り込むべきだろう。それに合わせて、商品やサービスそのものを見直してみる必要も出てくるかもしれない。
 コロナ禍で「フロー」が途切れたことにより、「自分たちが本当に提供すべき価値は何か」「自分たちの本当の顧客は誰か」がより、見えやすくなっているという側面もある。ぜひ、この機に原点に立ち返り、自分のビジネスを見直してみていただきたい。


 そうか、「コスパ競争」が無理なら、「お客さんの心を豊かに」すればいいんだ!
 ……って、「心を豊かにする」というのは高いハードルだからこそ、みんな困っているんですよね……
 
 それでも、この本で紹介されている事例を読むと、少しはヒントが見えてくるような気もするのです。
 もしかしたら、こちら側の品質やサービスを「オンリーワン」にするより、田舎や高齢者をターゲットにしてみる、というのが現実的なアプローチなのかなあ、などと思いながら読みました。


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