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【読書感想】交通誘導員ヨレヨレ日記 ☆☆☆☆

交通誘導員ヨレヨレ日記――当年73歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます

交通誘導員ヨレヨレ日記――当年73歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます


Kindle版もあります。

交通誘導員ヨレヨレ日記

交通誘導員ヨレヨレ日記

  • 作者:柏 耕一
  • 出版社/メーカー: 三五館シンシャ
  • 発売日: 2019/07/18
  • メディア: Kindle

内容紹介
喜びも笑いも涙もすべて路上にあり。
「誰でもなれる」「最底辺の職業」と警備員自身が自嘲する交通誘導員の実態を、悲哀と笑いで描き出す
――すべて実話の生々しさ――

全国55万人強の警備員の主流をなしている「交通誘導員」の人間臭いドラマを克明に描いた初めての作品。通行人にクレーム入れられ、現場監督に怒鳴られ、警察に注意され……。それでも私は今日も路上に立つ。


 交通誘導員というのは、道路工事などの際に、誘導灯を振って片側交互通行の指示をしたり、迂回路の案内をする人たちです。
 交通誘導員を見たことがない、という人は、まず存在しないと思います。
 夏は暑そうで、冬は寒そう。仕事は単調にみえるし、けっこう大変そうだな、高齢者も多いし……などと、ふと思うことがあるくらいで、大概は「また工事か……こんなところで止められて、めんどくさいな」が僕の基本的な道路工事に対するスタンスです。そこにいる「人」を意識することはほとんどありません。

 著者は、長く出版業界で働きながら、収入の手段として、警備員(交通誘導員)の仕事もやっている73歳の男性です。
 いまの世の中では、70代くらいって、一昔前の「おじいちゃん、おばあちゃん」というイメージにあてはまらない人が少なくありません。もちろん、人それぞれ、ではあるのですが。

 交通誘導警備員は、全国でおよそ55万人(2017年末)近くいる警備員のなかで、40%を占めているそうです。きつい仕事で、日当もそんなに高くない(日勤で1日9000円くらい)。頑張って仕事を入れている人で、この仕事だけだと、月収で18万円くらい。ただ、特別な資格や技術が求められず、高齢者でも可能な仕事なのです。著者が働いている会社では、70歳以上が8割を占めているのだとか。

 これを書いている著者も、ギャンブルや出版関係の仕事による借金などもあり、「生真面目に生きてきた」わけではなさそうです。
 ちなみに、自己破産者は交通誘導警備員の「欠落事由」にあたるそうで、「警備」の仕事だけに、厳しいところもあるんですね。

 読んでいると、簡単そうにみえる仕事だけれど、周囲の住民やドライバー、同僚など、けっこう気を遣わなければならない相手が多いのです。

 とくに、地域の人たちや店のお客とは揉め事を起こさないように、と強く釘をさされるのだとか。

 目黒区八段の現場ではガス工事が行われた。周囲はマンションなどもある住宅街で、私の担当は工事現場からおよそ80メートルほど離れた車両通行止の立哨である。目の前の4車線道路から工事現場方向へ侵入しようとするクルマの迂回のお願いが役割である。だが、住民のクルマや営業車はその範疇ではない。
 午後に入った頃、1台の赤いクルマが工事関係車両の後ろにぴったりつけて進入してきた。慌てて私はそのクルマを停車させた。
「すみません。まっすぐ通り抜けることはできません。どちらへ行かれます?」
 すると赤い車の窓を開けて、ちょっと派手目の化粧と服装の中年女性が「すぐそこよ。ほら見えるでしょ、そこのマンション」と指をさす。マンションは現場周辺にいくつもある。こういう曖昧な返事には注意を要する。もっと具体的に聞かねばならない。
「というとあの5階建ての白いマンションですか。あそこなら工事現場のすぐ近くですが右折して通れますよ」
 私は一番近くに見えるマンションを指さして話をした。すると女は「そうよ、そこ、そこ」と答える。私もこれなら間違いあるまいと思った。「どうぞお通りください」と声をかけると女はクルマを発進させた。
 ところがそのクルマは白いマンションへ続く道には右折せず、工事現場の手前で停車している。「はあ?」である。
 現場ではしばらく女とのやりとりがあって、工事を中断させて作業員が慌ただしく動いている。掘り返した穴の上に鉄板を渡し、女の赤いクルマはその上を通っていった。しばらくすると50過ぎの監督が恐い顔をして私に近づいてきて「いったいあんたは何のためにそこに立っているんだよ?」と大声で詰問してきた。
 こんなとき弁解してもムダだが、素直に謝る気にもなれない。「いや、手前の白いマンションですかと指を差して確認したら、そうだと言ったので通しました」と答えた。すると責任者は「あの女は『ガードマンがまっすぐ行けますと言ったから来た』と言ってたぞ。もっとしっかり相手の話を聞かなければダメじゃないか。しょうがねえなあ」と怒りをトーンダウンさせて戻っていった。
 しかし不愉快この上ない。これ以上どう聞けというのか、ドライバーの中には迂回したりバックしたりするのを嫌い、工事現場の前まで行けばなんとかなるだろうと考える人がいるのだ。


 こういうのって、ドライバーに限らず、よくある話ではありますよね。
 「わざわざそんなウソをつく人がいるのだろうか?」と第三者からは疑問に思うような事例でも、責任をなすりつける相手が自分より立場が弱かったり、その場かぎりの関係だったりする場合には、自分に都合のいいウソをついて(本人にとっては、それが「事実」になってしまっているように感じることさえあります)、自分の立場を良くしよう、という人は多いのです。
 この場合は、通れそうに見えたので現場に行ってみたけれど、やっぱり無理だったので、責任を警備員になすりつけた、ということなのでしょう。
 こういうことをするのはみっともない、とは思うのだけれど、そういう、みっともないことを、つい、やってしまうのも人間なんですよね。
 相手は高齢だし、「たかが交通警備員」と侮られてしまいやすいのだろうなあ。
 

 そして、警備員と作業員、警備員どうしの人間関係もなかなか難しい。基本的には、あまり濃密な関係にはならず、仕事の時間になると集まってきて、終われば挨拶をして帰る、という感じだそうなのですが、どんな仕事でも、その中で、マウンティングを行おうとする人がいるのです。

 さまざまな現場で仕事をしてきて思うのは、人柄のいい親方の下には粗暴な作業員はいないし、乱暴な言動をする親方の下には同じような作業員が多いことだ。警備員に「おいオマエ」などと言って話しかけてくる親方の現場には誰でも行きたがらない。
 先日も朝9時過ぎに道路現場で仁王立ちになった40歳くらいの親方が重いカラーコーンを頭上に持ち上げ作業員めがけて怒鳴り声を発しながら3度も投げつけていた。この親方はヤンキー上がりと同僚からは聞いていた。
「だからどうだ?」と言う人もいるかもしれないが、人も自転車もよく通る場所で、それはないだろうというのが私の感想である。自分の仕事に誇りがあればできることではない。ましてこんな親方と1日一緒に仕事をする身としては心おだやかな気持ちにはなれない。


 どんなコミュニティにも、パワハラや嫌がらせをする人はいる。初対面の警備員にそんなことをしても何かメリットがあるのだろうか、と思うのですが、「そういう人」は、どこにでもいるみたいです。
 そういう人に限って、上司や権力を持っている人にはへりくだっていることも多いのです。
 警備員の世界も、状況判断能力とコミュニケーション能力だよなあ、と思うのですが、その一方で、仕事というのは何でもその二つの能力があるに越したことはない。
 外資系のIT企業でバリバリに働けるような若い人が、あえて交通誘導員の仕事をやる必要はないですよね。

 著者は、注意力が散漫、無責任、空気が読めないなど、「できない警備員」について述べています。
 その一方で、こう書いてもいるのです。

 ではこういうできない警備員は無用な人なのかと言えばどんなことはない。会社は彼らを辞めさせることはない。なぜならそれでも貴重な戦力なのだ。
 5人、10人現場では誰もが重要なポジションにつくわけではない。全体を見ながら差配する隊長もいれば員数合わせの警備員も必要なのだ。日給はほぼ同じである。
 会社は警備員を依頼されて引き受けるとき、できる人とできない人を分けて金銭的請求をしているわけではない。10人必要なら10人揃えることが会社の力量であり信用なのだ。警備員も適材適所で配置すれば、力量のばらつきはある程度は解消される。そこがこの仕事が高齢者にも向いているところと言えよう。
 とかく話題のZOZOの前澤友作社長は人材活用に関して、給与でことさら能力差をつける必要はないと言う。
 というのも何人かでキャンプに遊びに行けば、火を起こすのが得意な人、テント張りが得意な人、料理が得意な人がそれぞれ役割分担して協力し合う。川で魚が何匹か釣れれば平等に分ける。そこで差をつけようとする人間はいない。集団では能力差は解消できる。会社も同じである。そんなことから前澤は今後の社員採用ではくじ引きも考えていると広言している。
 話を戻すと、できない警備員や高齢者は会社や仲間に認められないと思って仕事をしているわけではない。警備という仕事のピースの一つでいいと思っている。
 よく言うではないか、会社で足手まといの社員を排除したからといって生産性が急上昇するわけではなく、またその分できない社員がゾンビのように出てくる、と。
 社会とはそういうものなのだ。持ちつ持たれつで成り立っている。警備業界をつぶさに観察するとまさに社会の縮図というのはそういうことでもある。


 みんなが「ハイスペック人材」なわけではないし、そうなれるはずもない。そのなかで、警備員という仕事は、さまざまな人が「自分で働いて食べていける世の中」であるために、重要な役割を果たしている、とも言えそうです。
 日本は、どんな仕事でも、求められる人材の基本スペックが高すぎるのではないか、ということを、この人手不足の状況では、あらためて考えてみるべきなのかもしれません。
 コミュニケーションは得意ではないけれど、単純な作業や単調な仕事が苦にならない人に向いた職場だって、あったほうがいい。

 著者も述べているように、「感動的なエピソードや、心温まる、ほっこりした話」は出てきませんが、その率直さには、なんだかホッとするのです。
 「ディズニーランド気配り」みたいなものがすべての職場に必要な社会は、働く側にとっては、あまりにもハードルが高すぎるから。


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