琥珀色の戯言

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【読書感想】世界の〝巨匠〟の失敗に学べ!ー組織で生き延びる45の秘策 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

負け戦のときに必死になるな。合理性なき上司の「ムチャ振り」に付き合うな。友達は大事にしろ。人の悪口に相槌を打つな。結論をズバリ言うな。上司が「これは一般論なんだけどさ」と言い出したら赤信号! どんな時代にも生き延びる手段はある。田中角栄、トランプ、李登輝山本七平乃木希典、オードリー・タン......。世界の〝巨匠〟に学べ。数々の修羅場をくぐり抜けてきた両著者が、組織で生き抜く秘策を余すことなく伝授する。


 池上彰さんと佐藤優さんの対談本。
 今回のテーマは「先人に学ぶ、組織でのサバイバル術」です。
 僕自身も、25年くらい、いや、学生時代も合わせると、45年くらい「組織」の一員として生きてきました。
 正直、処世術が上手かったとは言えず、他人とうまくやるための努力にも消極的なままで、「特段仕事ができるわけではないが、とりあえず言われたことはある程度やってくれる人」で、「わざわざクビにするほどでもない」存在であり続けたような気がします。
 あとは、医師免許を持っていたことは、食べていくうえで、本当に役に立っています。あんまり自分には合っていないけれど、けっこうお金がもらえて人からバカにされない仕事であったがゆえに、ずっと続けてきたことには、幸運とともに、もっと自分に向いた仕事があったのではないか、というやるせなさも感じてはいるのですが。

 池上彰さんは、NHKに記者として入社したものの、『こどもニュース』の解説者に抜擢されて「伝え方」について悩んだ時期があったそうですし、佐藤優さんは、もともと宗教の研究者を目指していたのが、外交官として日本とロシアの関係改善に尽力していたら鈴木宗男さんの事件に連座する形で失脚し、作家に転向した方です。
 結果的には、現在はともに「天職」にみえる仕事をされていますが、これまでに、組織の理不尽さ、「組織で生き延びる」ことの難しさを身をもって経験しているのです。

 この本では、日露戦争での日本軍の指揮官として、また、明治天皇に殉死したことで知られる乃木希典さんから、台湾にデジタル革命を起こした天才、オードリー・タンさんまで、さまざまな人物を通して、「組織で生き延びるためには、どうすればいいのか、あるいは、よかったのか」が論じられています。

 乃木希典さんの項では、旅順要塞の攻略には成功したものの、突撃を繰り返し、あまりにも多くの犠牲者を出したことに対して、後世からの批判を受けていることが紹介されています。
 それに対して、佐藤さんと池上さんは「限定合理性」の話をされているのです。

佐藤優では、乃木はどうして相手に返り討ちに遭うのが明白な、無謀な攻撃を繰り返すような指揮を執ったのか? 実は彼には、効果的に敵を攻撃できる「弾」がありませんでした。だからといって、旅順攻略の命を受けた以上、指をくわえて見ているわけにはいかない。そうした状況に置かれたリーダーには「肉弾で突っ込む」という結論しかなかったのです。


池上彰相手が堅牢な要塞に籠っているわけですから、こちらから動かなければ、それはそれで味方の消耗が大きくなってしまう。


佐藤:今ある資源、残された時間という制約の中で、何をしても敵の要塞を落とさなくてはならない。そう考えると、白襷隊という戦法は、決して突拍子もないものではありません。人間は、情報や手立てが限られた中でも、「合理的に」行動しようとします。そういう「限定合理性」が支配する下では、乃木の判断は選択肢として正しかったとさえ言えるでしょう。


池上:大局的に見れば、とんでもない命の無駄遣いなんだけれども、それとは異なる合理性がルールの現場では、愚かと切って捨てられて終わり、という行動ではなかった。重要な視点だと思います。


佐藤:しかも、これは、いったん始めると止めるのが難しい。撤退すれば、今までの屍がそれこそ全部無駄になってしまいますから。


 こういう「限定合理性」(与えられた環境のなかで、最適な効果を得ようとすること)に基づいた行動というのは、後世やそのプレッシャーの外側の人からは「なんでそんなひどいことをするんだ」と責められることが多いのは確かです。
 神風特攻隊は、当時の日本の戦力では、唯一に近い「少しは米軍にダメージを与えられる可能性がある戦法」であり、東芝粉飾決算では「好決算を出さなければ自分はクビになってしまう(あるいは、閑職にまわされてしまう)」という状況下で、「とにかく良い結果を上司に見せる」ことが、当事者たちにとっては至上命題であり、そのために「合理的な」行動をとったのです。
 前提が、あるいは命題が間違っている状況では、どんなに有能な人でも、どうしようもないこともある。あるいは、忠実であるがゆえに、ものすごく残酷な最適解を選んでしまうこともある。

佐藤:これは、今回の池上さんとの対談すべてを貫くテーマだと思うのですが、こうやって「偉人」たちから教訓を得ようとするときに重要なのは、話を「エピソード主義」に還元しない、と言うことだと思うのです。


池上:というと?


佐藤:乃木希典が軍神として崇められた物語は、二人の息子を戦死させたとか、耐え難い苦難の末に旅順を落としたとか、殉死も含めて「美しい」逸話に彩られています。でも、それらに感動する人はいるかもしれないけれど、現代を生きるヒントのようなものは、ほとんど何も見当たらないでしょう。


池上:ああ、なるほど。個々のエピソードではなく、「乃木があの時取った行動は限定合理性に従ったものだった」という全体構造を明らかにして、初めて生きた学びになるということですね。


佐藤:そうです。キーワードは「普遍化」です。それができるかどうかが大事で、普遍性を持たない「エピソード集」は、教材にはなりません。
 誤解を恐れずに言えば、例えば松下幸之助盛田昭夫本田宗一郎も、その経営術を語ったものには、普遍性が認められないのです。

佐藤:一方で、例えば、デイヴィッド・ロックフェラーの自伝などは、「自分話」を見事に普遍化していて、非常に役立つテキストになっています。
 簡単に言うと、大金持ちになるのはそんなに難しくないが、それを維持するのは大変なのだ。なぜならば、何もしなければ国家と民衆からの攻撃が避けられないからだ、とまず巨大資本家をぶつかる相手を明確にします。そのうえで、生き残るためには、二つのことをやる必要がある、と。
 一つは、補完外交。アメリカの国家ができないような国と外交関係を持って、国に貢献するのです。もう一つは、民衆の反感を買わないために、チャリティーに精を出す。そうやって富の再配分を行なえば、民衆から敵視されることはないだろう、と述べているんですよ。


池上:まさにそれを実行して、立派に生き残るばかりか、尊敬まで集めています。


佐藤:こういう話には普遍性があるでしょう。だから使えるのです。


 1970年代前半生まれの僕の世代の有名な経営者といえば、まずアップルのスティーブ・ジョブズの名前が挙がるのですが、ジョブズの伝記を読むと、いま同じことをやる起業家がいたら、パワハラで訴えられて失脚するのではないか、と思うのです。
 ジョブズが破産する前に多額の出資をしていたピクサーが『トイ・ストーリー』を完成させ、「パワハラ」「モラハラ」が社会問題になる前に、ジョブズは「伝説化」されました。もし、ジョブズがもっと長生きしていたら、その晩年はスキャンダルまみれだったかもしれません。
 それでも「ジョブズがいた未来」を見てみたかった、と多くの人が考えずにはいられないのが「カリスマ」なのでしょうけど。

 この本を読んでいると、あるところでは、最後まで妥協せずに正しいことをやり遂げようとした人たちが報われ、別のところでは、自分の正義を貫こうとしたために疎まれ、排除された人の話が出てきます。
 「組織で生き延びることが絶対にできる秘策」なんていうのは世の中には存在しなくて(それこそ、太平洋戦争で徴兵され、硫黄島のような激戦地に一兵卒として送られてしまえば、その状況下での「限定合理性」に従うしかないですよね)、「臨機応変な立ち回り」というものすごく曖昧な攻略法しかないのです。
 人生には、「運」「環境」の要素が大きすぎる。
 
 「どう考えても拙い処世術」はあるけれど、「模範解答」は存在しない、ということがわかるだけでも、読んでみる価値はあるのかもしれません。
 なんでこんなことをするんだろう?と思う他者の行動は数多ありますが、そのほとんどには、その人なりの「理由」や「事情」があるのです。
 だからといって、その愚行に自分も付き合う必要はないのですが、反対したり、その場を去るのも難しい状況というのもあるんですよね……


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