琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】教員という仕事 なぜ「ブラック化」したのか ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
ムラ社会”化が進む現場で、追いつめられてゆく教員たち―。日本の教員の授業時間は世界一少ないが、労働時間は世界一長いとされる。教壇に立つ以外の業務負担が極めて過大なのだ。加えて、教員同士の人間関係も大きなストレスとなっている。当事者のインタビューを通し実態に迫り、教育行政、教育改革の問題分析も試みる


 僕自身は、自分が学校を卒業してから、学校の先生にはあまり縁がなかったのです。学校でどんな教育が行われていて、先生たちがどんな状況に置かれているかも知らないまま、「最近の子供たちは……」とか、「今の教育は……」みたいな批判を、何気なく口にしていました。
 
 でも、自分の子どもが小学生になり、学校の行事に参加したり、先生と話をしたりしてみて、「学校も、時代とともに確実に変わってきているし、先生たちも長時間労働でクレームも多く、プレッシャーも強い職場で頑張っている」ということを、あらためて痛感したのです。


fujipon.hatenadiary.com


 最近いろいろ本を読んでみるまでは、僕が学生だった1990年代には競争率が高い「狭き門」だった教員採用が、きつい職場であることが浸透したこともあり、志望者が減り、むしろ「先生不足」に陥っている自治体もあることを知りませんでした。
 先生がみんな「聖人君子」ではないことはわかります。
 とはいえ、2019年に発覚した、神戸市・東須磨小学校の教員間暴行等事件には、さすがに、「こんな人たちが、小学校の先生として、子どもたちに『いじめはよくない』とか言っているのか……」と唖然としました。

 全国的にも20年ほど前から校長の権限が強められたからこそ、人事面だけでなく学校運営全体に校長の人間性が大きく影響を及ぼすようになっている。東須磨小事件では、複数の管理職の人間性、中でも同校で教頭、校長として3年間勤務した男性管理職の人間性が問題である。
 事件発覚後、現同僚、元同僚たちが、この男性管理職の言動を明らかにした。「よく職員室で大きな声で先生たちをどなっていました。相手の話を聞かずに、一方的にどなる」「典型的な強い者には弱く、弱き者を批判するタイプ」「あいつを今から切る、殺す」といったことをしょっちゅう言っていました」といった証言が複数寄せられている。


(中略)


 上述のような言動の管理職が3年間勤務していれば、職場の雰囲気がどのようになったかは容易に推測できる。加害者の1人、30代男性教員は、この管理職と大学も同窓であり、お気に入りの教員と周囲から目されていた。
 暴言・暴行を受けることになったきっかけは些細なことだ。赴任した年、被害男性は近隣の小学校との夜の親睦会を欠席した。教頭だった問題の男性管理職は激怒し、「おまえは俺の顔に泥をぬってええんか」と息巻いたとの証言がある。若い世代を中心に職場の宴会に参加しない人は増えている。仕事とプライベートをしっかりと区分し、自分の気持ちに正直に行動する生活様式が作られつつあり、このような人々に宴会参加を強要するのはパワハラである。社会変化に気づかず、自らの価値観を押しつけようとする人は、硬直した精神の持ち主と言われても仕方ない。
 教頭の言動を不快に思う教員もいたが、その力を前に口をつぐみ、彼のお気に入りの加害教員たちは被害者たちに様々なハラスメントを続ける。2018年には、保護者から学校に、「先生たちの間でいじめが起こっているのではないでしょうか」との電話が入ったことも判明している。教員間の異常な関係は児童や保護者にも伝わっていた。


 何度思い返しても、「こんな連中が、子供たちを教える『先生』だったのか……」と愕然としてしまうのですが、学校もひとつの会社みたいなものだと考えてみると、こういうことも、たぶん珍しくはないのでしょう。
 この本のなかでは、現役教師たちが著者のインタビューに答えているのですが、子供たちと接することや、自分の授業を充実させていくことを重視する若手~中堅の先生たちは、校長や教頭といった、学校の管理職になることに魅力を感じないことが多いようです。
 実際、今の世の中では、昔ほど「立身出世」みたいなものを望む人は少なくなっているのではないでしょうか。
 医者の世界でも、「いつかは教授になってやる」というタイプはほとんどいなくなって、「医師免許を活用して、ある程度の収入を得られれば十分で、身を粉にして働いて偉くなるより、プライベートを充実させたい」という若い人が多くなりました。
 そのおかげで、「教授の言うことは絶対」でもなくなってきているのですが、一方で、「誰も行きたがらない僻地に強制的に人を派遣する力」もなくなってもいるのです。
 個人にとっては「改善」でも、社会全体にとっては、問題になることもあるのです。


 40代女性の高校教員・梅原さん(仮名)への取材より。

 教員のライフステージで言えば、一般的には梅原さんの世代は管理職になるか否かの選択をした世代になる。梅原さんも約10年前に当時の管理職に管理職試験を受けるように勧められた。彼女は全くなる気がないことを告げ、それ以降、管理職からの打診はない。
 筆者から見れば、梅原さんは管理職になってほしい教員である。生徒への教育的愛情は深く、自分の資質・能力を高めるための努力や変化も惜しまない。社会情勢へのアンテナも高く、学校や教育はどうあるべきかを常に考えている。もし、管理職になれば、どんどん学校改革を進めそうでもある。しかし、彼女のような人は得てして管理職にならない道を選ぶ。現在、管理職とは、なってほしい人ではなく、なりたい人、あるいは、管理職からの誘いを断れない人がなる場合が多いのだ。
 梅原さんにとって管理職とは「上の人の言うことを聞く人」というイメージだ。本来、管理職は教員の統括者であるはずなのに、教員をしっかりと見ていないと感じている。
「教育改革」の一つの柱である管理職による教員評価は行われているが、評価基準は部活動での業績や学校運営へ協力しているように管理職に見えているかであり、教員の仕事にとって最も重要であるはずの教科指導はあまり評価されない印象だと語る。
 また、個々の教員が抱えている仕事の総量が見えておらず、結局、仕事ができる人、仕事が速い人、責任感の強い人に多くの仕事や責任ある立場が集中するようになる。そこで、一部の人はどんどん勤務時間が長くなり、その反面、本当は能力があるのにそれを隠して仕事が割り振られないようにしている教員もいる。突発的な出来事へ対応できる余力も含め、学校全体の仕事量をなるべく公平に教員に振り分けるように管理職は考えるべきではないか、これが梅原さんの責任の疑問である。先述した大木さんも同様の指摘をしていたことを思い出す。
 梅原さんの管理職への辛口評に対しては管理職側からの異論もあると承知している。確かに管理職自身の仕事量も多く、彼らも長時間労働を余儀なくされている。その仕事の中で、一人一人の教員の心身の健康や働き方を考える仕事はどのくらいの配分なのだろうか。梅原さんを含め、多くの教員は管理職に的確な支援や指導を受けたという経験がないんで、管理職が魅力的に見えていないようだ。尊敬し、自分もそうありたいと思う人が少ないからこそ、各地で管理職試験を受ける教員の確保に苦労しているのではないか。今の状況は、教員、管理職の双方にとって大きな問題だ。


 生徒に接する、教育する能力と、管理職として求められる能力は、必ずしも同じではないとは思うのです。しかしながら、偉くなりたい人、上司の覚えがめでたい人、管理職になることを勧められて断りきれない人、ばかりが管理職になっていくのだとしたら、その学校にどんなに優秀な教員がそろっていたとしても、学校全体としてそれを活かすのは難しいのではないでしょうか。
 やはり、「校長」の影響は大きい、ということは、この本のなかで多くの人が語っているのです。
 できる人ほど負担ばかりが増え、報われないというシステムでは、「がんばりすぎないようにしよう」という人たちの気持ちもわかりますし。
 でも、自分で働き方を選べる世の中っていうのは、「なりたくない人を管理職に強引にすることはできない」のですよね。
 

 この本のなかに、2019年に起こった、もうひとつの事件が紹介されています。

 2019年1月中旬。1本の動画が物議を醸した。それはある都立高校の教室外で男性教員が男子生徒を殴る場面を他の生徒が撮影した約15秒の動画だった。テレビのワイドショーが体罰とこぞって取り上げ、当初は一方的に教員を責める声ばかりだった。
 その後、この事件に関するもっと長尺な動画がSNS上で公開された。教室内での2人のやりとりも含んだもので、男子生徒が付けている装飾品を校則違反なので外すように何度も注意する男性教員、それに従わず挑発的な言葉と態度で教員を煽り、教室外に誘い出す男子生徒の姿が映されていた。さらに、同じ学校の生徒から男子生徒が問題行動を何度も起こしていること、動画内に「Twitterで炎上させようぜ」との生徒の発言も入っており、計画的に事件を起こした可能性もあることなどがインターネット上で報じられた。
 一方で、男性教員は50代のベテラン体育教師で、生徒思いの良い先生であるとの声が教え子たちから多数寄せられ、世間のこの事件を見る目は一変する。
 学校側の対応も速かった。学校側の会見では、校長からこの教員は以前から生徒指導に熱心なあまり行きすぎがあり、今回も教員が感情的になってしまったとの説明があった。該当教員は生徒と保護者に謝罪し、事件は急速に忘れ去られていく。


 インターネットのおかげで、弱者の側が強者を「告発」しやすくなりました。
 ただ、ネットでは、全体の一部が切り取られて印象を変えられたり、相手を挑発して「証拠映像」を録ったり、という「嘘やデマ、印象操作」が行われやすいのも事実なのです。

 きつくて、そんなに給料が良いわけではない、という点では、教員の仕事というのは、昔も今もそんなに変わらないような気がするのですが、なりたい人がこんなに減ってしまったのは、なぜなのか?
 その理由の一端がわかる、そんな本だと思います。


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