- 作者: 青い日記帳
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2019/09/06
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Kindle版もあります。
- 作者: 青い日記帳
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2019/09/27
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内容(「BOOK」データベースより)
名画の悲劇は美術史の知られざる裏の顔だ。修復不可能になったムンク“叫び”、2012年にアパートの一室から発見されたナチス御用画商の隠し絵画1万6000点、8万8000個の破片から再現されたマンテーニャのフレスコ画、フェルメール“合奏”を含む被害総額5億ドルの盗難事件…欲望と不運が綾なす黒歴史に詳細なビジュアルで迫る!
さまざまな「失われたアート」についてのエピソードが集められた本です。
僕はけっこう「盗まれたアート」の話に興味があって、いろんな本を読んできたので、第一章の「美術品盗難事件簿」については、聞いたことがあるものばかりだな、と、少しがっかりしたのです。フェルメールの『合奏』やムンクの『叫び』の盗難事件について聞いたことがない、という人にとっては、読みやすくまとめられているとは思います。
ムンクの『叫び』、僕もオスロ美術館で実物を見たことがあるのですが、あれだけの名画にもかかわらず、そんなに厳重な警備、というわけでもなく、写真も取り放題でした(2016年の話ですが)。そのオスロ美術館が2020年に移転する、というのは、この本ではじめて知りました。
美術品の展示というのは、来訪者の感動と安全性を天秤にかけなければならない、という難しさがありますよね。
あの『モナ・リザ』も盗難されたことがあるのです。
ラスコー洞窟の壁画や高松塚古墳の壁画も、「発見されたこと」で環境が変化し、急激に劣化していったことが写真で紹介されています。
いまは、保存の技術も進歩し、ラスコー洞窟のように、実物を再現した精密なレプリカが展示され、本物は立入り禁止になっている、という事例もあるのです。
「ラスコーIII」というレプリカを九州国立博物館で観たのですが、「完コピ」は、本物の代替になりうるのか?というようなことをずっと考えていた記憶があります。
これはもう、本物を失わないためには、致し方ないのでしょうけど。
この本を読んでいると、「アートと人間」、あるいは「アートと政治」について考えてしまうのです。
ナチスによる美術品略奪によって、多くの作品が失われました。
リンツ計画は着実に現実のものとなっていった。総統美術館のためにハンス・ポッセが入手した作品は、1945年時点で8000点に及んでいた。
また、ナチスの高級将校には美術愛好家が多かったことも略奪に拍車をかけた。熱烈な美術品愛好家だった帝国元帥ヘルマン・ゲーリングやハインリヒ・ヒムラー、美術品がもたらす莫大な利益に魅了された高官たち、そして彼らに群がるナチス御用達の画商が占領地で美術品を買い漁ったり、重要なコレクションを没収した。こうして、ドイツが進軍した地域で400万点以上の美術品が持ち去られ、空襲で焼けたもの、戦後のどさくさで散逸したものを含めていまだ100万点以上の行方が知れないといわれている。
100万点、か……
これに対して、ドイツ降伏後に速やかに隠された美術品を取り戻すために、連合軍では「記念建造物・美術品・公文書」部隊(MFAA部隊、通称モニュメンツ・メン)が編成され、ソ連軍では「戦利美術品部隊」が組織されました。この本によると、ナチスの隠し場所は約1550か所にも及んだそうです。
第二次世界大戦は、「国家にとってのアートの重要性」が、あらためて認識された戦争だった、とも言えるかもしれません。
おそらく、世界中には、まだまだ散逸したままの作品があるんじゃないか、とも思うのです。
それが、いつかまた多くの人の目に触れる機会が訪れるのかどうか。
バーミヤンの石仏のように、人為的に破壊されたり、ノートルダム大聖堂のように火災で焼失してしまうリスクもありますし、「観たいものは、観ることができるうちに観ておくべき」だと痛感します。そもそも、こちら側の寿命だって限られているわけですし。
2013年に、コーネリウス・グルリットという人のドイツ・ミュンヘンの自宅アパートから、ナチスドイツが奪ったとされる1280点もの美術品が発見された事件について。
(コーネリウスさんの父親であるヒルデブラント・グルリットさんは、ナチスの画商だったそうです)
逮捕は偶然の産物であった。2010年9月22日、スイスのチューリヒからドイツのミュンヘンへと国境を超えて移動する列車の中で、ドイツの税関職員がコーネリウスの持ち物検査を行ったことがきっかけ。検査に対して不審な態度を取ったコーネリウスを見た税関職員は、トイレで詳しくボディチェックを実施した。すると、コーネリウスの持ち物から、国境を越えてドイツへ持ち込める上限額1万ユーロをやや下回る約9000ユーロもの大金が見つかったのだ。折しも、ドイツ税関はスイス国境における陸路での現金持ち込みに対して、脱税チェックを強化するために特に監視の目を光らせていた。コーネリウスに対し、直感的に何かあるのではないかと考えたドイツ当局は、その後約1年半にわたり内偵調査を続けた。2012年2月28日、当局は脱税容疑を固め、ミュンヘンにあるコーネリウス宅への家宅捜査へと入ったところ、約1280点もの大量の美術品が発見されたのだった。逮捕後の調べで、コーネリウスはミュンヘンにおいて数十年も大量の美術品を抱えたまま身動きが取れず、孤独に生活してきたという驚くべき事実が判明した。彼は戸籍登録さえ行わず、社会保険にも加入していなかった。銀行口座すらなく、社会と接点を最小限にして、父から受け継いだ美術品コレクションを細々と売りながら、日々の生活資金を得ていたというのだ。その後、コーネリウスがオーストリアのザルツブルグに所有していた別邸からも238点もの作品が発見されている。驚くべき展開に事件はしばらく関係者だけで共有され、公に報道されることがなかった。公表されたのは逮捕から約2年後となる2013年11月4日、ドイツの週刊誌「FOCUS」のスクープ記事によるものだった。
2014年5月、コーネリウス・グルリットは、81歳で死去した。返還請求で係争中だった作品の行方は宙に浮くと思われたが、コーネリウスは遺書を残していた。それは、自らが父ヒルデブラントから受け継いだ美術品の全てを、スイスのベルン美術館に寄贈するというものだった。このドイツ当局へのあてつけとも解釈できる遺言内容は大いに関係者を悩ませた。
この話、戦後70年以上も美術品を隠しとおした、というのも凄いのですが、そのために、戸籍も社会保険も捨て、銀行口座すらつくらずに生きてきたというコーネリウスさんの人生について、考えずにはいられなくなります。
お金に困る、ということはなかったのかもしれないけれど、かなり不自由だったでしょうし、この「父親の遺産」は、息子を幸せにしたと言えるのだろうか?
こんなもの(美術品)は捨てて、自分の人生を送りたい、と思うことはなかったのだろうか?
なんだか、「呪い」のような話ではありますね。
アートをつくるのも人間なら、壊すのも人間。
「失われたアート」という物語もまた、人間を魅了してしまうのです。
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