琥珀色の戯言

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【読書感想】二度寝とは、遠くにありて想うもの ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
「女子」を自称することに違和感があったりしっくりきたり、「いい年」という言葉に萎縮したり。疑問を抱く行列に並んでみたりする一方、「無縁死」にもやもやして考え込むなど、現代の言葉や身の回りの出来事について、「話しかけられ顔」を自認する庶民派・芥川賞作家が綴る、味わい深くてグッとくる日常エッセイ第2弾!


 芥川賞作家(と一番に書かれてしまうのは、津村さんにとって不本意なのかもしれませんが)、津村記久子さんのエッセイ集。
 ずっと兼業作家として活動してきた津村記久子さんが、会社勤めをやめ、専業作家となった時期も含まれています。

 津村さんは、書かれている文章からは、比較的穏やかで、あまり気分の変動を露わにする人ではないと僕は思っていました。
 でも、こうしてけっこう長い期間連載されてきたエッセイを読んでいくと、心境の変化とか、どうしても許せないこと、納得できないことには声をあげずにはいられない人なのだと感じました。
 子どもの頃に両親が離婚して以来、会ったこともないという父親の訃報について書いた文章などは、淡々としていることに、かえって「重さ」を感じずにはいられなかったのです。

 香典を届けるためと、家裁での手続きのために、二度半休をとった。そのことがいちばん腹立たしかった。よもや父親のために有休が合計一日減るとは。
 離婚の理由は、端的に父親が働かなかったからだ。そのことを母親が指摘すると、ふて寝するか外出するか暴力をふるった。悲しい話だが、よくあることだと思う。しかし当時、わたしはこんなにまともでない父親を持った子供は世界にいないと思い込んでいて、ひどく孤独だった。
 別居のために転校した後も、それは続いた。教室にいるどの子の親も、自分の父親のようではないだろうということばかり考えて、恥ずかしく思っていた。今考えると、自分と同じような境遇の子供は、表沙汰にしていないだけで確実にいたと思う。仲の良かった友だちの女の子の家も、今思い起こすと母子家庭だった。


(中略)


 親が働いていないということは、子供の自尊心を大幅に損なう。子供が親の一部であるという悪習じみた考え方がまだ残っていたとするならば、親もまた子の一部だったのである。
 子供たちは、意外と自分の親のことをオープンに話さない。子供の目から見てまともではない親は、子供自身からしたら決定的な欠落だからだ。さかあがりができないとか、泳げないとか、給食を食べるのが遅いとか、漢字が読めないとか、九九が言えないとか、口が臭いとか、授業中に小便を漏らしたとか、うそがばれたなどということ以上の。
 このように子供をやきもきさせ、大人になったわたしから有休を奪っていった父親は、二つ目の家庭ではうまくやっていたようだ。拍子抜けした。父親の身の振り方については、野垂れ死にに違いないと全財産突っ込めるぐらい確信していたのに。父親は、最初の家庭で父親であることを練習して、課題を発見し、次の家庭でその経験を生かしたのだろう。
 要するに、「結婚や家庭の運営には予行演習が有効である」ということだ。ただし、それに巻き込まれる子供の人生は一発勝負だ。


 これを読んで、僕も自分自身の子ども時代のこと、そして、自分の子どもたちのことを思わずにはいられませんでした。
 もちろん、大人になってみてわかる、自分の親の「大人の事情」みたいなものはあるのだけれど、だからといって、子どもの頃の記憶が上書きされるわけでもない。
 
 このほかにも「孤独死」についてとか、「友達がいなさそう」という言葉の暴力性とか、重い話もあるんですよ。
 しかしながら、このエッセイ集の多くを占めているのは、津村さんの日常生活とか、ふと気付いたことなのです。
 そういう、ふわりとした話のなかに、前述のような文章が出てくると、かえって、読み手の心に突き刺さるのです。

 編み物を始める前は、あんなものできるわけないだろうと考えていたし、始めた後は、できるわけがないんならあんなにたくさんの人がやっていることもないだろう、と思う。いろいろな暇つぶしに手を染めてきたけれども、没入度といい、初心者の段階でも目に見える成果が出て病み付きになることといい、編み物にはまさしくキング・オブ・趣味の風格がある。
 しかし、編み物をする実際の心持ちもまた、わかってしまった感がある。上品な老婦人が、窓辺で笑みを浮かべながらのんびり編んでいる……、というよくあるイメージは完全に幻想である。わたしは、何かストレスを感じたら編み針を探す。面倒なこと、うまくいかないことを思い出してずーんと落ち込んだ時に、走って毛糸を買いに行く。要するに、むかついたら編み物をするのである。明日などないぜ編みまくれ。そのうちに、気持ちはなんとかなっている。あなたの優しいおばあさんやお母さんは、穏やかな顔つきで、本当ははらわた煮えくり返りながら、編み物以外したくないからしていたのかもしれない。編み物で怒りのマネジメントを。もれなくマフラーがおまけに付いてきます。


 僕は編み物を趣味にしたことはないのですが、編み物をしている人の内心はこんな感じだったのか……と、驚かずにはいられませんでした。
 僕だって、ものすごくイライラして、気を静めるために本を読んでいることがあるので、人間の行動の表面上のアクティブさと内心は必ずしも一致しない、というのも理解はできるのですが。
 むしろ、穏やかそうな趣味のほうが「内面に嵐を抱えているとき向き」ではあります。
 あらためて考えてみると、スカイダイビングやドライブをイライラしながらやるのは危険すぎますし。

 この本の後半には、グッズ情報が詳細に書かれている美術展レポートなどもあり、興味深いエッセイ集でした。


fujipon.hatenadiary.com

とにかくうちに帰ります(新潮文庫)

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