琥珀色の戯言

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【読書感想】教えないスキル: ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

スペインのフットボールチーム「ビジャレアル」。
日本の至宝・久保健英が選び移籍したクラブであり、
Aクラスに君臨するクラブとして、人気が高い。

ビジャレアルカンテラ(育成組織)はヨーロッパ及びスペインで
最も堅実な育成機関と評されている。
自前の下部組織からの選手が多勢いることからもわかる。

2014年から、チーム一丸、この育成・指導大改革に携わった著者。
彼女はスペインで初の日本人クラブ監督に就任した経歴もある。

★テーブルは丸テーブルに
★注意するときは「サンドイッチ話法」で
★「こうだよ!」を「どう思う?」の「問い言葉に」
★選手が選手を指導する「学び合い」作戦
★コーチ全員にビデオカメラ。指導法は客観視する、など。


 スペインのサッカーチームで「レアル」といえば、まず「レアル・マドリード」を思い出すのですが、日本サッカー界の期待の新星・久保健英選手の移籍先となった「ビジャレアル」の知名度もかなり上がってきました。
 この本は、そのビジャレアルで長年、若い選手の育成にかかわり、指導の改革を行ってきた著者による、「世界でもっとも育成を評価されているサッカークラブの『人を育てるメソッド』」のエッセンスを詰め込んだものなのです。

 私がビジャレアルで指導改革に没頭しているころ、日本のスポーツ界では暴力指導の問題が表面化していました。
 スペインでは指導者が子どもに暴力をふるったら、親や他のコーチが怒り始めて警察沙汰になります。だから、蹴るとか叩くなってあり得ません。暴言を浴びせても同様に、周囲から責められます。小学生年代にいたっては、ルールで全員が試合に出場しなければならないようになっており、ひとりでも試合に出なかった選手がいたチームはサスペンション(試合への出場停止など)が課せられます。このルールを知っている保護者から「コーチ、うちの子、出場時間が少ない」というクレームが届きます。


 日本と異なるスペインの話、それも、プロサッカーチームの育成組織の話じゃないか、と思われるかもしれません(僕も最初はそう感じていました)。
 でも、読んでいくうちに、「人を育てる」やり方はスポーツの世界だからといって特別なものではないし、ビジャレアルでは、「人間としての成長を重視する」ようになってきているのです。

 メッシ、ピケをはじめ1986~87年生まれの名選手が多く活躍しているため、この世代はゴールデン・ジェネレーションと呼ばれています。2000年にメッシが13歳でスペインに来た当時、同じカテゴリーのスペインフットボール協会登録選手数は8万3801人でした。その後、スペイン1部リーグデビューを果たしたのは、たったの48人。2020年現在の登録選手数は、メッシが来た2000年に比べて2倍に膨れ上がりました。プロになれるのは2600人にひとりで、その確率は0.038%。プロへの道は非常に険しいものになっているのです。

 「彼らがフットボール選手じゃなくなったときに、彼らがどんな人間になっているか、責任を持つ、それがプロの指導者としての責務だ」と、ビジャレアルの育成スタッフは考えるようになっています。

 プロサッカー選手を目指す子ども、若者たちのメンタルヘルスの問題も、クローズアップされるようになってきているのです。

fujipon.hatenadiary.com


 厳しい競争にさらされ、プロサッカー選手として成功できなかった若者は、精神的に大きなダメージを受けていることも少なくありません。

 僕は「最近の教育法」として、「体罰禁止」はもちろんなのですが、「褒めて伸ばす」とか「子どもの自主性を尊重する」というようなイメージを持っていましたし、そういう本もけっこう読んできたのですが、この本を読むと、「育成」の世界の最先端では「人を育てる」のではなく、「人が自分で考え、育っていく環境を周囲が整える」ようになってきているのです。

「あなたたちは、どんなポジティブなフィードバックをしていますか?」
 メンタルコーチに尋ねられた私たちは、自分たちのコーチングを撮影したビデオをチェックしてみました。

「ムイビエン!」「ビエン、ビエン!」
 この2つを連呼していました。スペイン語のビエンは英語でいうところの「グッド」、ムイビエンはベリーグッドです。一度のトレーニングは90分なのですが、ずっとこの言葉ばかり聞こえてきました。
「そこに価値あるメッセージはあるの?」
 こう問われた私たちは、「ビエンは空っぽだった」と気づきました。

「誰でも言えるよね? でも、あなたたちは指導者でしょ?」
 その通りです。それで指導者とは名乗れません。では、価値のあるメッセージ、って? 豊かなメッセージとは何か? 自分たちで自問自答した末にたどり着いた答えがこれです。

「自分は認められている。自分の意見を聞き入れてもらえていると選手が感じることだ」

「ナイスプレーだったね」と言われ続けるだけではなく、一歩踏み込んだところで「なぜそう思って(感じて)、なぜそのアクションをしたのか?」
 そのことを説明させてもらえる機会が与えられると、そこで彼らは自分を表現できます。例えば、良いパスがあったとき、単純に「ナイスパス!」で終わらせず、「今のパス、なぜ右に出したの?」と尋ねます。
 選手「最初は左かなと思ったんだけど、パスコースが消えてたんで、一度フェイントかけてる間に走り込んでくると思って右に出しました」
 コーチ「なるほどね。そんな見方やプレーは、コーチや監督は思いつかなかったし、できなかったな」
 このようなやり取りが、彼らのモチベーションをものすごい勢いで高めていくと感じました。へえ、なんでそうしたの? と問われることは、1万個のビエンよりも効果的であり、尊いわけです。


 「褒めて伸ばす」とか言うけれど、ただ「褒める」だけでは意味がないのです。
 そういう「褒めておけばいいだろう」という薄っぺらさは、子供たちにちゃんと伝わってしまう。
 そして、「教える側」は、どうしても、自分が「すぐれた指導者」と見られたい、という意識にとらわれがちになります。

 2018年ごろから、日本の指導者やスポーツ関係者にビジャレアルコーチングスタッフのメソッドについて話す機会が増えました。皆さんそれぞれに理解の仕方が異なるのか、時折「ビジャレアルの指導者が何も言わないコーチングになったのは、これこれこういう理由ですか」と問われました。
 つまり、「何も言わない」「教えない」がクローズアップされがちでした。

 単に放任的なクラブと短絡的にとらえられているのではないか? そう悩んだこともありました。
 しかしながら、本書をここまで読んでくださった方々はもうおわかりかと思います。
「教える」は、指導者や上司が主語です。一方の「学ぶ」は選手や部下が主語になります。指導者はあくまで選手の「環境」の一部と言えます。
 したがって、彼らは教えません。手取り足取り教える代わりに、選手が心地よく学べる環境を用意し、学習効果を高める工夫をする。「教え方がうまい」といった指導スキルではなく、選手が学べる環境をつくることが育成術の生命線なのです。

 考える癖をつけることに重きを置き、考える余白をつくってあげる。
 一方的なコーチングをせず、問いをつくることにこころを砕く。
 選手たちが「学びたい」と自然に意欲がわくような環境を整備する。

 これら「教えないスキル」の核になるものを獲得するプロセスで、私は気づきました。
「伸ばしたい相手を主語にすれば、誰しもがその相手のために心地よい学びをつくろうとする。誰しもが工夫し始めるのだ」と。

 創造性を伸ばし、自分で考えてもらうためには、指導する側も、先入観を捨て、つねに創造的であろうとし、考え続けなければならないのです。
 著者は、この本のなかで、いままで正しいと思ってきたやり方を捨てていくことの困難と、それを乗り越えていった先にあった、子供たちの成長を感じたときの喜びを繰り返し述べているのです。
 もしかしたら、どんな言葉よりも、そういう大人たちの姿勢こそが、「伝わる」し、相手を変えていくのかもしれませんね。

 もちろん、読むだけでは、ビジャレアルのように実行することはできないかもしれませんが、「このままで良いのだろうか?」と問い続けることの大切さが込められているのです。

 スポーツ選手の「育成」に限らず、大人どうしても、「誰かを指導する立場」にいる人は、読んでみて損はしない本だと思います。


カンプノウの灯火 メッシになれなかった少年たち

カンプノウの灯火 メッシになれなかった少年たち

  • 作者:豊福 晋
  • 発売日: 2016/07/02
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
オシムの言葉 (集英社文庫)

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AI vs. 教科書が読めない子どもたち

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