琥珀色の戯言

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【読書感想】御社の新規事業はなぜ失敗するのか? 企業発イノベーションの科学 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
「3階建て組織」の実装で日本企業は生まれ変わる! ベストセラー『起業の科学』著者が大企業に舞台を移して、イノベーションを科学する。

外部環境が激しく変わり、プロダクトやサービスのライフサイクルがどんどん短命になる現代において、「うちの会社には新規事業は必要ない」と断言できる人は、よっぽど環境が恵まれているか、変化に非常に鈍感かのどちらかだ。
少なくとも、本書を見つけた人であれば、新たなビジネスを生み出すことの重要性は、すでに感じているのだろう。それなのに、なかなか一歩を踏み出せない。いざ踏み出すとなっても、及び腰になる――
なぜ新規事業には、ネガティブなイメージがつきまとっているのだろうか? そして、なぜ実際、たいていの新規事業はうまくいかないのだろうか。このような現状を変える方法を本書では明らかにしたい。
結論を先に言ってしまえば、「3階建て組織」を実装できるかだ。


 「イノベーション」という言葉はしばしば耳にするけれど、「そういうこと」ができるのは、スティーブ・ジョブズとかジェフ・ベゾスのような、ひとにぎりの天才みたいな人だけではなかろうか。
 にもかかわらず、世の中には「イノベーション」という言葉が溢れていて、意味もわからずに、これを連呼している人も多いのです。
 著者は、『起業の科学 スタートアップサイエンス』を上梓している、起業についてのスペシャリストなのですが、この本では「すでに安定した事業を持っている企業で、新規事業をうまく立ち上げていくにはどうすればいいのか?」を検討しています。
 僕自身は起業家でも会社員でもないのですが、組織のなかで、閉塞を感じている人、あるいは、将来への漠然とした危機感はあるのだけれど、その正体がわからない、という人にはおすすめです。
 著者は、冒頭で、安定期の企業において、「新規事業」に配属された人が、しばしば、「何をやっていいのかわからない」と困惑したり、社内の主力事業で稼いでいる人たちから白眼視されている現実を紹介しています。
 すでに大きな企業であれば、資金的にも人材的にも、新しいことをやる「余裕」はあるはずなのに、実際は、これまでの社内での技術や経験を活かして、新しい事業を起こそうとすると「それはわが社の『本業』と競合してしまうから」という理由で、却下されることもあるのです。
 成功体験や、すでにうまくいっているものを捨てる、あるいは、フラットに考えるというのは、本当に難しい。

 安定した事業やブランドを築いている企業ほど、新規事業にかけるリソースが相対的に低く見られる傾向がある。しかし、ここでいう「安定」もいつまで続くかは、保証されていない。新たな事業やサービスを生み出さなければいけないと感じている企業が増えている。
 ここで改めて強調したいことは、イノベーションとは「目的」ではなく、「手段」であるということだ。現状の世界があり、それを自分たちが思い描くあるべき姿(ビジョン)に変えていく。その手段として、「イノベーション」が存在する。 つまり、「あるべき姿」(=目的)が思い描けていないと、いつの間にか手段が目的化していしまい、結局、推進力のない活動に陥ってしまう。


 著者は、(写真の)フィルムメーカーのコダック富士フィルムを例にあげています。
 長年、フィルムメーカーのトップブランドとして、圧倒的なシェアを誇っていたコダックは、フィルムカメラで優位だったがゆえに、デジタルカメラを過小評価してしまい、時代に乗り遅れてしまったのです。
 この本によると、コダックは、デジタルカメラを最初に開発していたにもかかわらず、デジタルカメラが普及するとフィルムが売れなくなるから、という理由で、デジタルカメラを製造することはありませんでした(のちに他メーカー製品をOEMで供給)。

 それに対して、富士フィルムは、長年、フィルムメーカーとしては、コダックに差をつけられた二番手だったのですが、デジタル化という時代の変化に対して、大きな決断をし、事業を変えていったのです。

富士フィルムコダックと熾烈な競争を繰り広げていた頃、デジタル化に伴う写真業界の急激な環境変化が起きた」
 同社会長の古森重隆氏は当時を回顧して、こう語っている。富士フィルムは写真フィルム市場では1位のコダックにシェアで離される「万年2番手」の位置にあった。デジカメ出現以前にも「写ルンです」などの使い捨てカメラで世間に大きなインパクトを与えていたものの、それでも市場シェアは11%程度。いかに当時のコダックが強かったかがわかる。
 しかし、彼らはデジタル化の波を等閑視したりはしなかった。2004年、古森氏は写真フィルム事業から撤退し、フィルム技術を応用した各種事業への「多角化ピボット」を決断する。この転換は「写真フィルムが売れなくなったので、ちょっと違うマーケットにも手を広げよう」というような生半可なものではなかった。同社のロゴ変更にもその覚悟が見て取れる。彼らは写真フィルムの箱をモチーフにしたお馴染みのマークを削除し、自分たちの過去を築いてきたアイデンティティを脱ぎ捨てたのである。
 無謀とも言われかねないこの決断をなしえたのは、古森氏に「Future Market」をつくる覚悟があったからだろう。彼の言葉を借りるなら、「自分たちがイノベーションをやらなければ、いずれ他社がやる。ならば、やるしかない」というわけだ。当時起きていたフィルム市場の変化は、トヨタにとっての自動車がなくなるとか、新日鐵にとっての鉄がなくなるようなインパクトを持っていた。だからこそ、古森氏は過去の延長線上にはない「まったく別のロードマップ」を構想してみせた。化粧品・食品・医薬品など、まったく別の分野にフィルム技術を転用し、「予防~診断~治療のトータル・ヘルスケア・カンパニーを目指す」と宣言したのである。こうして、富士フィルムは事業の多角化によって右肩上がりで業績を伸ばし、2000年から2007年のあいだで見ると、連結売上はほぼ倍増している。


 「その後」を知っている後世の人間からすれば、「いつまでもフィルムカメラにこだわっていたコダックは、先見の明がなかった」と言い切ってしまえるのですが、デジカメが普及しはじめた当時は、画素が荒く、パソコンがないと写真を管理しづらいなど、便利ではあるけれど、ここまで普及するかどうかは不透明だったのです。
 そのデジカメも、いまや、写真や動画しか録れない専用機は、スマートフォンの高機能カメラに駆逐されつつあります。
 思えば、いまから25年前、四半世紀前は、フィルムカメラで写真を撮るのが当たり前だったんですよね。
 富士フィルムも、中途半端にデジカメに移行するだけだったら、今まで生き残ってこられなかったかもしれません。
 こういうのは、後世からみたら、「正解・不正解」は明白なのだけれど、リアルタイムでは「変えてはいけないものを変えてしまう」とか、「変えたのは良いのだけれど、方向性が間違っていた」なんてこともよくあるのです。
 運の要素も多々あるのではないか、とは思うのですが、ひとつ言えることは、「自分たちが『こうであってほしい』という願望が、未来への判断を狂わせる」ということなのです。

 著者は、多くの新規事業を始めようとする企業が「1階建て組織」であることを指摘しています。
 そして、新規事業をうまくすすめていくには、コアビジネスと新規事業、そしてイノベーションを分離した「3階建て組織」にすることが必要だと述べているのです。
 詳細に関しては、この本をぜひ読んでいただきたいのですが、新規事業と既存の「いまの米櫃」である事業を同じ基準で評価すると、新規事業は評価されづらく、やりがいを失ってしまう、ということだと僕は読みました。

イノベーションの仕事を既存の事業と分離して組織しなければならない」
 経営学の父P・F・ドラッカーは、1964年に書かれた『イノベーションと企業家精神(ダイヤモンド社)のなかでこのように語っている。イノベーションの仕事と既存事業とをしっかりと分けないと、つまり、「1階建て組織」のまま新規事業をやろうとすると、組織内にハレーションが生まれる──そのことをドラッカーは50年以上前に見抜いていたのである。
 では、「組織を分離する」とはどういうことだろうか?「1階建て組織」においては、新規事業はどこかの事業部内の片隅につくられることが多かった。他方で、3階建て組織では新しいビジネスを生み出す機能を完全に独立させ、既存事業部からは切り離してしまう。
 しかし、部署を分けるだけでは、組織の分離は十分ではない。「1階建て組織」のもう1つの問題は、PL(損益計算書)しか評価基準がないことだった。この点を改めない限り、いくら部署を分離したとおろで、新しいビジネス担当者には「あいつはおれたちよりも稼いでいない」というお馴染みの評価が下されることになるだろう。
 したがって、部署を分けること以上に重要なのは、KPI(重要業績評価指標)を分けることである。それぞれの「階」に独自のKPIを設け、それに応じて人・組織を評価するようにするのだ。


 僕は漠然と、わざわざ「分離」するよりも、新規事業部と既存の事業部がコミュニケーションをとりながら協力してやっていったほうが良いのではないか、と思っていました。
 でも、人間というのは、なにかと比較したがるものであり、目標が違うのであれば、評価の基準をそれぞれ別にしないと、どうしても軋轢が生じるみたいです。
 新事業を立ち上げている人にとっては、既存の部署から、「あいつらは稼いでいない」と言われるのは苦痛ですよね。もともと「そう簡単には稼げない環境」に置かれているのだから。

 起業とか新規事業に関わっている人、あるいは、自分の会社に新規事業部がある人などは、一度は読んでみることをおすすめします。
 大きな組織や企業だから活かせるはずの人材や技術を、大きな組織であるがゆえにうまく利用できないのは、あまりにも勿体ないので。


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