琥珀色の戯言

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【読書感想】しょぼい喫茶店の本 ☆☆☆☆

しょぼい喫茶店の本

しょぼい喫茶店の本

  • 作者:池田達也
  • 発売日: 2019/04/12
  • メディア: 単行本


Kindle版もあります。

しょぼい喫茶店の本

しょぼい喫茶店の本

内容(「BOOK」データベースより)
東京・新井薬師に実在する「しょぼい喫茶店」(という名前の喫茶店)が、出来るまでと出来てからのエモすぎる実話。就活に失敗した学生が人生に行き詰まる→「しょぼい喫茶店」(という名前の喫茶店)をやりたいとブログに綴る→ブログがSNSで話題になる→見ず知らずの人から100万円もらう→ここまでの展開に感動した女性が「手伝いたい」と鹿児島から上京→ふたりで「しょぼい喫茶店」をオープン→紆余曲折ありつつ、そしてふたりは結婚。という超絶ウソっぽいですが実話、のお話です。


 働きたくない、働けない人は、どうやって生きていけばいいのか?
 著者は、小・中学生の頃は、とくに意識していなくても「ちゃんとしていた」し、児童会の委員長や部活の部長を務めていたそうです。
 ところが、高校時代に部活でどんなに頑張っても結果が出ず、指導の先生に怒鳴られたり胸ぐらをつかまれたりしたこともあってか、「何をやっても続かない」状態になってしまったのです。

 僕は働きたくなかった。
 ただただ働きたくなかった。
 理由はよくわからない。
 大学時代、アルバイトをしてみたこともあった。学費や家賃は親が払ってくれていたし、ブランド物が好きだったわけでもなく、飲み会や旅行にもあまり行かなかったので、出費が多かったわけでもない。料理が好きだったから自炊が多かったし、友達と遊ぶ時も自宅に集まることが多かった。外食もファミレスや牛丼屋で十分おいしいと思えた。休日は家にこもってずっと寝ているが、公園に行ってボーっとしたり友達とキャッチボールをして遊んだりしていた。だから、そんなにお金のかかる学生ではなかったように思う。仕送りもあったので、まったく必要には迫られていなかったのだけれど、ただ、周りの友人はみんなアルバイトをしていて、アルバイトをせずに親の脛をかじっているのはクズだみたいな空気に耐えられなくなって始めてみた。
 でも、ネットカフェ1日、居酒屋3か月、プールの監視員2か月、レストラン半年、喫茶店半年とどれも続かなかった。
 別に人間関係が悪かったとかブラックバイトだったとかいうわけじゃない。働いている間ずっとスイッチを入れ続けている、あの感じが本当に無理だった。
「ちゃんとしていなきゃいけない」
 あの感じがすごく疲れてしまう。バイト先に行った瞬間、本当の自分を捨ててちゃんとした自分を演じるのが辛かった。社員さんが目を合わせてくれなかったり、コップを少し強く置いたりするだけで、自分が何かしてしまったんじゃないかと考えてしまう、あの感じが大嫌いだった。


 ああ、なんかわかるなあ、これ。
 僕も学生時代、アルバイトが苦手だったのを思い出しながら読みました。
 なんでも完璧にやろうと思えば思うほど自分がイヤになってしまう、というのは頭では理解できるのだけれど、それで自分自身と折り合いをつけるのは、本当に難しくて。
 
 著者は有名な大学に入学したのですが、海外留学があまりうまくいかず、就職活動をはじめてはみたものの、そこでまた自分を偽ることに疲れてしまうのです。
 「働きたくはないけれど、働くのが当たり前なんだ」という強迫観念にとらわれ、その一方で、就職活動はうまくいかず……
 
 ある日、布団から出られなくなり、ひとまず、就職はあきらめて、まずは好きなこと、できることをやって生命を維持しよう、いうことになったのです。
 しかしながら、著者は、ニートとして生きていくことにも耐えられず、悩みながらネットをみていたら、「えらいてんちょう」さんのTwitterを目にし、人生を変えていきました。


 自分で店を経営して、無理なく自分のペースで働いて生活することを目指した著者は、えらいてんちょうさんなどのサポートもあり、「しょぼい喫茶店」をオープンします。

 そこで、おりんさんという、一緒に喫茶店をやりたいという女性と出会うことになるのです。

 「しょぼい喫茶店」は、オープン当初、予想以上の売上をもたらしました。
 著者と同じように「うまく働けない」人たちが、しょぼい喫茶店を訪れ、「居場所」だと感じてくれたのです。


 ところが、店というのは、うまくいったらいったで、また別の野心みたいなものも生まれてくるみたいなのです。

 3月の売上げは55万円くらいだった。仕入れや家賃、水道・光熱費を差し引くと35万円くらい残った。しょぼい喫茶店がオープンする前はアルバイトをしないと家賃も払えない想定だったので、こんなに残ったことがすごく嬉しかった。
 自営業を選んで本当に良かったと思った。自分の選択が間違いじゃなかった、むしろ大正解だったんだと自信がついた。僕は就職ができなかったけれど、起業という道を選んで成功した。就活の才能はなかったけど、経営の才能はあるんだと思った。

 このあたりから、僕は寝ても覚めても売上げのことばかり考えるようになっていた。電車を待ったりボーっと歩いたりしている時、気づくと売上げの計算をして、仕入れはどのくらいで、このペースでいくと月の売上げはどのくらいなのかを考えるようになった。そうしているのが息苦しいとか辛いとかいう気持つちはまったくなくて、楽しくて楽しくてたまらなかった。そんなふうにお金のことばかり考えている人は銭ゲバと揶揄されがちだけれど、だからなんなんだと思っていた。あーだこーだと人生について考えを巡らせて、ゴールのない思考の海を泳ぎ続けるよりも、お金のことを考えているほうがよほど健全だと思った。お金のことを考えて、それを実務にどう落としていくかを考えている時は、よけいなことに頭の容量を割かれない。
 就活の時の生きづらさのようなものは、明らかに消えてなくなっていた。僕の前途は希望に満ち溢れ、明るい未来が待ち構えているのだと思った。


 この本の半分くらいのところにある文章なのですが、僕はこの「しょぼい喫茶店」が開店当初うまくいっているのを読みながら、正直、「世の中そんなに甘くないはず……」と思っていたのです。
 「しょぼい喫茶店」で出しているコーヒーや食べ物に関しては、「料理が得意な素人」の域を出ないものだろうし、値段も安いとは言い難い。SNSやブログ、テレビなどのメディアを駆使して、話題づくりには成功していたものの、それでずっと店を繁盛させ続けることが可能なのかどうか?
 こんなふうに「あんなに落ち込んでいた人が、店が少しうまくいっているからといって、有頂天になっている」気持ちが率直に書かれているのは、この本の、そして、著者の良さでもあると思うのです。
 
 僕の黒い予想どおり、その後のしょぼい喫茶店は、厳しい時期を迎えることになるのです。
 これほど「働きたくない、働けない」と叫んでいた人が、店の売上げのために朝早くからモーニングをはじめたり、新しいメニューを開発したりしようとして自分を追い詰めていくのは、読んでいてつらいものがありました。
 それでも、なんとか自分たちなりのペースを取り戻し、「しょぼい喫茶店」は、多くの人に支えられながら続いているのです。


……という感想を書いて、僕はふと気付いたのです。
 この本が出たのは、2019年4月。もう1年以上経っています。
 そして、このコロナショックで、飲食店は軒並み厳しい状況に追い込まれている。
 まさか、コロナで閉店、なんてことはないよな、と思いつつ、僕は「しょぼい喫茶店」について検索してみたのです。


note.com


 そうか、「しょぼい喫茶店」は、結局、閉店してしまったのか……しかも、「コロナ以前」に閉店を決めていたのです。

 そうなると、この本の存在意義は、どうなってしまうのだろう……などとも、思ったんですよ。
 でも、Twitterで、えもいてんちょうさんと、おりんさん、そして娘さんが、「その後」も穏やかな暮らしを続けているのをみると、「しょぼい喫茶店」や「本を出したこと」にこだわり続けて、致命的なダメージを負うまえに「撤退」できたのは、結果的には良かったのではないか、という気がします。

 なかなかうまくいかないときに、「成功」すると、それにこだわりすぎてしまうことってあるじゃないですか。
 「思い切って諦める」ことは、「諦めずに続けること」と同じくらい、あるいは、それ以上に生きていくために大事なことなのかもしれませんね。

 やっぱり飲食店経営って、簡単じゃないよなあ。


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