琥珀色の戯言

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【読書感想】デジタル化する新興国-先進国を超えるか、監視社会の到来か ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
デジタル技術の進化は、新興国・途上国の姿を劇的に変えつつある。中国、インド、東南アジアやアフリカ諸国は、今や最先端技術の「実験場」と化し、決済サービスやWeChatなどのスーパーアプリでは先進国を凌駕する。一方、雇用の悪化や、中国が輸出する監視システムによる国家の取り締まり強化など、負の側面も懸念される。技術が増幅する新興国の「可能性とリスク」は世界に何をもたらすか。日本がとるべき戦略とは。


 安倍晋三前首相の退任会見で、ジャーナリストの江川紹子さんが、「行政における、日本のデジタル化の遅れ」について質問をされていました。菅総理大臣も、判子を使わないようにしたり、携帯料金の値下げを業界に強く要請したりと、「デジタル化」に強い意欲を見せているようです。
 
 この本の序章は、こんな文章ではじまっているのです。

 2019年夏のインド、首都デリー。インディラ・ガンディー国際空港に到着したのは現地時間23時。郊外のハイテク企業が集まるグルガオンのホテルまでの移動手段は予約していない。用意しておいた国際SIMカードスマートフォンに差し込んで起動し、配車アプリ・ウーバーを使う。空地にはウーバーの利用者専用の乗車場もある。米国サンフランシスコ国際空港と同じ光景だ。猥雑ではあるが乗車場所に迷うことはない。スマートフォンのアプリを用いて、クレジットカードで支払うので、乗車に現地通貨インド・ルビーは必要ない。アルファベットで行き先を入力し、評価の高い運転手が割り当てられ、目的地に到着できた。


 一昔前の「インド旅行記」というのは、空港に着いたとたんに、タクシーやホテルなどの大勢の客引きに声をかけられ、高い料金をふっかけられたり、値段交渉をしたりしなければならない、という描写から始まることは多かったのです。首都デリーの空港ですから、昔からある程度は整備されていたのかもしれませんが、そんな時代と比べると、デジタル化のおかげで、新興国は大きく変化していることがよくわかります。
 少なくとも空港に降りてから目的地に向かうときの利便性は、いわゆる「先進国」と大きな差がなくなっているのです。

 新興国では、先進国よりも急速にデジタル化が進んでいることが多いことを著者は紹介しています。
 もともと固定電話が普及していなかったアフリカの国々では、固定電話をとばして、一気に携帯電話が普及し、人々の生活を劇的に変えていきました。
 新興国で携帯電話、そしてキャッシュレス決済が広まっていったのには、それなりの事情もあったのです。

 マレーシアで創業し、現在シンガポールに本社をかまえるグラブは、次のような疑問からスタートしたという。「なぜより安全に車に乗る手段がないのか?」("Why can't we have a safer way to hail a ride?")。この言葉は、比較的安全かつ清潔にタクシーを使用できる日本では必要とされないものだ。しかしタクシー業界に十分な規律やモニタリングが機能しない環境下では、タクシーが最短経路を走らず、過大な料金を請求されたりする。グラブ共同創業者のアンソニー・タンは「タイ、フィリピン、マレーシアの乗客にとって、最大の問題は安全性だ」と述べている(ロイター2014年12月12日)。新興国のなかには、こうした問題が深刻な地域も少なくなかった。
 そうしたなか、スマートフォンからタクシーの配車を依頼するライドシェアサービスであれば、第三者であるプラットフォーム企業が乗客と運転手の取引を成立させ、同時にその取引をモニタリングし、安全性と信用を提供できる。具体的には、まず全地球測位システムGPS)の信号をもとに地図上に最短経路を示し、なおかつ走行経路を記録できる。加えて乗客にサービスへの満足度を尋ねることで、運転手のサービス水準を評価(レーティング)できる。サービス評価の低い運転手は徐々に新たな乗客が配分されずに淘汰され、優良運転手が選別されるようになる。遊休宿泊施設の貸し出しサービスにおいても、プラットフォーム企業が第三者として評価を行うことで同様の効果が生まれる。


 日本で生活していると、「タクシーで安全に移動できるか」「法外な料金を取られないか」というのを意識する人はほとんどいないと思います。運転手さんが、あんまり話しかけてこない人だといいな、とか心配することはあっても。
 しかしながら、これまでの新興国では、「安全性」が利用者のもっとも不安な点であり、スマートフォンのライドシェアサービスは、「運転手と客の相互評価によって、タクシーの安全性を大きく高める」ことになったのです。
 中国でキャッシュレス経済が一気に広まったのも、中国ではもともと「現金」に対する信頼性が低かった、という事情がありました。
 「信用」をプラットフォーム企業が保証(あるいは肩代わり)してくれる、というのは、サービス提供者と顧客に直接の信頼関係が築きにくい社会にとっては、劇的な変化だったのです。
 
 日本で生活している僕にとっての「デジタル化」は現金を持ち歩く手間や危険を避けられる、とか、行政の手続きが簡単になる、という「便利さ」がいちばんの利点なのです。
 新興国での「デジタル化」には、「便利さ」だけではなく、「これまで不安な要素が強かった取引が可視化され、安全になった」という価値がありました。

 逆に言えば、タクシーに安全に乗れ、ニセ札を掴まされるリスクも低い日本では、これまでの習慣を変えるめんどくささなども考えると、デジタル化への動機が乏しいのもまた事実なんですよね。

 むしろ、先進国のほうが、これまでその分野で実績をあげてきた企業の抵抗や、労働者の権利や保障の問題が、「デジタル化」を遅らせていることも多いのです。

 デジタル技術を活用した運転代行や宅配サービスに代表されるような雇用は、保険や社会保障制度といったセーフティネットの外側に置かれてきたた、変化の兆しも見られる。フランスでは2020年3月に最高裁判所が、ウーバーの運転手は同社と雇用関係にあると判断し、これにより同社は今後社会保険料の負担、有給休暇制度の適用、病休手当ての提供といった対応を求められる。
 当然ながら、先進国で観察されつつあるフォーマルな雇用からインフォーマルな雇用への移転のほうが、より強い喪失感と反発をもたらすと考えられる。一方、新興国ではデジタル化によって、もともとインフォーマルで不安定だが多様な生業のなかで暮らしてきた人々がデジタルな雇用形態でも依然としてインフォーマルな雇用にとどまることになる。逆説的ではあるが、喪失感は薄く、労働者からの反発は小さくなりうる。中国の一部都市では工場労働者よりも、フードデリバリーの配達員のほうが高賃金、という状況も生まれている。中国のフードデリバリー業界最大手の美団点評によれば、2019年に同社の配達員は399万人に達し、うち6.4%の26万人は貧困家庭出身者であった(美団研究院2020)。ただしこの場合にも、従業者に男性が圧倒的に多いというジェンダーの問題や、社会保障の問題は残る。このため、労働者の側が「デジタルのフォーマルな雇用」を選択できる仕組みに向けて、政府もプラットフォーム企業もともに取り組んでいく必要がある。


 もともと、「近所の手伝いとか、なんでも屋のような仕事をして暮らしていた(あるいは、そういう人を見慣れていた)新興国の人々」にとっては、ウーバー(あるいはウーバーイーツ)のような働き方は、受け入れやすいのは確かでしょう。
 先進国の労働者にとっては「プラットフォームにとって必要なときだけ仕事を与えられ、一定の収入が保証されているわけでもなく、各種保険でサポートされてもいない」のは不安だらけなのですが、それでも、「自分が働きたい時間や隙間の時間を利用して稼げる」というメリットがあるのも事実です。「安定した正社員の仕事」なんていうのは、そう簡単に手に入る世の中ではないですし。
 著者は、AIやロボットが高度に発達していても、人間の労働力のほうが「安い」という理由で、人間(の労働)が選ばれる近未来についても言及しています。

 「グローバル化」が叫ばれているけれど、中国で『アリババ』や『テンセント』のような巨大なプラットフォームが成立したのは、政府が『Google』などのグローバルプラットフォームへの接続を遮断したことが奏効しているという話も出てきます。
 自国のIT産業育成のためには、「ネットでの自由なアクセスの制限」が有効なのです。
 とはいえ、いまの日本のような「自由な民主主義国家」では、『楽天』のために『Amazon』へのアクセス制限をかける、なんてことは受け入れられないでしょう。
 中国も、産業育成のためにアクセス制限をしたわけではないとは思うのですが、そういう強権的なやりかたができるのは、独裁的な政体の国の強みでもあるのです。

 「なぜ、日本ではデジタル化が難航するのか?」「デジタル化は世界をどう変えていくのか?」が一冊の新書にまとめられている、非常に興味深い本でした。


アフターデジタル2 UXと自由

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