琥珀色の戯言

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【読書感想】沈みゆくアメリカ覇権: 止まらぬ格差拡大と分断がもたらす政治 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
新型コロナウイルスを軽視して死亡者を全土に拡大させた上に、白人警官による黒人“殺害”事件対応でトランプ大統領への逆風が止まらない。米大統領選もバイデン氏が僅差のリードと混沌としている。アメリカ国内を見てみると失業者数は高止まりし、格差拡大は高まる一方で、分断も進み、国民の不満は凄まじい。外交面を見れば、米中対立はのっぴきならないところまで来ており、中東問題をはじめとして爆弾を抱えている。かつて超大国と言われたアメリカだが、中国の覇権主義に歯止めをかけられない。アメリカ1強時代は終わったのか。


 著者の中林美恵子さんは、1992年に日本人として初めてアメリ連邦議会・上院予算委員会スタッフ(国家公務員)として採用された方です。
 約10年にわたりアメリカの国家予算編成に携わり、日本の国会議員等を経て、現在は大学で教鞭をとっておられます。
 著者のアメリカ公務員時代の大統領は、1989年から93年までが共和党ジョージ・ブッシュ(父ブッシュ)。1993年から2001年までが民主党ビル・クリントン、2001年から2009年までがジョージ・W・ブッシュ子ブッシュ)となっています。
 著者はアメリカ上院予算委員会共和党側に勤めていたので、アメリカの政権中枢、とくに共和党に人脈があるのです。
 日本でアメリカの政治について語る人には、リベラルで民主党寄りが多いので、共和党の事情に通じている著者の言葉は新鮮にも感じました。
 なんのかんの言っても、アメリカ人の半分は共和党を支持しているわけですし。

 まもなく行われる、2020年のアメリカ大統領選挙について、著者はこう述べています。

 大統領選挙は、時代を反映する力と時代を創る力を持ち合わせている。その熾烈な闘いが今まさにアメリカで繰り広げられており、まもなく時代の方向性が決まろうとしている。すでに、アメリカ1強だった世界の覇権は、2つの理由から過去のものとなりつつある。1つは中国の相対的な台頭とともに、アメリカの圧倒的なリーダーシップに陰りが見えていること。そしてもう1つは、アメリカ国内の政治と社会に変化が見えることである。国民の中でも特に若い世代の変化が顕著になっている。アメリカが良かれと思うものを他国に押し付けること、しかも武力を用いてでもそれを行うことを善と考える層は、減少しつつある。アメリカの政治システムに対する自信と余裕も、失われつつある。それは新型コロナウイルスで世界最悪の感染者と死者数を出したことによっても加速された。一流国としての圧倒的な優位性や優越感が、崩れつつある局面だ。


 中国の台頭もあり、アメリカ自身も「多様性」を尊重する議論が盛んになっていて、とくに若者は「アメリカの正義」を確信できなくなっているのです。
 
 失言や専横が日本では採りあげられがちなトランプ大統領ですが、アメリカ人にとってのこの4年間は、けっして悪い年月ではなかったのです。

 大統領に就任してからのトランプ氏の功績といえば、やはり経済成長と雇用の増加を実現したことであろう。職に就いた2017年には、年内の12月22日に税制改革を成立させ、共和党の念願であった法人減税を実現することができた。このことにより株価はさらに上昇し、景気が上向いていった。
 徹底的に起業家、投資家寄りの政策を打ち出すことにより、経済成長を推進してきた点は、共和党支持者らが期待したとおりとなり、支持層に好意的に受け入れられた。また雇用の改善は、マイノリティを含めて、多くの労働者に恩恵をもたらした。失業率は大統領就任時の約5%から50年ぶりの低水準である3.5%に引き下げた。2020年1月末の時点では、特に低所得層の賃金上昇も続いていた。アメリカの約半数にあたる24州が最低賃金を引き上げる予定まで立った。トランプ大統領は2020年2月6日の一般教書演説で、自身が就任してから700万人の雇用が創出され、失業率が半世紀ぶりの低水準になったのみならず、女性の失業率は70年ぶりの低水準、そして2019年の新規雇用者の72%が女性だったというデータを示している。
 またイデオロギーや価値観の側面においても、保守層を満足させる仕事をこなしていった。


 アメリカの大統領選挙は、基本的に現職大統領有利、とくに経済がうまくいっているときには、現職は負けない、と言われています。
 いろんなイデオロギーやモラルの問題があったとしても、結局は経済の状態や、自分たちの生活が大事、なんですよね。

 トランプ大統領もさまざまな課題を挙げられ、問題を指摘されながらも、再選が有力視されていたのです。

 新型コロナウイルスの流行までは。

 新型コロナのために、アメリカの経済状況は一気に悪化してしまいました。
 その要因として、トランプ大統領のとった対策が問題視されるようになったのです。

 世界的に景気が減速するのは、新型コロナウイルスとの関係において、避けようがない。たしかにトランプ大統領は、経済活動の封鎖に当初踏み込みすぎて経済へのダメージを大きくした。しかしながら、その前の政策は決して悪いものではなく、トランプ氏の失敗は、ひとえに新型コロナウイルス対応の失敗ということになる。
 失敗の最大の原因はトランプ氏の慢心と油断という指摘が多い。それが、ウイルス対応の遅れにつながったというのである。しかし多くの国民は、コロナ禍以降の経済のV字回復を望んでいる。大統領選挙では、誰がそれを実現できる可能性があるかを吟味しなければならなくなる。


 現在、世論調査では劣勢だと言われているトランプ大統領なのですが、民主党のバイデン候補は「無難」ではあるけれど、トランプ大統領よりもさらに高齢で、政策的にも、対抗馬だったバーニー・サンダース候補のような「大きな変化」をもたらしそうにはありません。
 民主党のなかにも、社会保障を重視し、大きな増税を辞さない人たちもいれば、企業の利益を損なわないようにする人たちもいるのです。
 結局のところ、極端な政策をやりそうな人では、民主党がまとまらない、票を集められない、ということで、比較的バランスが取れているバイデン氏に一本化されたのですが、ある意味「消極的な選択」であり、バイデン新大統領が誕生しても、大きな改革は望めないとも考えられます。

 トランプ大統領とバイデン候補のどちらが勝ったとしても、今のアメリカ国内が「内向き」であるかぎり、できることは限られてくる、とも言えそうです。
 日本に対する態度も、安倍前総理とトランプ大統領の個人的な親密さはあったとしても、民主党の大統領になったからといって、急に変わるとは考えにくいのです。
 そもそも、アメリカにとって、これからの「最重視国」は中国でしょうし。
 だからこそ、日本に対して、極端に冷たい態度はとれない、という面もありそうです。

 バイデン大統領になったとしても、株価が急落するような政策をとることは難しいでしょう。
 ただ、トランプ大統領時代に、失業率は下がっているはずなのに、低所得層が得ている収入はほとんど上昇しておらず、「富裕層が、より豊かになった」だけという統計も出ているようです。
 いくら株価が上がっても、その恩恵を受けられるのは、株を買える人たちだけなんですよね。

 著者は、バイデン新大統領が誕生した場合の「メリット」をいくつか挙げているのですが、そのなかで、こんな話が出てきます。

 第8に、メリットとしては良識の分かる大統領だけに、中国の存在をある程度認めない限り経済も国際システムも回らないと理解して妥協点を探そうとすることだろう。しかしこの部分のデメリットは大きい。産業界の国際ルール作りを強化している中国にとって、通信などの国際規格の主導権をとることは、過去に西欧諸国が使ってきた手段を今度は中国が利用することになる。その事実に自己矛盾をもろともせず中国叩きができるだけの面の皮の厚さがないと、中国には立ち向かえない。ある意味、トランプ氏の非常識さこそが、中国の行動規範に物申す適当なバランスだったのかもしれず、後になって振り返るとそれが明らかになる時がくるかもしれない。


 トランプ大統領は、けっこう無茶なこともやってきたのですが、周囲も、「あのトランプ大統領だから、しょうがないな……」と諦めてしまう、あるいはこちらが妥協するしかない、と考えてしまうところは、たしかにあったような気がします。
 たしかにそれは、トランプ大統領の「武器」になっていたのかもしれません。
 中国も、日本人である僕からすれば、けっこう横暴なところがありますし、トランプ大統領だから対抗できていた可能性はありそうです。
 無理を通せば、道理が引っ込む。
 もちろん、交渉事ですから、相手次第、ではあるのですが。

 アメリカ大統領選挙の結果は、どちらが勝つのか。僕はトランプ支持がけっこう根強いのではないか、と思っています。

 それにしても、新型コロナが、まさにこのタイミングで流行しなければ、トランプ続投がほぼ確実だったわけで、歴史というのは、想定外のことが絶妙なタイミングで起こるものだな、と考えずにはいられません。
 

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