琥珀色の戯言

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【読書感想】たかが殺人じゃないか ☆☆☆☆

たかが殺人じゃないか (昭和24年の推理小説)

たかが殺人じゃないか (昭和24年の推理小説)

  • 作者:辻 真先
  • 発売日: 2020/05/29
  • メディア: 単行本


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
昭和二四年、ミステリ作家を目指しているカツ丼こと風早勝利は、名古屋市内の新制高校三年生になった。旧制中学卒業後の、たった一年だけの男女共学の高校生活。そんな中、顧問の勧めで勝利たち推理小説研究会は、映画研究会と合同で一泊旅行を計画する。顧問と男女生徒五名で湯谷温泉へ、修学旅行代わりの小旅行だった―。そこで巻き込まれた密室殺人事件。さらに夏休み最終日の夜、キティ台風が襲来する中で起きた廃墟での首切り殺人事件!二つの不可解な事件に遭遇した勝利たちは果たして…。著者自らが経験した戦後日本の混乱期と、青春の日々をみずみずしく描き出す。


【ミステリランキング3冠! 】
第1位『このミステリーがすごい! 2021年版』国内編
第1位〈週刊文春〉2020ミステリーベスト10 国内部門
第1位〈ハヤカワ・ミステリマガジン〉ミステリが読みたい! 国内篇


 88歳のレジェンド作家が『このミス』国内編で1位!と話題になったこの作品、僕は2020年の大晦日に、紅白歌合戦をBGMに読みました。
 率直なところ、推理小説としては、トリックに無理があるというか、それは人間には実行が難しいだろう、というような感じはあったんですよ。この『たかが殺人じゃないか』に関しては、ものすごくリアルな戦後の名古屋の風景や当時の人々の心境が描写されているだけに、ノンフィクション作品のなかで、『ダンガンロンパ』がはじまってしまう違和感。『ダンガンロンパ』の場合は「リアリティのなさ」も世界観のうちではあるのですが、この『たかが殺人じゃないか』は、齢88歳の辻真先さんが今の世界へ「言い残したいこと」「伝えたいこと」を「ミステリ」というジャンルを利用して書いたのではないか、と思うのです。

 勝利が通っていた中学校も女学生を収容せねばならず、そこは日本的な大人の智恵で、奇数のフロアに男子を偶数のフロアに女子の教室をつくり、これを「男女併学」と称した(!)が、進駐軍軍政部の鶴の一声で沙汰止みとなる。こんな調子の右往左往で昭和23年は空転した。
 ほかの町で共学をどう進めたか少年は知らないが、教育者の姑息さに焦れた進駐軍は大鉈を揮いはじめた。まず。共学の実をあげるべく中学校と女学校を合併させるのに、学校のランクをあっさりと無視した。愛知一中だの県一高女だのナンバースクールの存在を否定したかったのだと、勝利は推測する。釣り合わぬを承知の学校同士の縁結びだから、生徒たちも反発した。格下の女学校合併をきらって教室を消火器の泡まみれにした中学もあるらしい。
 後代の教育史は「昭和23年男女共学開始」と記載して、笑顔で登校する少年少女の写真なぞあしらうだろうが、渦中にあった勝利たちの実情からはほど遠い。


 記憶は、薄れる。
 その時代を体験した人たちがまだ存命なはずの時代のことさえ、その時代の都合に合わせて、記憶は改変されがちなのです。
 正直、1980年代に共学の中学校から男子校の高校に通った僕にとっては、「あの時代に、こんなに男女仲良しの、米澤穂信さんの「古典部シリーズ」みたいな集団が存在していたのだろうか、結局、モテるやつはどの時代でもモテるし、そうじゃないやつは、いつの時代でも「非モテ」なんだよな、というかなりやさぐれた気分にもなったのですけど。

 人間の「常識」とか「正義」なんていうものは、環境や状況によって、けっこうあっさりと変わってしまう。
 僕自身、新型コロナウイルス禍のなかで、「家族の死に目にも合えない、ディスプレイ越しにしか面会できない」という状況を少なからずみてきました。正直、「そんな状況でも会えないなんて、人間としておかしい!」と食ってかかってくる人とかいるんじゃないか、と思っていたんですよ。でも、抗議されたことは、これまで一度もありません。もちろん、職業人としては、みんなが感染予防に対して理解を示してくれているおかげで、トラブルも起こらずに助かっているのです。でも、「ちゃんとした理由があれば、人間って、『これまでの常識では考えられなかったこと』『納得しなかったであろうこと』を、けっこう従順に受け容れてしまうものなのだな」とも感じています(もちろん、抗議してくれって意味じゃないですよ)。
 
 1945年に終わった「あの戦争」についても、いろんな見方がある。その後の学生運動にしても、多くの「闘士」だった人たちが、あっさり運動を捨て、大企業に就職して、いまの日本をつくっていきました。「あの頃は若かったなあ」なんて酒場で、たまにぼやきながら。

 人の命の価値というのも、時代、時期によって変動しているのです。『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリーが言っていたように「人類は戦争をはじめるときには『生命より大事なものがある』と宣言し、戦争をやめるときには『生命がいちばん大切だ』と叫んできた」。

 この『たかが殺人じゃないか』は、ミステリという形式、多くの人に読んでもらえる可能性が高い形式を使って、「70年前の人たちは、本当はどんなふうに考え、世界をみていたのか」を記録したものではないか、と僕は思います。
 だから、「ミステリとしての仕掛け」を重視する人たちにとっては「斬新なトリックがあるわけではないし(むしろトリックや犯人については、強引というか『逆転裁判』や『ダンガンロンパ』みたい)、背景説明が多すぎてめんどくさい」という反応があるのもわかります。
 たぶん、「こういう昔の記憶を封じ込めたものを読んでもらう」ことがこの作品の目的であり、「背景」「状況説明」こそが、この作品の「本質」なのではないかと(これは僕の推測なのですが)。
 この「88歳での栄冠」に価値があるのは、「88歳なのにすごい!」というのではなくて、88年間生きてきた人だからこそ書ける「当時の思い」が詰まっているから、なのでしょう。

 僕自身も半世紀くらい生きているのですが、オウム事件の報道とか、北朝鮮に対するメディアの態度とか、時代の変化や起こった結果によって、「リアルタイムでやっていたことが、どんどん忘れられている」と感じます。オウム事件とか、当時のワイドショーは、茶化したり、面白がったりして、「視聴率を取りに行っていた」し、僕たちも教室でさんざんネタにして笑い合っていました。でも、そういう時代の雰囲気は、なかなか後世には伝わらない。

 この作品が『このミス』の1位として多くの人に読まれることは、有意義なことではあるのですが、「なんか違うな、これが『1位』なのか?」と言いたくなるのもわかるような気がするんですよ。辻先生も「ミステリとしての1位をめざした作品」じゃないだろうし。
 これはミステリの袋小路なのか、こういう作品もとりこんでしまうのが「ミステリの懐の深さ」なのか。


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