琥珀色の戯言

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【読書感想】本を売る技術 ☆☆☆☆

本を売る技術

本を売る技術

  • 作者:矢部 潤子
  • 発売日: 2020/01/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

内容(「BOOK」データベースより)
なぜ売れる本を左端に積むのか。本を売る人はもちろん買う人も面白い、ますます本屋が好きになる書店員の知恵と工夫。


 著者の矢部潤子さんは、1980年に芳林堂書店に入社し、池袋本店の理工書担当として書店員としてのスタートを切りました。
 その後、パルコブックセンター、リブロ池袋店などで2015年まで書店の現場に立ち、現在はハイブリッド書店hontoのコンテンツ作成に携わっておられるそうです。
 この本は、「本を売る伝説の職人」である矢部さんに、『本の雑誌』営業部の杉江由次さんがロングインタビューしたものです。
 『本を売る技術』と言われると、最近さまざまなメディアで取り上げられている「伝説の編集者」みたいな人が、オンラインサロンの宣伝とともに登場しそうなのですが、矢部さんが語っているのは、そういう「広告・宣伝のやり方」ではなくて、「いかにして、お客さんの居心地がよくて、本が売れやすい売り場をつくっていくか」という、きわめて実践的な話なんですよ。
「書店における本の整理術」と言い換えても良いかもしれません。
 読んでいると、細部へのこだわりに驚きつつ、「でも、僕は書店員じゃないしなあ……」と、一歩引いてしまうのですが、読み進めていくうちに、これは、「さまざまなサービスの現場に共通した、『お客様に気持ちよくお金を使ってもらうための美学』である」ということが伝わってくるのです。
 カリスマ編集者の「本の売り方」というよりは、「トヨタの『カイゼン』の紹介」に近い感じなんですよ。


 「本の並べ方」について。

──じゃあ文芸書なんかはどうするんですか? 文庫になっているとか見ていくんですか?


矢部潤子:文芸書は基本的に古いのは返していたかも、文芸書の棚は、その著者の発行順に並べていました。奧付を見て、左から右に、デビュー作から順になるのね。例えば村上春樹だったらまず『風の歌を聴け』があって。本屋はみんなそうだったでしょ? あれ?


──えっ? そうなんですか! 全然気づいてませんでした。じゃあ新刊が出たら一番右端に差せばいいってことですか。


矢部:そうそう。いつも新刊はその著者の一群の最右端。問題はエッセイ。


──エッセイ?


矢部:刊行順だとエッセイが間に入っちゃうこともある。それがちょっと落ち着きが悪くて、エッセイだけをまとめてみたりね。それはそれぞれ書店員が試行錯誤していると思いますよ。


──判型とかにかかわらず、左から刊行順に並んでいるわけですね。


矢部:そう。


──それ、気づかれたお客さまっていますか?


矢部:みんな気が付いてくれてると思ってた! 新刊はこのへんかなって。


──異動された店でも、必ずそうやって並べ替えるんですか?


矢部:そうです。そうなっていなければ。


──棚が50本あったら、50本全部変えるってことですか?


矢部:それはそう。変えれば、翌日からすぐに本を入れられるでしょ。悩まないもの。


 カリスマ書店員さんの話を読むと、自分の担当の棚に対するこだわり(どんな本を仕入れて、どう並べるか)を感じるのですが、僕は内心、「でも、基本的に、書店の仕事って、レジ打ちと納入された本を売れそうなやつは目立つようにして綺麗に並べるくらい、あとは問合せへの対応くらいだよな」とも思っていたのです。
 この「本の並べ方」って、僕はなんとなく「左から右へ新しくなっていく」という印象は持っていたのですが、矢部さんは、このルールをずっと守り続けているのです。
 つまり、新刊が欲しい人は、その著者のコーナーのいちばん右を確認すればいい、ということなんですね。
 しかしこれ、本を手に取ったあと別の場所に置く人もいるし、最初に刊行順に並べるって、けっこう大変だと思います。
 自分がよく知っている作家の本でさえ、古いものから順番に並べろ、と言われたら、かなり難しい。
 

 とくに興味深かったのは、書店の「発注」の話でした。
 どんな本を、どんなタイミングで、何冊仕入れるのか。
 書店に限らず、小売業ではすごく重要なことですよね。

矢部:あるとき新人の子に言われました。「これだけ新刊が入ってきてるんだから、昨日売れた分の半分ぐらい注文出しとけばいいんじゃないですか」って(笑)。


──本来は50冊売れたなら、それだけ欲しい人がいて売れたってことなんだから改めて発注して、50冊売れてないものを抜かなきゃいけない?


矢部:そういうこと。そもそも売れないものは抜かないとダメですね。ただ、売れた本の中には、数年かかってやっと売れましたっていう本もあるかもしれない。あるいは来月、新版が出るっていうのを知っているとか、常備セットが来月入荷するとか。


──それは注文しないでいいと。


矢部:そう。だけど、基本は昨日売れたものは今日発注するというのが原則なのね。今、売れたものを大事にするっていうか、それを買った人がいるってことは次もいるかもしれない、そういう可能性を捨てることに意味はない。実は昨日ブームは終わっていたとかそういうことはあるかもしれないけど、でも、あなたは注文を止めるのはまだ早いと。そこはとりあえず注文してって言いました。


──はい。


矢部:でも得てして発注しないよ、みんな。


──そんな気がしていました(笑)。でもそうしたら、やっぱり売上っていうのは落ちるんでしょうか。


矢部:落ちるでしょうね。


──お店には売れてない本ばかりになるわけですもんね。


矢部:そう! だってさ、今までお店で一度も売れたことのない棚がこちらですってことになるわけでしょ? 新刊はありますよ、新刊はあるんだけど……。


──売れ残りの中にちょろっと新刊が混じってるだけで……。


矢部:平台もね、低くなっているのは、当たり前ですけど売れている本ですよね。例えば、30点10冊ずつ積んでる新刊台があって、1点だけ2冊になってたとするでしょ。そしたら8冊売れて、30点中1位の売上のはずなのに、次に新刊が来たら2冊になったその本を外すわけよ。30点のなかで、いつも売上1位の本だけが外されることになったりして。


──恐ろしいですね。


矢部:少ない本を外すんじゃなくて、売れていない本を外さないと。


──その人たちにしたら楽なんでしょうね。2冊の本を棚に差して、平台に新しく来た本を並べるほうが。でもそれをやっていたら売上はどんどん下がっていくわけで、そんな人たちにはその手間をどうやって惜しませないようにすればいいんでしょうか?


矢部:どうしたらいいんだろう(笑)。本当はその手間が楽しいんだけどね。その手間の向こうに楽しい売上と明るい未来が待っていると思えば! 教える側も妥協せずきちんと一緒にやらないとね。しかし、そもそも本屋というのは何をするのが仕事なのかっていうことがね(笑)。


 これを読んでいるときには、「そりゃそうだよね」と僕も一緒に苦笑しているつもりでした。
 でも、あらためて自分の仕事に対する姿勢を考えてみると、僕も基本的に「めんどくさい」という自分の感情に流されてしまうことが多いんですよね。
 「書店は本を売る場所」であるならば、本を売るために手間をかけるのこそ「大事な仕事」なわけです。
 それはみんなわかっているはずなのだけれども、「減っている本を平台から外す」ほうが、軽いしラクですよね。
 そんなことをしていたら、「どんどん、売れない本ばかり平台に残っていく」のはわかりきったことなのに。
 こういう積み重ねが、どんどん自分や店をダメにしていく。
 人生は「めんどくさい」との闘いだよなあ。

 正直、矢部さんの「本を陳列することへの細やかさ」は、驚くべきものですし、いつもこんなにやっていたら、矢部さんの下で働く人は大変だろうな、とも思うのです。
 それでも、買う側からすれば、一冊の本と書店に来る客を大事にしてくれる店から、買いたくなるはずです。

──ついにPOPの話が出てきましたね。矢部さんはあんまりPOPがお好きじゃないんですよね。


矢部:はい、実は(笑)。


──理由はなにかあるんですか?


矢部:というか、付ける理由のあるPOPは付けます。でも、そういうPOP多くないよね。


──出版社の作るPOPの多くは帯や表紙のまんまだったりして、あれはまったく意味をなしてないと思いますね。


矢部:それ以外の情報をのせないと意味がないと思う。〇日のテレビでこんな風に紹介されたとか、発売後〇〇文学賞を受賞したとか、表紙と帯だけでは伝えくれない情報があるのであればPOPで知らせる価値はあると思うけど、ないならそんなに無理しなくてもいいんじゃないかなと思いますね。それにPOP立てる用の針金、トンボが本にダメージ与えることもあるし。


──あっ、一番下の本にPOPスタンドの痕がついたりしますね。


矢部:そう、針金が当たるところね。あとね、POPをつけるとなるとその本を平台のどこに置くかを真剣に考えないといけないよね。POPの後ろに置かれた本は死んじゃうこともある。


──死ぬ……。


矢部:POPが邪魔して、その後ろの本は見えづらいし、お客さまが手を伸ばす進路を妨害することもあるよね。


──はい。目隠しになりますよね。自社本の前にPOPが立っていたりするとむしりとりたくなります……。


 僕も、あまりにもPOPだらけの書店は、なんだかうるさく感じてしまうのです。
 最初にやりはじめた人たちはともかく、最近は、なんだか「売る側の自己満足に陥っているPOP」が多いような気もします。
 そもそも、POPだらけの平台の本って、タイトルがわかりにくいし、手に取りづらいですよね。
 売る側の自分が目立つ、というのではなく、「針金で本に痕がつくこともある」ということまで、「一冊の本を手に取る側の気持ち」に寄り添ってくれる書店というのは、きっと、居心地が良いはず。


 ありそうでなかった「書店で働く人たちの心得を、具体的なやり方をまじえて、丁寧に説明した本」であり、「ひとつの仕事を極めた人の言葉だからこそ、サービス業で働く人に、普遍的に響く」と思います。


fujipon.hatenadiary.com

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