内容(「BOOK」データベースより)
人生にほぼ必要のない確認のために。人ん家の植木鉢、モンブランの中身、エンドロール…どーでもいいけど、どーしても気になること、ありませんか?
益田ミリさんのエッセイ&漫画集。
益田さん、けっこう多作だし、そんなにインパクトがあることを書いているわけではないのに、日常のなかで、ふと手に取ってしまうのです。
僕にとっては、東海林さだおさんと同じような作品との付き合い方をしている作家です。
この本のテーマは「人生にほぼ必要がないけれど、なんだか気になること」。けっこう長い期間の連載をまとめたもののようで、亡くなられた益田さんのお父さんが存命中のエピソードも収録されています。
僕自身、けっこう「いろんなものが気になる、とくに、そのときの自分にとってはどうでもいいようなことが、頭を占拠してしまう」ことがよくあるのですが、そういう傾向って、他の人にもあるんだなあ、と思いながら読みました。
とはいえ、その興味の対象は、僕のものとは異なっていて、そんなふうに「人それぞれ」だからこそ、世の中というのは、うまく棲み分けができているのでしょう。
さて、帝国ホテルのベーカリーショップには、パンや、焼き菓子などの他に、総菜を売るコーナーがある。
ショーケースをのぞけば、ポテトサラダが並んでいる。
ポテトサラダは直径15センチほどの、丸くて平たい容器に入っている。全体的に白っぽい。見たところ、クリーミーだ。
帝国ホテルのポテトサラダである。さぞかし、誇り高いに違いない。近くにいるシャリアピンステーキとも引けを取らない風格さえ感じられる。彼(ポテトサラダ)には、一体、どんな具材が入っているのか。ガラスケースの中なので、手に取って眺めることは許されない
値段は1000円だ。強気だ。しかし、彼にはそれだけのなにかはあるに違いない。
もしも、わたしがこれを買って食べたとしよう。間違いなく調子にのるだろう。飲み会の席でポテトサラダが話題になるのを待ちつづけ、出たが最後、これまでの凡人ぶりから脱却するため、
「帝国ホテルのポテトサラダには、〇〇が入ってますよね」
鬼の首を取ったように語りだすに決まっている。これは、とても、感じが悪い。だから、買い控えている。控えてはいるのだが、ポテトサラダがシャリアピンステーキたちと、まだ肩を並べているのかどうかは気がかりで、好物のパンケーキを食べた後は、毎度、ポテトサラダの確認に行くのである。
うーむ、牛丼の松屋だったら、プラス40円か50円くらいで、ポテトサラダを付けられるのに、帝国ホテルで買うと1000円なのか……(サイズは帝国ホテルの方が大きそうですが)
でも、ここまで気になるのであれば、割高に感じるのは確かだけれど、1000円くらいなら、一度買って食べてみれば気が済みそうだよな、とも思うのです。この商品がずっと売られているということは、1000円出して買っている人がそれなりにいる、ということでしょうし。
ただ、こういうのって、「一度買って食べたらおしまい」でもあり、ガラスケース越しに見守るのが、いちばん楽しい付き合い方、なのかもしれませんね。
「そんなに気になるのなら、試してみればいいのに!」と周りとしては言いたくなるけれど、こういう「気になっている状態」が、本人にとっては「ちょうど良い距離感」ということは、少なくなさそうです。
スーパーやコンビニのアイスクリームコーナー。買う気がないときでも、のぞいてみたくなる。のぞく、あるいは、のぞき込んで選ぶお菓子って、アイスクリーム以外にあっただろうか?
ちなみに、あのアイスクリームが入っている冷蔵庫は「冷凍ショーケース」という名でネット販売もされている。10万円くらいで買えるものもあり、もちろん一般家庭には必要ないけれど、手に入れられなくはない家電なのであった。
冷凍ショーケースをのぞくのは楽しい。
うんと小さいころは、大人に抱きあげてもらわねば中を見られなかった。自力でのぞきこめるようになるころには、すでに損得の勘定ができるお年頃。
アイス買っていいよ、と親から手渡された50円。
この50円で、最高のアイスクリームを手に入れたい!
僕が子どもだった1970年代の後半くらいは、50円で、いろんなアイスが買えたのです。
駄菓子屋のアイスボックスには、いろんなアイスが入っていて、珍しいアイスを掘り出そうと、けっこう夢中になって「冷凍ショーケース」を漁っていた記憶があります。
そうか、あれ、「冷凍ショーケース」って言うんだ……そして、家庭用に買おうと思えば、買えないこともないのか……(買わないけど)。
インターネット時代は、うまく検索すれば、これまではメーカーに問い合わせるとか、その業界の人に聞くとかの方法でなければ知ることができなかった「ものの値段」を、知ることができるようになったのです。
安いものなら、10万円くらい。夏場はあれが家にあったら楽しそうだけれど、値段や電気代はもちろん、置くスペースがなさそうです。
しかし、世の中には、あのショーケースが気になって、値段を検索してみる人がいるのだなあ。
ほとんどのことが、うまく検索すればわかる時代にはなったけれど、「何に興味を持って、検索するか」というのは、人それぞれなのです。
書かれているのは「小さいこと」ばかりなのだけれど、小さいことに興味を持てる人生というのは、けっこう、楽しいのではなかろうか。
身近なことって、わかったつもりになっているだけ、になりがちですし。
- 作者:益田ミリ
- 出版社/メーカー: ミシマ社
- 発売日: 2010/10/30
- メディア: 単行本