琥珀色の戯言

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【読書感想】宇宙に行くことは地球を知ること~「宇宙新時代」を生きる~ ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
2005年、アメリカのスペースシャトルで初飛行、2009年12月からの2度目の宇宙飛行ではロシアのソユーズ宇宙船に搭乗し、163日間に及ぶ宇宙長期滞在を経験した宇宙飛行士の野口聡一さん。「宇宙好き」で知られ、これまで宇宙に関する数々の楽曲を発表、同時にNASAの宇宙情報をこまめにチェックし、ツイッターで分かりやすく発信しているミュージシャンの矢野顕子さん。2020年、スペースXの新型宇宙船「クルードラゴン」運用初号機Crew‐1への搭乗を控え、2人の対談が実現。「誰もが宇宙に行ける時代」の到来という歴史的転換点を迎えた今、両者が語る宇宙の奥深さと魅力とは?


 宇宙飛行士の野口聡一さんとミュージシャンの矢野顕子さんの「宇宙」についての対談本。
 なぜ、この組み合わせなのだろう?と書店で見かけたときは疑問だったのです。
 でも、矢野さんが「宇宙」についての興味を抱き続けていて、しかも、「科学者ではない視点」からさまざまな質問をしていくのに対して、野口さんが、「みんなに伝わりやすい言葉」で、宇宙の魅力や宇宙飛行士という仕事を語っておられるのが読めて、これはなかなか良い対談本だなあ、と感じたのです。
 
 野口さんの国際宇宙ステーションISS)で船外活動を行っていたときの身体感覚について。

野口聡一夜になって驚いたのは、自分の足が曲がっているのか、伸びているのかがまったくわからなくなったことです。地上ではたとえ目を閉じていても、腕や足が伸びているか、曲がっているかはわかりますよね。それは筋肉が常に重力を感じているから。重力に抗って筋肉を動かせば、その情報が脳に届くためです。
 一方、無重力状態では足を曲げても伸ばしても、重力がまったくかかりません。そのため足を動かしたという情報は脳に届きません。極端な話、腰から下がなくなったとしてもわからない。腕も同じです。身体感覚が一気に分断してしまったようで、とまどいました。
 同じ無重力状態でも、ISSの中で照明をつけているときは、目で足や腕の位置を確認できるので、そんな感覚はありませんでした。しかし、特にISSの中で目を閉じたときや、船外活動中は自分の足が曲がっているのか、伸びているのかまったくわからない感覚が強くなります。これが無重力で本当に大変なことなんです。
 船外活動の作業中に真っ暗になると、瞬間的にISSの構造もほとんど見えなくなり、身体感覚が失われて、自分の位置や姿勢もわかりにくくなります。巨大なISSの中で自分がどこにいるのか把握できないという事態が、起こりうるんですね。船外活動中に「僕、今どこにいるんだっけ?」という冗談のような会話が宇宙飛行士間で交わされることは、決して珍しくないんです。


 この本を読んでいると、野口さんの「説明力」みたいなものに感動せずにはいられないのです。僕が宇宙に行くことは、まず無いと思いますが(できれば一度は行ってみたいけれど)、そんな僕にも理解できる言葉で、野口さんは「宇宙飛行士が見える、感じる世界」を伝えてくれるのです。

野口:エアロックの中は、もはや宇宙です。
 いよいよ、外に出る時間です。エアロックのドアを開けて頭から出ていくと、400キロメートル下に地球が見えました。「What a View!(なんて景色なんだ!)」と思わず口にしましたが、同時に感じたのが「地球に落っこちそう!
」という恐怖です。
 東京タワーに行ったことがある方は、高さ150メートルのメインデッキで、ガラス張りになって真下が見える場所をご存じかもしれません。ガラスの床があるから絶対に落ちないとわかっていても、はるか彼方に豆粒のように見える車や人を見ると足がすくむというか、怖いですよね。
 僕が宇宙船から出たときの感覚は、東京タワー展望台のガラス張りの床から下を見たとき、または床そのものがない感じに近いです。あるいは、映画『007』シリーズや『ミッション:インポッシブル』で、飛んでいる飛行機の床が突然パッと開いて「おお!」と一瞬ひるむ感じ、といえば伝わるでしょうか。
 つまり手を放したら一気に地上まで落ちてしまうような感覚に襲われるのです。ほとんどの宇宙飛行士が同じような恐怖を感じ、手すりをぎゅっと握ると聞いていましたが、僕も無意識にしっかりと手すりを握っていました。


 野口さんは、宇宙飛行士としてのさまざまな体験を、わかりやすく語っています。
 そして、宇宙というのは、人間にとっては「死の世界」であり、宇宙飛行士という職業は、大きなリスクを背負っていることについても言及しておられるのです。
 スペースシャトルは、全部で135回飛んでいるのですが、そのうち2回事故が起き、14人が亡くなっています。
 1986年のチャレンジャー号は打ち上げの73秒後に爆発し、2003年のコロンビア号は着陸直前に空中分解を起こしました。
 2003年の事故について、野口さんは「友人7人が一度に命を落とした」ことに、大きなショックを受け、また、自らもその1ヶ月後に次のスペースシャトルに乗る予定だったのがキャンセルとなり、その後の見の振り方について悩んだそうです。
 どんなに宇宙への憧れがあっても、70分の1で死ぬというのは、かなり危険な「賭け」でもあります。考えられるかぎりのリスクは潰してあるはずなのだけれど、それでも事故は起こる。
 宇宙飛行士に選ばれるくらいの頑健な身体とバランスがとれた精神を持っている人でも、宇宙船が事故を起こせば、命を落としてしまう。
 それでも、野口さんは、宇宙に行くことを選んだのです(その決断の背景についても、この本のなかで詳しく語られています)。
 宇宙飛行士のなかには、一度宇宙に行ったら、次のキャリアを目指す、宇宙飛行士というのも、ひとつのステップだと考えている人も少なくないそうなのですが、野口さんは、アメリカがスペースシャトルの運航をやめてもロシアのソユーズで飛び、次は、民間の宇宙船(スペースXの宇宙船クルードラゴン)に搭乗する予定だそうです。

野口:宇宙の闇の恐怖は、そこに何もないこと、一切の生を拒絶するような闇であることです。そんな「虚無の空間」で僕が目にしたものは、吸い込まれるような暗闇と、その闇を背景に、眩しく光り輝く地球です。
 実は、その光景は、人間の眼球の限界でもあるのです。
 宇宙が漆黒の闇になるのは「地球の昼」の間だけです、すばらくして宇宙船が「地球の夜」に入ると、闇だったはずの宇宙空間を、満天の星が埋めつくします。宇宙にある銀河の数は2000億個とも2兆個とも考えられていますから、宇宙のすべての方向に星や銀河などの天体があり、何百光年、何万光年もの彼方から届く天体の光を見ることができます。つまり、宇宙空間は何もない虚無の世界ではないのです。ロマンチックな言い方をすれば、宇宙は光に満ちている。
 一方、地球の昼の間は、宇宙空間は真っ暗闇です。なぜかといえば地球の眩しさが半端ないから。人間の目の限界から、昼の地球の耐えがたいほどの眩しさに基準を合わせると、地球以外は真っ暗になってしまう。明るさの比が大きすぎるのです。そのため、宇宙空間には無数の天体が存在しているにもかかわらず、地球以外の宇宙空間は真っ暗な世界にしか見えません。
 私たち宇宙飛行士が、もっとも伝えたいのに伝えきれないのが、この「宇宙空間」と「地球の眩しさ」の対比です。どんなに高精細な写真でも、4Kや8Kの映像でも、地球の眩しさは伝えきれません。
 言い方を変えれば、満天の星を漆黒の闇に変えてしまうほど、地球は神々しく光り輝いているということです。


 正直、僕自身も年を重ね、日常に追われていることもあって、「宇宙」というものに、子供の頃のようには興味を持てなくなっていたんですよね。
 前澤社長のような大金持ちでもないかぎり、宇宙に行くのはまだ難しい時代ですし(そもそも、その前澤さんだって、まだ実際に行ってきたわけじゃないし)、
 いまから半世紀くらい先、僕の子どもたちが今の僕くらいの年齢になる時代には、「今度の週末は宇宙に行ってこようか」なんてことになっているのだろうか。
 思えば、僕が子どもだった頃、40年前くらいは、日本人にとって海外旅行は一生に一度クラスの大イベントで、ハワイ旅行が商品のクイズ番組がたくさんあったんですよね。
 「昔の人は、命がけで宇宙に行っていたんだねえ」なんて、みんなが振り返る日が、いつか来るのだろうか。

野口:ところで宇宙で痛感したのは、宇宙体験は基本的に「引き算の世界だ」ということです。皆さんは宇宙に行ったら地上と異なる、すごい体験をたくさんするに違いないというイメージを持っています。でも実際は、重力がないし、さまざまな人との繋がりもなくなっていく。限られた物しかないので、物からの刺激も圧倒的に少ない。食べ物も、地上で食べるほど新鮮でおいしいものが食べられるわけではない。ISSの中は無機質で基本的にグレーの世界だから、色の情報も少ない。動くものもない。
 満天の星からの光や情報がわーっと溢れる世界ではありません。圧倒的に地上のほうがさままざまな刺激に満ち、人や物との相互作用があり、喜怒哀楽に溢れている。それは間違いありません。そこから逆にどんどん引かれていくことで、最後に何が残るのか。
 残されたものから、一生懸命に世界観をつくろうとする中で見る景色や聞く音が、結局、宇宙体験ではないかと思います。
 僕にとって今もありありと浮かぶ光景は、ISSのマストのてっぺんによじ登って観た地球の姿であり、宇宙の大海原を帆船ISS号に乗って航海していると感じた実体験です。地上をはるか離れたこんな厳しい環境に、”天空の城”のような巨大な構造物を作ってしまう人類のすごさを伝えたいし、この感動をより多くの人に体験してほしいと強く感じました。


 これを読みながら、今まさに人類は、コロナ禍のなかで、この「引き算の世界」を体験しているのではないか、と考えていたのです。
 いろんな制限があるからこそ、失われたもの、あるいは、そこに残されたものの価値が見えてくることもある。

 仕事が忙しくって、あるいは、生活に追われていて、宇宙どころじゃないんだよ、という、昔、宇宙に憧れていた子供だった人たちに、ぜひ読んでみてほしいと思います。


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