琥珀色の戯言

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【読書感想】競艇と暴力団 「八百長レーサー」の告白 ☆☆☆☆☆

競艇と暴力団 「八百長レーサー」の告白

競艇と暴力団 「八百長レーサー」の告白


Kindle版もあります。

公営競技・ボートレース史上最大の八百長スキャンダルはなぜ起きたのか。名古屋地検特捜部に逮捕された選手本人が、赤裸々にその不正の全貌を明かす懺悔の書。暴力団組長の子として育てられた数奇な生い立ちと、天才的な選手としての資質、そして驚くべき巧妙な不正の手口、消えた5億円の行方、そして不祥事をもみ消そうとしたボート界の隠蔽体質。業界騒然の話題作。


 すごいなこの本。
 もしここに書かれていることが事実だとしたら、この本がそれほど話題になっていないのも、何か「忖度」が働いているのではないか、とさえ思えてきます。
 
 ギャンブルなんか、自分は絶対にやらない、今後もやるつもりはない、という人は「こんなもんなんだろ」と思うかもしれないけれども、競馬やパチンコを嗜む(ってレベルじゃないですが)僕としては、「何なんだこれは……」と愕然としてしまいました。
 競輪は選手同士の人間関係とかも考えなくてはいけない(〇〇選手は子どもが生まれたばかりだからこのレースは勝つ、と知人に言われたときには驚きました)らしいので敬遠し、ボートレースは6艘しか出なくて1号艇が圧倒的に有利なので選択肢が少なくて不公平な感じがするから、やらないのですが、この本、もし実際に著者の西川元選手が出ていたレースを買っていた人が読んだら、激怒するか呆れるかだよなあ。それでも、賭けたお金は戻ってこない。もしかしたら、競艇舟券を買う人って、こういう「八百長の可能性」も織り込み済みなのだろうか……

 子どものころは、大きくなったら自分はヤクザになるものと思っていた。
 幼い時分に実の両親が離婚し、俺は母方の親類だった「弘道会」幹部に預けられ、「ヤクザの子」として育った。小学生時代から組の行事に参加し、中学時代にはパチスロ、ナイター競輪、裏ポーカーとバクチ三昧の生活。組のシノギがあったおかげで何不自由することのない生活を送り、俺はワルのエリートだった。
 だが中学生のとき、その「育ての父」が、自身が所属する組の若頭殺害事件に関与し、逮捕されてしまう。
「蛙の子は蛙」という諺を信じ、渡世人として生きる自分を思い描いていた俺は、途方に暮れた。そんなとき、偶然目にしたボートレーサーの試験にまぐれで合格し、俺は競艇(現在は「ボートレース」と呼称)の世界の住人となった。2009年に三重県の津競艇でデビューし、その後、トントン拍子に最上位ランクのA1に昇格。艇界では最上位レースの「SG」(スペシャルグレード)にも出場した。
 いま思えば、あのころが絶頂期だった。
 その後、俺は偶然のきっかけでレースの世界ではタブーとされる「八百長」に手を染めた。不正に稼いだ金額は、少なくとも5億円以上。俺が受け取ったのはその半分以下だが、すべて競馬や競輪など、競艇以外のギャンブルで使い果たした。


 反社会的勢力と縁が深い人を公営ギャンブルの選手にするなんて……と思いかけて、いやしかし、そこで本人が「ちゃんとやります」と言っているのであれば、出自や子どもの頃の人間関係で排除するのは「差別」にあたるのだろうか……などと逡巡し……結局、西川元選手の場合は、「お金よりも、むしろスリルを求めていたのだよなあ」と考え込んでしまうのです。
 本人によると、いくら八百長で稼いでも、他のギャンブルでほとんど失ってしまっていたそうですし。
 A1クラスに所属し、全盛期には年間2000万円もの賞金を稼いでいたのだから、何もそんなリスクをおかさなくても、十分贅沢もできたろうに……と思うのだけれど、「お金よりも『うまく八百長をやり遂げる』こと」に、西川元選手はハマってしまったのです。

 でも、公営ギャンブルで、そう簡単に「八百長」なんてできるの? 自分がわざと負けることは可能でも、他の選手をシナリオ通りに動かすことなんてできないだろうし……
 
 ところが、他の公営ギャンブルとは違って、ボートレースだからこそできる「八百長」があるのです。

 6艇のボートが1週600メートルのプールを3周(1800メートル)して着順を争う競艇は、基本的に内枠が有利だ。
 レースの予想においては、(1)選手の実力、(2)進入コース、(3)エンジン機力の3要素が重要だが、もっとも内側の1コースに実力の高い選手が入れば、8~9割くらいの確率で、その選手が勝つ。ただし、100%ではない。大本命が3着までに入らないと、1着から3着までを着順通りに当てる「3連単」の配当は、ときに1000倍以上に跳ね上がることもある。
「こんなん、飛ぶはずないのにな……」
 ジュンはまだ嘆いていた。「飛ぶ」とは、大本命が4着以下に沈むということである。
 俺は、何の気なしにこう言った。
「飛ぶのがわかってて張ったらおいしいわな」
 すると、ジュンはその言葉に食いついてきた。
「それでも、ようけカネいるやろ。たとえば1を切ったらどうなる?」
「1つ切れば、3連単の買い目は60点になる」
 6艇が出走する競艇では、3連単の組み合わせは全部で120通り。ファンなら常識の数字だ。もし、1艇を完全に切って残り全部の組み合わせを買うとすれば、買い目の点数は半分の60通りになる。
 俺が具体的な数字を出すと、ジュンは「なるほど」といった表情を見せ、なおも食いついてきた。
「儲かるんかな」
「さあ。でも俺の場合、イン(1コース)の勝率、9割あるで。飛んだらさすがに60倍はつくやろ」
 要するに、本命となっているインコースの選手がらみの舟券を外し、その他の組み合わせをすべて買った場合、配当60倍以上つくならば、どの組み合わせがきても儲かる。そういうことだ。
 すると、ジュンはこう言った。
「そんなことをして、ばれんの?」
「そりゃ、選手が認めやんだらばれへんわな」
 ジュンはもう俺が「飛ぶ」前提の話をし始めた。


 ボートレースは6艇だけなので組み合わせの数が少なく、インコースが圧倒的有利なため、1号艇が圧倒的な人気になることが多いのです。
 1号艇に実力がある選手が乗ったにもかかわらず舟券に絡まなければ配当が大きくなるので、他の選手の協力が得られなくても、「1号艇を除く全通り買い」で、十分な稼ぎが得られます。
 競馬や競輪、オートレースなど、ほかの公営競技では、枠順の有利・不利はあるとしても、ボートレースほど、特定の枠が圧倒的に有利ということはありませんし、多頭数の競馬で点数が多くなれば、誰かが八百長をしても「当ててもマイナス」になることも十分考えられます。
 もし、2020年の秋の天皇賞のアーモンドアイや菊花賞のコントレイルなど、単勝1.1倍~1.2倍という圧倒的な単勝人気の馬を騎手が「飛ばす」ことができれば、その他の馬の単勝を全部買えば儲かりそうなものですが、競馬の場合は、関わっている関係者も馬主、調教師、厩務員など大勢いますし、ボートレースよりもずっと難しいはず。


 西川元選手は、こんな話もしています。

 2019年3月6日、福井県三国競艇場で行われた第12レース。俺はここで「優勝戦」に1号艇で出走しながら、あえて勝たず、3着になる「仕事」をした。
 一般戦の場合、1シリーズに40人ほどの選手が参戦し、最終的に勝ち上がったメンバー6人で「優勝戦」が行われる。優勝できるのはもちろん1人(たまに男女別の「W優勝戦」もある)で、賞金も最低70万円以上は出る。賞金額そのものは大して高くないが、優勝回数を増やせば、それがよりグレードの高いSGの出場資格に結びついたりするため、選手としては、とりあえず「優出」(優勝戦に出ること)は大きな目標となる。
 だが、俺は優勝にもっとも近い1号艇を手にしながら、あえて優勝を捨てた。売上が大きく、インが人気になるというレースでうまく走れば、優勝賞金の5倍、10倍のカネを手に入れることができることを知ってしまっているからである。
 1号艇からの「ブッ飛び」を選択すれば、オッズが1本かぶりになっていたことから、大きな配当が期待できた。しかし、その節の俺は7走して5勝(1着5回、2着1回、3着1回)と安定した走りを続けており、普通に走れば間違いなく優勝するレースで4着以下になるというのも、我ながら不自然すぎるように思えたため、「2着、3着」を狙うことにした。
 このレースでは、3号艇と6号艇に地元・福井の選手が乗っており、6号艇は前付けにくる可能性も高かったため、展開が読みにくいレースでもあった。ジュンは、俺が2着、3着になる舟券をすべて購入。500万円を投資している。


 この「ブッ飛び」で、西川元選手と共犯のジュン氏は、689万円の利益を得たそうです。
 西川元選手も、もちろん、すべてのレースで八百長をやっていたわけではありません。弱い(実力がない)選手だとみなされてしまえば、舟券から外れても高い配当はつかなくなるわけですし、ここぞ、というところで、「ブッ飛び」を繰り出したり、ときには、他艇をうまくブロックするなどでレースをコントロールしたりして、高配当を「演出」することもあったそうです。
 単に八百長で負けるだけではなく、そういうふうに「シナリオ通りのレースをつくる」ことが快感だった、とも語っています。

 他の選手は、誰もが1着を取りたい優勝戦で不正があるなどとは夢にも思わなかったことだろう。

 たしかに、いくら八百長の噂がある選手でも、優勝戦に出てくれば、ここは真面目にやるだろう、って思いますよね……
 そういう、観客の心の機微、みたいなものも踏まえつつ、西川元選手は八百長を行っていたのです。

 ボートレース界は八百長し放題、というわけではなく、怪しいレースについて、何度か事情聴取もされたそうなのですが、結局、明らかな証拠はないのです。そして、運営側も、公正なレースをうたっておきながら、「できればこういう問題を公にしたくない」という姿勢だったようです。まあ、そりゃそうだとは思いますが。
 ちなみに、この本をのなかで、西川元選手は、自分たち以外にも「八百長グループ」の存在がボートレース界に存在していることをにおわせているのです。
 この本を読むと、「仕組み」としてはあまりにも簡単で、「わざと負けた」ことの照明は難しいのですから、同じことを思いつく人は他にもいそうです。

 正直、この本、ピカレスクロマン(悪漢小説)として、破格の面白さなんですよ。残念であり、凄いところなのは、これが「小説」ではなく、「事実」だということなのですが。

 ギャンブルをやる人は、ぜひ一度、読んでみてください。こんなことやっている人たちに、お金を賭けていたのか……と自己嫌悪に陥ること確実です。
 
 でも、これを読んで、「じゃあ、八百長してそうなヤツを見つけたら、俺も万舟(配当が100倍以上になる舟券)獲れるな!とか思っちゃうのがギャンブラーなんだよね……


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