琥珀色の戯言

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【読書感想】王者の挑戦 「少年ジャンプ+」の10年戦記 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

2014年9月22日創刊。2024年9月で10周年を迎えたマンガ誌アプリ「少年ジャンプ+」。その10年の間に、『SPY×FAMILY』『怪獣8号』『ルックバック』『タコピーの原罪』『ダンダダン』など、ヒットマンガや新人作家も続々誕生。多くの読者を獲得し、人気マンガ誌アプリとなった。そんな「少年ジャンプ+」は、どのようにして生まれ、どのようにして進化し、そして今後どこを目指していくのか?


少年ジャンプ+』は、もう10周年なんですね。
僕自身はマンガ週刊誌を定期的に読まなくなってからもう何十年か経ってしまい、『少年ジャンプ+』のマンガも、ネットで話題になっているものを、その回だけ読む、みたいな感じの付き合い方になってしまっています。
あるいは、アニメ化されたものを観て、興味がわいたら単行本を買っているのです。

最近のマンガって、電子書籍で「全巻無料!」とか、ものすごく安く売られていることも多くて、これでマンガビジネスって、うまくやっていけているのだろうか、と疑問でもあったんですよね。

僕が子どもだった40年前くらいは、発売日になると『週刊少年ジャンプ』が本当に飛ぶように売れていて(400万部とか発行されていた時代です)、中学校の修学旅行で東京に行ったときに、「東京では、最新の『週刊少年ジャンプ』が僕の地元の書店に並ぶ何日も前に買えるらしい」と聞いて、探しに行った記憶もあるのです。

この本、『少年ジャンプ+』の創刊から発展に関わった編集者をはじめとする関係者への取材を軸に、『少年ジャンプ+』というネットが主軸のマンガ雑誌がこの10年間、どんな試行錯誤をしてきたのか、が描かれています。
僕としては、「ネットでの掲載がメインで、自由度は高くて掲載までのハードルは比較的低いけれど、採算がとれるかどうかわからなかった初期のネットマンガ雑誌」へのマンガ家たちの思いをもっと聞きたかった、という若干の物足りなさはあったのです。

「運営側」の視点で語られることが多いこの本には、ネットサービスを多くの人に愛され、利用されるものにするには、どうすればいいのか?という大きなヒントが書かれていると思います。
僕自身も、こうしてブログをやっている「運営側」の人間でもありますし(基本的に個人のブログとかYouTubeは、コンテンツ制作とマーケティングをひとりでやるようなものです)。

「『週刊少年ジャンプ』に宣戦布告する。」
 2014年9月22日、そんな刺激的なコピーの広告が、当の「週刊少年ジャンプ」43号に掲載された。
 その広告は黒一色の背景に白抜きの文字だけ。コピーはこう続く。
「少年ジャンプが、一番だ。
 少年ジャンプが、最強だ。
 少年ジャンプが、頂点だ。
 少年ジャンプが、絶対だ。
 僕達は、
 少年ジャンプが、大好きだ。
 だからこそ、
 少年ジャンプを、倒すと決めた。」
 そして、最後にこう添えられていた。
「少年ジャンプを超える『少年ジャンプ+』創刊」
 この広告が掲載された「ジャンプ」発売の同日、「ジャンプ」の名を冠し、毎日複数のオリジナルマンガを配信すると同時に、「週刊少年ジャンプ」最新号のサイマル配信の機能も伴ったマンガ雑誌アプリ「少年ジャンプ+」が創刊された。

「これ、ひどくないか?」
 のちに「ジャンプ+」に合流することとなる「ジャンプ」(以下、単に「ジャンプ」と記す場合は、紙の「週刊少年ジャンプ」を指す)編集主任の中路はそう思った。
 当の編集者・瓶子は泰然としていた。何しろ、瓶子は「ジャンプ+」の編集長も兼任していたのだ。


コンビニでも書籍コーナーが縮小されていき、紙のマンガ雑誌の売り上げが下がっていくなかで、電子書籍のマンガは、売り上げを伸ばしていました。
安い価格で旧作をまとめ買いすることができたり、続きが読みたいときに、書店で目当ての巻を探さなくても、手元にあるスマートフォンタブレット端末ですぐに読んだりすることができる、という電子書籍のメリットが大きかったのです。

「ジャンプ+」を立ち上げたのは、紙の『ジャンプ』をつくってきた編集者たちでした。
彼らは、『週刊少年ジャンプ』がこれまで築き上げてきた伝統を踏まえた上で、「ネットを主軸としたマンガ雑誌だからできること」に挑戦していったのです。

 まさに『ジャンプ+』は段階を踏んで進化してきた。創刊して少しずつヒット作が出ると、新たに才能のある作家たちが集まってくる。すると読者も増え、宣伝費も増える。作品の閲覧数が増え、コミックスの部数も増え、また新たな才能がやってくる……ということを繰り返しながら、少しずつ大きくなっていった。その階段を上がっていった先に『SPY×FAMILY』があらわれたのだ。
SPY×FAMILY』の勢いはとどまることを知らないどころか、加速していった。3巻が出る頃には、各社からアニメ化の問い合わせや企画書も届くようになっていた。紙のコミックスだけで累計100万部も達成した。
 細野(創刊時の副編集長、のちに編集長)にとってひとつの念願だった、紙のコミックス「単巻で初版100万部」がもう手の届くところまで来ていたのだ。紙の書籍が売れなくなっている現在、初版100万部はとてつもない数字だ。「国民的マンガ」の証といっても過言ではない。
 そして、2020年12月28日。この日発売された6巻で、ついに初版100万部を達成したのだ。
「ジャンプ+」は2024年9月22日で創刊から10年が経つ。その10年間でもっとも嬉しかった瞬間に、やはり細野はこのときをあげている。
「初期から『ジャンプ』を超えるって言っていて、『ジャンプ』を超えるってなんだ?って考えると、やっぱりまずは紙のコミックスで100万部のマンガをつくることだと言っていたんです。だから、『SPY×FAMILY』が100万部、出た後ぐらいに、コミック販売部の人に、『細野くん、ずっと100万部、出すって言ってたもんね、出せて良かったね」って言われたときに、確かに言ってたと思ったし、出せたっていうのは本当に嬉しかったですね。そもそもデジタルの媒体なのに紙にこだわるのかみたいなところもあるんですけど、やっぱり一番わかりやすい指標はそこだったりするので」


著者は、この初版100万部達成が、アニメ化の前だったということを紹介しています。だからこそ、大きな意味があったのだ、と。
ちなみに、2025年3月現在の「ジャンプ+」アプリのダウンロード数は3000万を超え、ウィークリーのアクティブユーザーはアプリだけで480万人、ブラウザも含めると660万人にのぼるそうです。僕のスマートフォンにも、「ジャンプ+」アプリが入っています。


これだけの成功をおさめたあとでふりかえると「やっぱり王者の貫禄」という印象ではあるのですが、『ジャンプ+』というサービスが辿ってきた道は、けっして平坦なものではありませんでした。


このブログでもお世話になっている『はてな』の開発力が、『ジャンプ+』をここまで支えてきたというのも感慨深いものがありました。
はてな』が開発したビューワーが『ジャンプ+』で使われているのは知っていたのですが、ここまで強い絆があり、アプリでマンガを読みやすくするために、編集部と協力してきたのか、と。

新しい作家を発掘するための「ジャンプルーキー!」という投稿サイトのおかげで、これまで編集部に持ち込みができなかったり、新人賞に投稿するのをためらったりしていた地方住まいの人、他の仕事を持っている年齢が高めの人、育児中の主婦など、さまざまな才能が、『ジャンプ+』に集まり、ネットを通じての編集者とのやりとりを経て『ジャンプ+』で作品を発表する、という道も開かれました。

 この「ジャンプルーキー」という投稿サービスは、「はてな」と組んだからこそ成功できたと籾山は考えている。読者側も投稿者側も無料の投稿サービスは、それ自体で利益を生むのは難しい。出版社側にとっては、新人発掘というメリットがあるが、開発会社にとってそれ単体としての旨味は少ない。何しろ、作品の広告収入は100パーセント投稿者に還元するという利益度外視、投稿者ファーストの仕組みを導入しているのだ。
「このプロジェクトを始めたときに、いろんな会社の人が、こうすればもっと利益が上がりますよみたいなことを言ってきたんですよ。でも僕らは目先の利益は考えてなかった。それは『はてな』さんも一緒で。いいサービスをつくりたい。イケてるサービスをつくりたいっていうのが根底にあったんです」
はてな」には「インターネットが良い場所になること」をもっとも優先事項とする哲学が流れていると石田は言う。
「インターネットにとって良いことかどうかっていう判断が先にくるから、目先の利益という観点はけっこう後ろになっちゃいますね。利益が出るけどインターネットに悪いことだからやりませんって素直に言える会社だと思います。それはおそらく『ジャンプ+』の方々も同じで、だから籾山さんはうちとは相性がいいと言ってくださるんだと思います。

 電子書籍系アプリは、いかに効率良くユーザーが欲しいものに出会えるかが大事だ。だが、川口が入った頃の「ジャンプ+」は、そうした視点が不十分だった。データを見て、タップ率の良し悪しによって配置を入れ替えていくようなロジカルな運用がなされていなかったため、まずはその改善に着手した。そこで川口がいい意味でカルチャーショックを受けたのが「ジャンプ+」の方針だった。
「いかに読者をいっぱいつくって、サービスを大きくして、またその作品が人を呼び、人が作品を呼び、ムーブメントをつくれるかっていうのを第一目標に掲げているので、通常の電子書店ではあり得ない考え方が少なくないんです。基本的には、通常の電子書店は、どうしても売り上げが一番の目標になるので、ともすれば、ユーザーの利便性を損なうUI(ユーザーインターフェース)改修をやりがちなんです。でも、『ジャンプ+』は、とにかく読んでもらうというのが目標。ユーザーに気持ちよく使ってもらうのを考えたら、売り上げとぶつかる部分が多いけど、『ジャンプ+』って、基本それがないので、設計していて面白いし、細野さんの理念が、すごいわかりやすいんです」


僕は長年インターネットで零細ながらコンテンツを発信してきて、インターネットはどんどん「目先の収益を得ること」に向かっていってしまい、僕自身も広告をたくさん入れたり、『note』で有料コンテンツをつくったりしてきました。

いまや、ネットでニュースを見るためには「短い広告」を避けられなくなり、画面いっぱいに表示された広告を消すためのボタンを探すのに苦労し、イライラすることも少なからずあるのです。
ちょっと人気が出ると、コンテンツが有料化されることも多くなりました。

「稼ぎたい」のもわかるし、「ユーザーはなかなかお金を払ってくれない」のも「払う側」として実感しています。
でも、「有料化して、見てくれる人が少なくなったコンテンツ」は更新する側にとってはモチベーションが下がるがちです。「無料でたくさんの人に見てもらえる」あるいは「本にして出版できる」コンテンツのほうが、閲覧者が少ない有料コンテンツよりも僕はやりがいを感じたのです。

もちろん、どこかで稼がなくては食べていけないけれど、すぐに収益が上がるやり方の多くは、閲覧者にとってはストレスを感じることが多く、ファン層の拡大にとってはマイナスになりやすい。
それでも、「長期的な視点でネットサービスを考えていく」余裕がある人や組織は少ないのです。
いまは、目の前の決算で数字を出さないと、無能の烙印を押されてしまう時代だから。

「読みやすさファースト」でつくられた『ジャンプ+』が、多くのファンを創出し、マンガの単行本やアニメや映画化、キャラクターグッズ、ソーシャルゲームとのコラボなどで利益を生むようになったのは、これからのインターネット、そして、ネットサービスのありかたについて、大きな手掛かりになると思います。


あと、この本を読んでいてすごく印象に残ったのは、『SPY×FAMILY』を遠藤達哉先生とともに生み出した名編集者、林さんのこんな言葉でした。

 ヒット作を多く出している林が、必ずと言っていいほど聞かれるのは「どんな作品がヒットしますか?」「当てるにはどうしたらいいですか?」ということだ。
 そのたびに林は答える。「わからない」と。
 それは別に手の内を隠しているとか、そう言っていたほうが無難だからということではない。本当にわからないのだ。もちろん、ある一定のレベルに達していなければヒットはしない。つまり、当たらないものはわかるが、ヒットするクオリティに達しているからといってヒットするとは限らない。だから数を打つしかないのだ。
 同じことは茨木も言っている。
「誰ひとり、何がヒットするかなんてわかってないんですよ。みんなつくっているときは、これは面白いと思っているんです。だけど、それがヒットするとは限らない。ヒットの方程式があるって言う人のほうがおかしい。でも、『ジャンプ+』からヒットが出るのは当たり前の話なんですよ。なぜなら、手数を出してるから。手数なんですよ、マンガって。ヒットを出すためには大きなプラットフォームで手数を出す。それしかない。だから『ジャンプ+』が一番素晴らしいのは、作品の数なんです。それに尽きる」
 林の編集者としての目標は「作家デビューさせた数が、一番多い編集者になること」だという。ヒットさせた数ではないのだ。


以前、有名なコピーライターが「いいコピーをつくるには?」と問われて「とにかくたくさんのコピーをいろんな角度からつくってみること」だと答えておられました。
一撃必中の傑作なんて、どんなに能力がある人でも、簡単にできるものではないのです。まず手数を増やすこと、というのは、創作者にとっては、大切なアドバイスだと思います。試行錯誤を積み重ねていくことによって、次第に精度も高くなるはずだから。


これから、「ものをつくりたい」という人や、いまのネットサービスに行き詰まりを感じている人は、ぜひ読んでみてほしい。
実際は「未来の大きな利益のために、目先の利益に飛びつかない」というのは、すごく難しいことではあるのですが、だからこそ、こんな成功例があるというのを、多くの人に知っていただきたいのです。


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