琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】ロシアを決して信じるな ☆☆☆☆

ロシアを決して信じるな (新潮新書)

ロシアを決して信じるな (新潮新書)


Kindle版もあります。

今だからこそ、知っておきたい!
ロシア研究の第一人者が現地を旅して考えた、最新の現実。

北方領土は返ってこない。ロシア人は狡猾で、約束は厳禁である――。
毎年、現地を踏査し、多くの知己をもつ、知の最前線に立つ著者にそこまで考察させるロシアとは、一体、どのような国なのか……。
誤作動のため寸前で発射をまぬがれた核ミサイル。ありふれた出来事となった反体制者の暗殺。世界最悪の飲酒大国。悪魔への奇妙な共感。全土に流布する「プーチンは偽者」という説。さもしい大都市モスクワ……かの国の不条理に絶望し、怒り、戸惑い、ときに嗤いつつ描き、ロシアの本性を浮かび上がらせる。
魔窟のような隣国を知悉するために、現代史の貴重なスクープからスリリングな紀行まで、柔らかな筆致で綴る日本人必読の書。


 ロシアというのは、よくわからない国だなあ、というのが僕の率直な印象なのです。
 冷戦時代のソ連は、アメリカを世界を二分していた軍事大国で(いまのロシアもそうなのですが)、共産主義のえたいの知れない国だったのです。
 それが、ゴルバチョフ書記長が就任し、情報公開がはじまり、ベルリンの壁が崩壊し……
 そういう流れをずっとリアルタイムでみてきた世代なのですが、いまのロシアも、ずっとプーチン政権が続いている、謎の国なんですよね。
 日本との平和条約も相変わらず結ばれていないし、北方領土も帰ってくる気配はない。
 それでも、プーチン大統領安倍晋三前総理は、すごく仲がよさそうでした。

 この新書のような「〇〇を決して信じるな」というタイトルをみると、「ああ、偏見に満ちた著者が、自分の偏見を認めてほしい読者に向けて書いた本なのだな」と、僕は敬遠することにしているのです。
 基本的に「けっして~」とか「××してはいけない」なんていう強い言葉は「釣り」か「ヘイト商売」だと思っています。

 ただ、この本に関しては、読んでいて、著者の「ロシアという国の複雑さと面倒くささに呆れつつも、その魅力に抗えない気持ち」が、読んでいて伝わってもきたのです。

 「ロシアを決して信じるな」というけれど、「ロシア」というのは、ある意味、「人間らしさ全開の国」であり、「人間を決して信じるな」というメッセージのようにも感じました。
 そして、「盲信はできないけれど、良いところもたくさんあって、だから人間は面白いのだ」ということなのだと思います。
 
 プーチン大統領を批判した人たちが、いつのまにか暗殺されたり行方不明になったりしている、というのは、面白い話じゃないし、ロシア人にとってはたまったものじゃないでしょうけど。
 その一方で、ロシアの人々は、自分の国が「強くて、領土を広げていくこと」を支持してもいるのです。


 著者が、ロシアの飛行機に乗った際に、2個のスーツケースが無くなってしまい、さんざんたらいまわしにされたときの話。

 スーツケースを、わたしははたして日本に持ち帰ることができるのだろうか。電話口の女性職員にその不安を告げると、彼女はなぜか意気揚々と、わたしをこうなだめた。
「ここは日本ではありません。ロシアですので、明日、なにが起こるのか、だれも予想できません。あなたが明日のことを心配するなんて、わたしには驚きです」
「では、わたしはどうすればよいのですか」
「いまあなたができることは、ひたすら祈るだけです」


 著者が乗っていたバスで、バス停のアナウンスが流れたにもかかわらず、運転手は「そのバス停は昨日撤去された」と告げてバスが停まらず、乗客が抗議してもバスが走り続けたときの話。

 喧騒を目の当たりにして、ロシアの知人たちがわたしになんども諭してきた言葉が、思い起こされた。まさに現実に起こっている光景にぴったりなのである。
「ロシアは、将来に何が起こるかを推測できない国です。信じられないようなことが突然起こったり、ときには人間の悪意で生活がゆがめられたりします。思いどおりにいかないことが多く、期待は簡単に裏切られてしまいます。だからあなたはずっと、そんなロシアに困惑していくことでしょう」
 ロシアには、わたしが容易に理解できない謎がひそんでいるのだろうか。もう一人の友人はかつて、こわばった表情で真情を吐露したことがある。
「わたしたちが予測不能の国に住むことになってしまったのは、過去からなにかを学び、それを将来に活かしたり、未来を予測したりしなかったからです。悪意、絶望、怒り、幻滅、恥辱という人間の感情によって歴史がゆがめられてきました」
 ロシアは一見、再起不能のように感じられる。わたしが乗車したよりも後続のバスのなかでも、同様な怒号がとびかっていたのであろうか。それどころか、すでに半日ほどまえから繰りひろげられている情景なのかもしれない。このような事態は、翌日も翌々日も繰りかえされ、ロシア国内のほかの地域でも、なんの予告もなくバス停が撤去されているにちがいない。事態は改善されることもなく、将来にわたって永遠に繰りかえされるであろう。
 車内のドタバタを見つめながら、隣の女性がそっとささやくのをわたしは耳にした。
「神様! わたしがロシアに生まれたのは、なにかの罪の代償なのでしょうか。前世でなにか悪いことをしたからでしょうか」
 哀愁に満ちた言葉に、わたしは嘆息してしまった。ロシア人たちは本当に、絶望の社会に生きているのだろうか。


 外国をよく知っている、という人のなかには、日本の一般的なサービスを「やりすぎ」「過保護」だと言う人もいますよね。
 たしかに、世界のいろんな国で客としてサービスを受けると、「なんでこの店員さんはこんなに不機嫌なんだろう?」と日本基準で困惑してしまうこともあるのです。
 著者が紹介している、ロシアの話を読むと、日本での生活に慣れている僕が、ロシアに行くとすごくストレスを感じそうです。
 日本の空港で、スーツケースが荷物受け取りのベルトから流れてこなかったのでスタッフに確認したら、「ここは日本ですから」「あなたができるのは、ただ祈ることだけです」なんて言われるのは想像できません。


 著者の友人のひとりは、こう語っています。

「ロシアは、予見できない国です。予想だにしなかった不思議なことが突然起きたり、ときには他人の悪意による行いで、生活が歪められたりします。思い通りにいかないことばかりで、他人への期待はいとも簡単に裏切られてしまいます。だから、ロシアでは、あなたはびっくりしたり、失望したりすることばかりに見舞われます。そのため、逆にいえば、人間の倫理や善意を問う文学や哲学思想が多くなるのです」


 ロシアは、トルストイドストエフスキーを生んだ「文学大国」でもあります。
 僕も若い頃、通過儀礼のように、彼らの作品を読んでみたのですが、「長くてくどい」「暗い」「登場人物の名前がわかりにくい」というトリプルスリーに圧倒されてしまいました。
 「ロシアという国には、人間というものについて考え込まずにはいられない土壌がある。だから、文学や哲学が発展した」というのは、わかるような気がします。
 勝手なイメージかもしれませんが、南国の気候のよい楽園で、「人間とは何か」なんて考えないですよね。

 わたしが2018年3月のロシア大統領選の直前に、モスクワ市の都心で街頭インタビューをしたさい、女子学生はこう率直に語った。
「大学で専門知識を取得しても、就職先がない。スーパーの店員になるしかなく、プーチン大統領の再選には反対です。ソ連時代を過ごした母は当時、失業はなかったと回想し、いまの若者たちは不幸な時代に生きていると同情してくれています」
 ロシアの統計によれば、失業者は若者に多く、2017年9月時点で、20歳から24歳までの失業率は13.9%、15歳から19歳にいたっては25.7%に達する。

 プーチン政権が発足してから2020年で丸20年になるが、すでに指摘したように反政府活動家が逮捕されたり、毒殺されたりし、辛辣に社会批判を繰り広げる250人のジャーナリストが不審死を遂げているという情報もある。
 ドミートリ―とラリーサの夫妻は、そのようなプーチン政権に不信感を募らせているが、かれらはこう本音を明かした。
「わたしたちの大統領は、自分に刃向かう奴らを平気で殺すんだよね。すごい政治家だ。こんな指導者がいるのは、世界中でもロシアだけだよ。ロシアは、やはり強国だね」
 わたしの解釈では、かれのいう「強国」はかぎりなく「恐国」に近いニュアンスに思えた。


 他国を悪く言うものじゃない、それぞれの事情があるのだから、とは思うけれど、共産党支配から脱け出したはずのロシアは、今度はプーチン大統領のもとで「強いけど、あまり幸せではない国」になっているようにみえるのです。
 中国は、この20年間で、デジタル監視国家化していると批判される一方で、国民はけっこう幸せになっているみたいなのに、この差はどこで生じてしまったのだろうか……


ロシアを知る。 (東京堂出版)

ロシアを知る。 (東京堂出版)

アクセスカウンター