琥珀色の戯言

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【読書感想】大人のいじめ ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

職場のいじめで
精神障害を発症した件数が、
この11年で10倍に!

膨大な数の「いじめ・嫌がらせ」相談を受けてきた著者が、
実例を紹介しながら、その背景を分析。

長時間労働、重い仕事の負担……、
過度な圧力に晒された職場で、多発!

●9年連続で、「いじめ・嫌がらせ」が労働相談1位
トヨタ、三菱など大企業で相次ぐ、いじめによる自死
●いじめのある職場は、長時間労働の割合が2倍以上
●約5割の会社が、いじめを放置
●過酷な職場で起きる、ガス抜きとしてのいじめ
●いじめが一番多いのは、「医療・福祉」の職場
●「発達障害者」へのいじめが、5年で5倍に増加
●「生産性」の低い労働者が、「いじめても良い」対象に
●近年の職場いじめは、経営の論理を内面化した同僚らによって、「自発的」に行われる
●会社・上司に相談する前に、「録音」など証拠集めを

職場いじめは、日本社会の構造的問題だ!!


 大人の「職場いじめ」について、著者が所属する団体が相談を受けたものも含め、さまざまな事例と「その後、どうなったのか?」が紹介されています。
 
 あらためて考えてみると、ここで紹介されているものは、「当事者が、労働問題に取り組むNPO法人に相談することができた事例」であり、実際には、より多くの「埋もれてしまったいじめ」があったのではないか、と思われます。
 無力感を植え付けられ、会社や同僚と争って、もし裁判で勝ったとしても、「そんな職場には、もう関わりたくない」という人も多いでしょうし。

 職場いじめが一番多い業界は「医療・福祉」だそうです。

 東京都産業労働局の「東京都の労働相談の状況」の集計を見ると、2020年度になされた職場いじめ相談のうち、もっとも多かった業界は「医療・福祉」(1480件、18.9%)で、2位の「卸売業・小売業」(702件、8.9%)、3位の「情報通信業」(686件、8.7%)に2倍の差をつけている。
 単に多いだけではなく、増加傾向にあるのが見てとれる。2011年度の同統計で「医療・福祉」は737件だったが、2020年度は1480件と10年で2倍に増えている。順位も、2011年度は「情報通信業」が1位だったが、翌2012年からは9年連続で「医療・福祉」がトップだ。
 筆者が役員を務める「NPO法人POSSE」と「総合サポートユニオン」の2019年度の統計でも、「パワハラ・いじめ」の相談を産業別にまとめたところ、やはり「医療・福祉」が25.2%で1位、2位の「卸売業・小売業」(12.0%)の倍以上だった。
 「医療・福祉」の業界で職場いじめが発生しやすい理由としてよく挙げられるのは、人が密集していて人間関係も密なためトラブルが生じやすいこと、仕事内容がケア労働で対人サービスが主な業務となるためストレスが発生しやすいことなどだろう。しかし、ことはそう単純ではない。


 僕自身も、25年くらい、医療の現場で働いてきて、さまざまな「厳しい指導という名目のいじめ」を目の当たりにしてきました。
 人手に余裕がなく、疲れ果てているなかで、他人の都合を思いやったり、「仕事ができない人」をサポートする、ということが可能な人はそんなにいないのです。
 労働環境が厳しければ「こんな働きかたをさせる会社や病院が悪い」と思えればいいのだろうけれど、実際は「アイツの仕事が遅いからしわ寄せが来る」とか、「人の命を預かっている仕事の責任がわかっていない」とか、「仕事ができない(と思っている)同僚」に怒りやストレスの矛先が向くんですよね。

 「俺が若手のときは、夏休みなんて取ったことがない」という先輩もたくさんいました。悪気はなかったと思うのですが、そう言われると休みづらいですよね。僕はけっこう休んでいましたけど。

 いま働いている職場は、救急病院のようなプレッシャーは少ないため、有給休暇をとったり、子どもの行事で休んだりすることにも寛容な雰囲気なのです。

 でも、きつい職場だから、給料がものすごく良いとか、勉強になる、とも限らない。
 もちろん、ハードな環境を乗り切った、というのは、「自信」になる面はあるでしょうけど。

 2010年代後半、20代男性のAさんは、メディア業界の下請け企業に勤務していた。この会社では、業界大手の働きかた改革の影響を受けて、かえっていじめと暴力が猛威を振るうようになったていた。
 事件は、ある大都市のターミナル駅の前で起きた。その日、取引先に同行する外回りの仕事を、Aさんが、Aさんより数年早く入社したチームリーダーの先輩と終えた直後のことだった。
 Aさんは先輩から、取引先の見送りには加わらず、すぐ事務所に戻って、当日のデータをまとめるように指示されていた。タクシーが駅前に着き、先輩と取引先を降ろして、自分はそのまま事務所に戻って作業すべくタクシーに行き先を告げようとした瞬間だった。
「なんで降りてこねえんだよ!」
 先輩が声を荒らげた。理不尽なことに、さっき支持されたことと話が変わっている。Aさんが見送りする素振りも見せないことが気に障ったようだった。
 取引先が駅構内に姿を消すと、束の間、平静を装っていた先輩は豹変した。歩行者や車が行き交う駅のロータリーで、Aさんは顔を握りこぶしで約10発ほど連続して殴られ、続けざまに平手打ちされた。鼻と口から血がダラダラと流れ落ち、Aさんはコンクリートの路上に倒れ込んだ。
 さすがに白昼の人通りの多い駅前だったため、驚いた通りがかりの中年男性が、「大丈夫ですか? 何があったんですか?」と声をかけて、止めに入ろうとしてくれた。しかし、Aさんは恐怖のあまり放心状態だった。自分が暴力を受けている理由も状況も理解できず、助けを求める声すら出すことができなかった。
 すかさず先輩が、「関係ないんで、大丈夫です」と、中身のない返事をしてその場を取り繕い、男性を追い払った。
 そのあとは、人気のない路地裏に無理やり連れて行かれ、暴行が続行された。「殺すぞ」「バカ」「クソ」と言われながら、Aさんは回し蹴りを受けた。Aさんの顔と体は赤く腫れ上がり、痛みは数日引かなかった。
 しかも、恐ろしいことに、こうした流血事件は、見知らぬ人たちの目の前で血だらけになったということを除けば、この会社では決して珍しいことではなかった。先輩社員による後輩への暴力が、当然のように横行していたのだ。


 『北斗の拳』の小悪党かよ……

 この会社では、ずっと先輩から後輩がこんなふうに理不尽な扱いを受けつづけており、被害者の告発に対しても「嫌なら辞めればいい。ただし、辞めることは逃げるのと同じだからな」という態度だったそうです。
 その告発を受ける側の上層部も、以前、同じように自分の後輩に暴力をふるっていたのですから、強く言えるはずもありません。

 こんな会社でなぜ働くの?と思うのは当然なのですが、僕自身の経験からすると、そこが「憧れの業界」であったり、「そういう環境に慣れ」てしまったりすると、「これが、この業界の『あたりまえ』なのだ」「ここで成長するための通過儀礼なのだ」と思い込んでしまいがちなんですよね。
 追いつめられ、自信や自尊心を奪われていくと、視野が狭くなっていくものですし。
「仕事ができないから、気配りが足りなかったから仕方がない」と自責の念に駆られてしまうこともあります。
 こういう組織で生き残っていった人たちは、去っていった人たちを「無能」とか「根性なし」とバカにし、それによって、新たな脱走者が出にくくすることも多いのです。
 2016年に電通の新人社員の自死が労災認定されたことをきっかけに、大企業での長時間労働対策は一気に進んでいったのですが、中小企業では、その影響で、かえって長時間労働や時間外労働が増えたところもありました。


 なぜ、「いい大人」がこんなことをするのだろう?と思うような「職場でのいじめ」がこの本のなかでたくさん紹介されているのですが、これほどひどくなくても、職場での「特定の人物へのいやがらせ」や「指導という名目での暴言」などは、社会人として組織のなかで働いていたことがあれば、「見たことも聞いたこともない」人のほうが少ないと思います。

 2021年の厚労省による「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、「パワハラ」に該当すると判断した事案があった企業1990社のうち、ハラスメントの行為者と被害者の関係性について、「役員」から部下に対する事案があったとする企業が11.1%、「上司(役員以外)」から部下に対する事案があったとする企業が76.5%だった。その一方で、「部下」から上司に対する事案が7.6%、「同僚同士」の事案は36.9%あった。「同僚同士」と「部下」からを合わせると44.5%になり、「役員」からのパワハラよりも、はるかに多い。


 「職場いじめ」というと、上司からのパワハラ、というイメージが強いのですが、実際は「同僚や部下からのいじめ」というのがかなりの割合を占めているのです。
 そして、この同僚や部下は、誰か偉い人に命じられているわけではなく、その人にとって何かメリットがあるとも思えないのに(「ストレス解消」にはなるのかもしれませんが……)、「職場いじめ」に加担しているのです。
 その相手がいなくなったら、次のターゲットは自分になるかもしれないのに。

 自分より「できない人」を排除していったら、いつかは自分が「そこでいちばん『できない人』」になるんですよね。
 そもそも、同じ職場で働いている人の「レベル」なんて、外部からみれば、そんなに大きな違いはありません。
 そんなに優秀な人と一緒に働きたいのなら、自分がGoogleとかAppleに就職すれば良いのに。

 それでも「職場いじめ」は無くならない。
 子どもに「いじめはいけない」と説教している親が、職場では「大人のいじめ」に加担している、というのも珍しくないはず。
 それで、社会から「子どものいじめ」が無くなるとは思えない。

 過酷な職場になればなるほど、ストレスや疲労から、「自分の負担を増やしている他者を責める」気持ちになってしまうのは、個人的には否定できないんですけどね。妊娠・出産・育児というのは、大事なイベントであり、快く休めるようにするべきだと思う。
 でも、その人が休むことによって、一睡もできないような当直の回数が月に2回も増えるとなると、「勘弁してくれ……」と言いたくなります。「それを調整できない上層部が悪い」と社会活動家は言うけれど、それで社会が変わるのに、何年かかるのか……そんな職場は辞めてしまえればいいけれど、自分が辞めたら、周りにさらに負担がかかる……厳しい職場ほど、人は余裕がなくなるのです。

 もちろん、この本で例示されているような「大人のいじめのひどい事例」は論外なのですが、社会が「目先のコストを削減することで生産性を上げることを至上命題としている」うちは、こういう「いじめ」も無くならないと思います。
 「みんなが尊重し合って、気持ちよく働ける職場」のほうが、中長期的には生産性も上がるし、働いている人の満足度も、顧客へのサービスも向上するというデータが欧米では出ているんですけどね……

 実際に「職場いじめ」に遭っている人には、参考になる事例や相談先も書かれているので、目を通してみて損はしないと思います。著者が属している「POSSE」については、批判的な話もけっこう耳にするのですが、「いま、困っている人の駆け込み寺」としての選択肢のひとつではありますし。共産党は嫌いでも、生活保護の申請のときに共産党の人についてきてもらったら、スムースに役所で受け付けてもらえた、なんて話も聞きますから、本当に困っている人は、盲信するのではなく、「利用できるものの、利用できるところをうまく使う」のも良いのではなかろうか。


fujipon.hatenablog.com

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