琥珀色の戯言

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【読書感想】「家族の幸せ」の経済学 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
帝王切開なんかしたら落ち着きのない子に育つ」「赤ちゃんには母乳が一番。愛情たっぷりで頭もよくなる」「3歳までは母親がつきっきりで子育てすべき。子もそれを求めてる」出産や子育ては、このようなエビデンス(科学的根拠)を一切無視した「思い込み」が幅をきかせている。その思い込みに基づく「助言」や「指導」をしてくれる人もいる。親身になってくれる人はありがたい。独特の説得力もあるだろう。しかし、間違っていることを、あなたやその家族が取り入れる必要はまったくない。こういうとき、経済学の手法は役に立つ。人々の意思決定、そして行動を分析する学問だからだ。その研究の最先端を、気鋭の経済学者がわかりやすく案内する。


 「幸せはお金では買えない」という人は多いのですが、「お金に困っていると幸せになるのは難しい」という見解については、ほとんどの人が同意すると思います。
 まあ、「家族の幸せ」とは何か?っていう、「幸せの定義」そのものが人それぞれではあるのですけど。


 著者は「はじめに」で、こう述べています。

 本書は結婚、出産、子育てにまつわる事柄について、経済学をはじめとしたさまざまな科学的研究の成果をもとに、家族がより「幸せ」になるためのヒントを紹介します。本書で紹介する科学的研究の成果は、実社会から得られたデータを分析することによって得られたものです。国勢調査のような大規模な公的調査はもちろん、社会実験から得られたデータや、恋愛と結婚のためのマッチングサイトの利用者データなども分析に活かされています。こうしたデータを分析することで、個人の体験談の寄せ集めなど比較にならないほど信頼性の高い知見が得られるようになるのです。
 経済学というとお金にまつわる学問だから、結婚、出産、子育てはもとより、「家族の幸せ」などとは関係ないのではないかと思われるかもしれませんが、決してそんなことはありません。経済学は、人々がなぜ・どのように意思決定し、行動に移すのかについて考える学問ですから、そこで得られた知識を活かすことで、家族の幸せにより近づくことができるのです。経済学研究の最先端に触れることで、ぜひそのエッセンスをご家族とあなた自身の幸せに活かしてください。


 これだけ世の中では、とくにネットの中では、「ソースは何?」「科学的なエビデンスは?」などと問われるようになってきているにもかかわらず、僕が日常を送っている身近な世界では、ほとんどの人がそんなに合理的には生きていないと感じます。
 自然分娩や母乳を信仰する人、放射線量が測定されている食品でも、「それを自分の子どもに食べさせられる?」と忌避する人なんて、珍しくもなんともない。

 この新書では、家族について、とくに「結婚・出産・育児」に対し、さまざまなデータを用いて、「その『常識』は正しいのか?」が検証されています。

 著者は、1996年にベラルーシで行われた「プロビット」と呼ばれる母乳育児促進プログラムで集められたデータをもとに、「母乳育児のメリット、デメリット」について紹介しています(なぜこの研究をもとにしたのか、ということについても、本のなかでは丁寧に説明されているのですが、ここでは割愛します)。

 ベラルーシの母乳育児促進プログラムとそこから始まる一連の追跡調査は、日本を始めとする先進国にとって、母乳育児の効果について、最も信頼性の高い科学的根拠を提供しています。
 そこで得られた結果をまとめると、母乳育児は生後1年間の子どもの健康面に好ましい影響を与えることが確認されました。胃腸炎アトピー性湿疹を抑え、さらには乳幼児突然死症候群を減らしている可能性が示されています。
 一方で、健康面や知能面に対する長期的なメリットは確認されませんでした。健康面についてはすでに取り上げた肥満・アレルギー・喘息に加え、虫歯についても検証がなされましたが、いずれについても効果が認められませんでした。知能面では、6歳半時点では好ましい効果が見られたものの、16歳時点では効果が消えてしまっているようです。
 母乳育児に関する研究は数多くあり、その中にはここで紹介したベラルーシの追跡調査と異なる結論を出しているものもあります。しかし、そうした研究のほとんどは、母乳育児で育った子どもとそうでない子どもを比較することで母乳育児の効果を測っています。そのため、子どもの発達の違いが本当に母乳育児の有無によるものなのか、家庭環境や両親からの遺伝、両親の子育てに対する態度の違いといった要因によるものなのか、必ずしも区別をつけることができません。
 ベラルーシの調査は、先に述べたように、母乳育児促進のための研修を行う病院を抽選で選ぶことによってこの問題を克服した稀なケースで、その結果は特に信頼性が高いと考えられています。


 ネットでは「ソースを出せ」「データはあるのか」と指摘してくる人は多いのですが、そのデータが適正なものであるのかを判断できる人は少ない、というのが僕の印象です。この本の著者は、この話だけではなく、何度も、「どんなデータが、より信頼性が高いのか」に触れていて、「データ(らしきもの)さえ出されてしまえば、鵜呑みにしてしまう人」へ警鐘を鳴らしているのです。
 「母乳で育った子どもは勉強ができる」というデータがあったとしても、実際は「母親がずっと家にいて、母乳で育てられるくらい経済的な余裕があり、子どもの学習にお金がかけられていること」が、本当の理由だというようなことは、よくあるのです。
 なかには、さまざまな研究者が書いた論文のなかで、大部分の論文では否定的なのに、自分に都合の良い結果が出ているものだけを提示して、「専門家はこう言っている」と主張する事例もあります。
 論文の価値と言うのも、千差万別なのです。
 こういうのを自分で判断するのは難しいことなのですが、とりあえず「データが示されているからといって、盲信しない」というのは心に留めておいて損はしないはずです。


 また、子どもが小さいのに、母親が一緒にいてあげないと悪影響がある、という考えは、各国で集められたデータからみると、正しくはないようです。

 ドイツでは子どもへの長期的な影響に関心があったため、高校・大学への進学状況や、28歳時点でのフルタイム就業の有無と所得を調べました。その結果、生後、お母さんと一緒に過ごした期間の長さは、子どもの将来の進学状況。労働所得などにはほぼ影響を与えていないことがわかりました。


 同様の結果が、オーストリア、カナダ、スウェーデンデンマーク政策評価でも報告されているそうです。

 実は、上で挙げた国々と異なり、ノルウェーでは育休制度の充実により、お母さんと子どもが一緒に過ごす時間が増えた結果、子どもの高校卒業率や30歳時点での労働所得が上昇したことがわかりました。
 ただ、育休改革が行われた1977年当時のノルウェーでは、公的に設置された保育所が乏しく、保育の質が低かったと考えられています。したがって、お母さんが働く場合、子どもたちは発達にとって必ずしも好ましくない環境で育てられていたということになります。
 育休制度が充実することで、お母さんと子どもが一緒に過ごせるようになれば、子どもたちは質の悪い保育所に預けられることはなくなり、その結果、子どもは健やかに育ったというわけです。

 大切なことなので繰り返しますが、「子どもが育つ環境は重要だけど、お母さんだけが子育ての担い手になる必要はない」というのがこれらの政策評価から得られる重要な教訓です。お父さんとお母さんで育児を分担するのはもちろん、特別な訓練を受けた保育のプロである保育士さんの力を借りるのも、子どもの発達にとって有益です。
 良い保育園を見つけることができれば、お母さんが働くことは子どもの発達に悪影響はないので、安心して仕事に出てください。「良い保育園」とは何かというのは簡単に答えられる問いではないのですが、よく使われる指標は、保育士一人あたりの子どもの数や、保育士になるために必要なトレーニングの期間などです。


 がっかりする親もいそうな話ではありますが、お母さんがずっと家にいて子どもと接するのも、プロの保育士さんに預けるのも、子どもの将来の進学状況や労働所得に有意差はないのです。
 「ちゃんとみてもらえる人がいるのであれば、それが母親である必要はない」ということなんですね。
 ただ、こういうデータに関しても、「でも、1977年のノルウェーでは、母親が一緒に過ごしたほうがいいっていう結果が出ている。それならば、子どもが母親と一緒にいると悪影響が出る、というデータがなければ、お母さんがついていたほうが、『少しでも子どもにとってプラスになる可能性がある』のではないか」と主張する人はいるわけです。
 いや、全体的には、お母さんである必要はない、ということみたいですよ、と伝えてみても、「少しでも子どものためになるかもしれないことをやるのが親というものではないのか」と激高する人もいるのです。
 そして、それは「解釈の相違」であり、どちらかが間違っている、というわけでもありません。
 多くの人は、「お金を稼がないといけないことを考えると、あるかどうかわからないメリットのために、働かずに家にいるコストを払う気にはなれない」だけのことなんですよね。

 結局のところ、どんなデータも、それを解釈し、活かすのはそれぞれの人間なのです。
 それを踏まえて読むと、本当にいろいろなことを考えさせられる新書だと思います。


「学力」の経済学

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