琥珀色の戯言

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社長・溝畑宏の天国と地獄 〜大分トリニータの15年 ☆☆☆☆☆


社長・溝畑宏の天国と地獄 ~大分トリニータの15年

社長・溝畑宏の天国と地獄 ~大分トリニータの15年

内容紹介
大分トリニータ溝畑宏を襲った悲劇の正体

大分トリニータは誰に殺されたのか!? 社長を解任された溝畑宏とチームを襲った悲劇の正体に迫り、Jリーグの病巣、弱小クラブの現実、中央と地方の格差など、様々な問題を暴いたノンフィクション。

これは面白かった。
あの名著『オシムの言葉』の木村元彦さんが書かれた本なので、ちょっと気になってはいたのですが、僕は野球はともかくサッカーは、ワールドカップ関連の日本代表戦くらいにしか興味がないので、なかなか手が出ませんでした。
大分トリニータ溝畑宏社長の話」と言われても、よくわかんないし。
それでも表紙で右手を天高く上げている、さえないオッサンの姿が印象的で、ついていけないかもなあ、と思いながら読み始めたのですが、この本、「溝畑宏」「大分トリニータ」という「特別な人物・特別なチームの特殊な事情」を取材して描いただけのものではありません。
いまの日本のスポーツ界、地方自治体、そして、地方に住む人々が直面している問題が、この本では克明に書かれているのです。

自治省(現・総務省)から大分に派遣された、破天荒な東大法学部卒のキャリア官僚・溝畑宏
ワールドカップ・フランス大会の盛り上がりを体験し、「サッカーで大分を元気にしよう」と思いついた彼は「大分トリニータ」というチームの実質的な生みの親になりました。
溝畑さんは後に大分にワールドカップの試合を誘致することに成功し、トリニータは2008年にはナビスコカップに優勝して「日本一」になるのですが、その翌年にトリニータはJ2に降格、官僚をやめてトリニータの社長に就任していた溝畑さんは、その座を追われたのです。
『リアルサカつく』をやっていて、放漫経営の挙句に、ゲームオーバーになってしまった男。
それが、溝畑宏
たぶん、それが世間のイメージなのでしょう。


この本には、スポーツビジネスの「現実」が、イヤというほど繰り返し描かれています。
トリニータにおける、社長の主な仕事は「スポンサー集め」「カネ集め」。

トリニータの創成期に、溝畑さんが朝日ソーラーの林社長にスポンサーになってくれるように頼む場面。

 しかし、林は官僚が大嫌いであった。在日として生まれ、ケンカと極貧の中で揉まれ、厳しいビジネスの現場から叩き上げてきた男にすれば、吉良が紹介したいという東大法学部出身のキャリアなどは温室のボンであり、社会の機微も知らぬ若造にすぎなかった。
「国づくりの先導役として、この閉塞の極みであるシステムを作り上げた張本人であり、のみならず、それを温存し、そこに胡坐をかいている」。林は東大法科卒の官僚をそう見ていた。
 この野郎、顔くらい見てろうかと思って林は出かけた。
 大分の歓楽街、都町の料理屋の座敷で林は溝畑に会った。
 杯を合わせると、開口一番言った。
「おう、おまえ、尻出せるか」。苦労知らずのプライドを砕いてやろうかと思っていた。しかし、溝畑は困った顔を見せなかった。
「はいっ、社長」
 白く巨大な桃がケンカ武志の前に差し出された。溝畑にはある種の幼児性がある。オチンチンやウンコの話が好きでこういう座興が好きなのである。脱ぐことになんの抵抗もなかった。林が記憶するこのときの溝畑の自己紹介の言葉。
「社長、これが自分のお披露目です。自分を官僚もしくは選び抜かれた人のひとりと思われたら困ります。私は違います。ケツを出し切る男です。チンポも出します。人が言う恥ずかしいことも5分でできる男です」
 尻にはすり傷があり、絆創膏が貼ってあった。
 林はそこにタバコを押しつけた。
 官僚は跳び上がった。
「何をするっちゃろかと思ったら、お前は面白か。吉良が紹介しようとしたのが分かったわ」
 林が認めた。
 溝畑は火傷した尻を押さえながら、涙を流した。

 これがきっかけで、朝日ソーラートリニータのメインスポンサーとなり、4000万円の費用を提供してくれることとなったのです。
 しかし、4000万円はたしかに大金だけれど、全部自分のモノになるわけでもないのに、ここまでやる溝畑さんという人は、正直、僕の物差しでは測りきれません。
 もともと、こういう宴会芸でウケをとるのが好きなタイプなのでしょうが、溝畑さんは、ずっとこんなふうにして、新興企業の経営者の懐に自ら斬り込んでいって、チームの運営費用を得てきたのです。
 『サカつく』では、年のはじめに5分くらいで終わってしまう「スポンサー契約」の場面こそが、『リアルサカつく』では、メインになってしまう。

 僕はこの本を読むまでは、「マイナースポーツならともかく、Jリーグ、とくにJ1に所属するようなチームなら、がんばって探せばスポンサードしてくれる企業を見つけることは、そんなに難しくないはず」だと思っていました。
 でも、現実はそんなに甘くない。
 地方都市のサッカーチームの「経営」は、電通博報堂のスタッフが、カッコよくプレゼンテーションするだけで、お金が集まってくるような世界ではありませんでした。

 スポンサーに関していえば、「地方から世界へ」という企業理念に共鳴してもらうか、魅力ある選手、監督を抱えていない限り、県外の企業からは見向きもされないことを長年の営業経験で感じていたのである。名のある選手や監督を買うことは、スポンサーがあるからできたのではなく、むしろ県外のスポンサー集めのツールとして機能していた。
 J1の各クラブの平均年間予算が26億、そこで戦うために必要として割り出したのが、14億という数字だった。

 要するに、大スターがいるか、メディアに露出する機会が多い人気チームでないかぎり、全国的な大企業には、大分トリニータのような「地方のサッカーチーム」をあえてスポンサードするメリットがほとんどない。でも、大分にはそんな大きな企業はないし、宣伝効果は地元にとどまってしまうので、地元企業には、スポンサーとして払う金額にみあうメリットは期待できない、ということになります。
 おまけに、トリニータは、「溝畑さんが勝手につくったチーム」ということで自治体からのウケも悪く、公的な支援も小規模なものでした。
 結果的には、溝畑さんは、「自分と新興企業のトップとの個人的な信頼関係で、お金を引っぱってくるという、綱渡り経営」をやらざるをえなかった。
 まあ、溝畑さんという人には、そういう「逆境」のなかにいる自分を愉しんでしまうようなところもあったように思われますが、トリニータが「大きなチーム」になるにつれて、必要経費も増えていき、ついに「不屈の男」にも限界が来てしまいました。

 僕はこの本を読みながら、「そんな尻出しや根性焼きでお金を集めるようなサッカーチームが、『健全』だと言えるのか?」と考え込まざるをえなくなりました。
 この本のなかで、トリニータをスポンサードしていたパチンコの『マルハン』という企業が、「パチンコはJリーグのスポンサーとしてふさわしくない」という理由で、スポンサーからの撤退を余儀なくされるという話が出てきます。
 『マルハン』は、(パチンコというのが、本質的に客からある程度のお金を獲る遊戯だという点を除けば)ちゃんと税金も納め、経営は透明性を維持している「優良企業」なのだそうです。
 日本の「国技」であるプロ野球で、消費者金融のスポンサードが認められているのに、なぜ、サッカーではパチンコ企業のスポンサードが認められないのか?
 僕もギャンブルの宣伝がテレビで流れまくるのが良いことだとは思いませんが、その一方で、いまのスポーツビジネスを支えているのが、「パチンコ・マネー」であるのもひとつの現実です。
 ボクシングとか総合格闘技の試合で、パチンコメーカーが絡んでいないものは、ほとんど無いはず。
 そんな現状のなか、「地方の時代」「フランチャイズ制」を謳うJリーグは、地方のチームがお金を集めることは困難なのを承知のうえで、「いかがわしい企業は、崇高なるJリーグのスポンサーにふさわしくない」と建前を語り続けます。
 結局のところ、「大きな親会社があって、チームの維持費を宣伝費として扱えるチーム」か、「既成の人気チーム」でなければ、「健全な経営」は難しいのが、いまのJリーグなのです。
 「大企業がバックにいない、健全な地方のチーム」なんていうのは夢物語で、安定したスポンサーがいない田舎のチームは、より不安定なところ、さらにいかがわしいところから、お金をなんとかして引っぱってくるしかない。
 それが、「健全なフランチャイズ制」って、言えるのだろうか?

 いま話題のあの映画以上に、このノンフィクションは僕に問いかけます。
 
 溝畑社長は「悪人」だったのか?

 トリニータに、あるいは、サッカー全般に全く興味がない人でも、十分に楽しめることは、僕が保証します。
 「都会と地方の格差」そして、「日本のスポーツビジネスの現状」がわかり、しかも、ユーモアも織り込まれた、最上級のノンフィクションです。
 この秋の、超オススメ本1冊目。

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