琥珀色の戯言

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ブラック・スワン ☆☆☆☆


映画『ブラック・スワン』公式サイト

あらすじ: ニューヨーク・シティ・バレエ団に所属するバレリーナ、ニナ(ナタリー・ポートマン)は、踊りは完ぺきで優等生のような女性。芸術監督のトーマス(ヴァンサン・カッセル)は、花形のベス(ウィノナ・ライダー)を降板させ、新しい振り付けで新シーズンの「白鳥の湖」公演を行うことを決定する。そしてニナが次のプリマ・バレリーナに抜てきされるが、気品あふれる白鳥は心配ないものの、狡猾(こうかつ)で官能的な黒鳥を演じることに不安があり……。

2011年13本目の映画館での鑑賞作品。
木曜日のレイトショーで、観客は20人くらいでした。
ナタリー・ポートマンがこの映画で2010年のアカデミー主演女優賞を獲ったとはいえ、そんなに派手な映画ではありませんから、かなり健闘しているのではないかと。

しかし、この映画、観ていて「バレエの世界のドキュメンタリー」として観るか、「バレエの世界を舞台にした、サイコスリラー」として観るか、とても悩ましい作品ではありました。
どちらとしても観られるし、その両方なのかもしれないし。
(僕が聞いた話では、バレエ関係者は「この映画はやりすぎ」と言っているようです。まあそうだろうとは思う。でも、「やりすぎ」と「嘘」は違うといえば違うのか)


とにかく、最初から最後まで、緊張感がみなぎっている映画で、観ているとけっこう疲れます。
もちろん、これだけ観る側にもプレッシャーをかけてくる映画というのは稀有であり、すごい作品でもあるのですが。


僕はこの映画を観ながら、最近ネットで少し話題になった話を思い出さずにはいられませんでした。

発端は、ラサール石井さんのこんなツイート。

lasar141
くだらん呟きばかりだとフォロワーさんに言われたばかりでなんだが。ちょっと暴言吐きます。 浅田真央ちゃんは早く彼氏を作るべき。エッチしなきゃミキティやキムヨナには勝てないよ。棒っ切れが滑ってるみたい。女になって表現力を身に付けて欲しい。オリンピックまでにガッツリとことん!これは大事。

「セクハラ」だし、「よけいなお世話」なこの発言で、ラサール石井さんは多くの人に批判され、謝罪もしているのですが、この『ブラック・スワン』でナタリー・ポートマンが演じるニナに芸術監督が求めるのは、まさに「こういうこと」なんですよ。
あの安藤美姫さんとコーチの密着っぷりをみていると、「芸術の世界で『一皮むける』ためには、そういう奔放さみたいなものが必要」なのかもしれないし、そういう信念を持っている「芸術家」って、けっこう多いような気がします。
僕は、「そうせざるをえない、という生来の性格ならともかく、役作りのために恋愛やセックスに励むのは、ちょっと違うんじゃないか?」と考えてしまうのだけど。


「アート」を愛する人間として、「素晴らしい絵や小説や舞台は、必ずしも、尊敬できる人間から生まれるわけではない」ということに、僕はときどき悲しくなるのです。
モームの『月と六ペンス』に出てくる画家・ストリックランド(ポール・ゴーギャンがモデルとされている)のような「人格破綻者」のほうが、「凄い作品」を世界に遺し、羽目を外せない「芸術家の卵」は、誰からも顧みられることもなく、本人も作品も忘れられていく(そもそも、忘れられる以前に、知られることもない)。

そういう「いたたまれない、中途半端な芸術家」については、北野武監督の『アキレスと亀』という映画を観ていただければ、すごくよくわかると思います。
これもまた「観るにしのびない映画」なんですが……



なんで人間っていうのは、「ろくでもないやつ」が作った「アート」に、こんなに魅かれてしまうのだろう?
自分の身近なところにいたら、絶対に許せないようなヤツがつくった「夢の世界」を「人間の生命力にあふれている」などと信奉してしまうのだろう?
なぜ、内田裕也が恐喝をすると、「71歳になってもロックだぜ!」とかいうツイートをする人が少なからず存在するのだろう?
最初の「とにかく純粋に、お手本通りに踊ろうとするニナ」じゃダメなのだろうか?


……ダメなんだよね、それが。
ほんとうに、人間って、アートって、理不尽極まりない。



かなり脱線してしまいましたが、母親の過剰な束縛と自らの完璧主義に、ニナが追い詰められていく姿は、正直、観ているのがつらかった。
「ニナ、あなたにはこんな世界は向いてないから、他の世界で生きることを考えたほうがいいよ」って、画面のナタリー・ポートマンに、何度心の中で話しかけたことか。
でも、実際にアートやスポーツの世界で偉業を成し遂げた人のなかには、こういう「イビツな親子関係」を抱えていた人は、けっこうたくさんいるのです。
「子どものころから、普通に、のびのびやらせる」という方針では、イチローは、イチローになれなかったはずです。


この監督は、この映画を「サスペンス」としてだけ描いているわけではないと僕は思います。
同じ監督の『レスラー』も、「自分がプロレスラーであることを捨てきれず、命をかけてしまう、『救いようがないバカだけれど、なんだかとても気高い男の話』」でした。


この『ブラック・スワン』には、「アートの世界の狂気」を描いた「怖さ」はあります。
しかしながら、それだけじゃない。
「破滅することがわかっていても、そういうふうにしか、生きられない人」への愛着と敬意を、僕はこの映画に感じるのです。

あと、この映画のバレエのシーン、詳しい人には物足りないのかもしれませんが、なかなかのものだと思います。
「一度くらいは、生でバレエの公演を観てみたいな」と感じましたし。


けっして「観てスッキリできる作品」ではないですし、これを「バレエ界の真実!」として理解するのも「リテラシー不足」なのでしょうが、「最初から最後まで、緊張感が途切れない」、素晴らしい映画だと思います。
ナタリー・ポートマンの演技、本当によかったです。
「こんな役を演じて、ナタリーさんは精神的に追い詰められなかったのだろうか?」と心配にもなりましたけど。


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