琥珀色の戯言

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負けるのは美しく ☆☆☆☆


負けるのは美しく (集英社文庫)

負けるのは美しく (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
「この人は雑魚だからサイン貰っても仕方ないよ」同年齢の映画スターの一言が、役者として生きていく転機に。―映画界の絶頂期を担った監督、俳優たちとの出会い、結婚、その後、転身したテレビ界のこと、大好きな本。そして、三年前に逝った愛娘の闘病から死までを綴った初の回想記。

 児玉さんが、勝ったか負けたかはさておき、確かに「美しい人」だったなあ、と、あの立ち姿を思い出しながら読みました。


 芸能界に入るつもりは全然なかったのに、家庭の事情+ちょっとしたきっかけてオーディションに受かってしまったため(このオーディションの経緯もこの本のなかに書かれているのですが、すごく面白かった)、俳優になった児玉さん。
 はじめから、児玉さんは芸能界にとって「異邦人」であり、だからこそこんなふうに貴重な「観察記録」をたくさん遺すことができたのかもしれません。


 若手時代にエキストラとして博多のロケに参加し、ある東宝の若手スターと一緒に喫茶店に入ったときのエピソード。

 彼女はいきなり僕の方を指差し、「そちらの方も」とスター氏のサインしたばかりの色紙を差し出したのだった。予期せぬ出来事に僕は「エッ僕に?」と素頓狂な声を出した。するとすかさずスター氏がウェイトレス嬢に言った。「この人は雑魚だからサインしてもらっても仕方がないよ」僕はドキッとした。彼女はとっさに雑魚の意味がわからないようで「エッ?」と聞き返した。まさか面と向かって雑魚と言われるとは思ってもいなかった僕も「エッ?」という顔をした。スター氏はそこで一語一語区切るように「この人は俳優としては名もない雑魚だから」と前言を繰り返した。ようやく物事を理解した彼女はなにやら悪いことでもしたように僕の顔をそっと見てその場を去った。

 ちなみに、このあと児玉さんは「思わず立ち上がって、ポケットからコーヒー代を取り出し、『コーヒー代ぐらい雑魚でも払えますから』と言って、喫茶店を飛び出した」そうです。
 このエッセイ集を読んでいると、「児玉さん、もうちょっとうまく立ち回れば、大スターになれていたかもしれないのに」と思うんですよ。
 その一方で、この「染まらない姿勢」が児玉さんをあれだけ長い間、芸能界で活かしてきたのかな、とも感じます。


 また、この本には「俳優」という仕事の面白さと不思議さも描かれています。
 NHK大河ドラマ黄金の日日」で、徳川家康を演じたときの話。

 当時六代目市川染五郎丈、現松本幸四郎さんが呂宋助左衛門を演じた「黄金の日日」は高視聴率、大評判を得て無事放送を終えた。トピックは杉谷善住坊役で出演した今は亡き川谷拓三さんで、熱狂した全国のファンの方々から、善住坊を殺さないで、というファンレターがNHKに殺到したことから世間で大きな話題となったことなどもあったが、有難いことに僕の徳川家康に関しては表立ったクレームもなく(と思っているのだが)、また当然のことながら賞賛の声もなく過ぎ、なにはともあれ大過なく終えたことに安堵したのだった。と同時に、ひそかに胸中では、ミスキャストを演じる愉快さ、といったものを噛みしめていたのだ。それは自分の心を偽る楽しさとでもいうか、肚の中を隠す面白さというべきか、つまりはお芝居をする悦楽といったものを、途次、次第に感じてきていたことであった。緒形拳さん演じる秀吉公に拝謁するときのシーンなどは、いずれ天下は俺が貰うぞ、といった心を綺麗に隠し、いかにも私はあなた様の恭順なる僕です、といった顔で深く深くお辞儀をするのが実に愉快で、25年たった今でも、そのときの気持ちが甦り、先だってなどは、思い出して、わが家で同じ演技をしてしまったほどだ。

 児玉さんは、当初家康役にキャスティングされたとき「僕は背も高すぎるし、細身だし、貫禄もぜんぜんないし、ミスキャストじゃないかなあ」と乗り気ではなかったそうです。
 それが、後になって、「何かの拍子に、あれはよかった、といわれるテレビドラマの役では、断トツといえるくらいに『黄金の日日』の徳川家康が多い」ということになったのです。
 本当に、わからないものですね。
 これはもう、キャスティングした人の慧眼だった、ということなのかもしれませんが、自分の魅力や向き不向きって、自分自身では、わかっているようで、わかっていないのかもしれません。
 それが「自分を魅せる」のが仕事の俳優であってさえも。


 読書家として知られた児玉さんの「原書」との出会いについても書かれていました。

 1980年、46歳の僕は人生の大きな曲がり角にいた。俳優として誰もが経験する年齢による役柄の変化と、時代の移り変わりによるテレビドラマの制作現場の変化であった。厳しかったのは後者の変化であった。原則として台本を読んでからでなくては出演をしない、と決めていたので、出演依頼があると必ず、台本を読ませてくださいとお願いするのに、事前にまったく台本ができてない段階で番組制作が開始されるケースが圧倒的に多くなってきた。それで結局その時点でお断りすることとなり、それが何本もこの時期に続いた。結果として、沢山のドラマを断ることとなり、意地を通して、原則を守ったため、同じプロデューサーからの依頼を三度も断るといったことが、あちこちで続き、当然のことながら、仏の顔も三度ではないが、次第にドラマの出演依頼が減り、ついには、ほとんどこなくなってしまったのだった。
 このとき、僕の揺れ動く心を救ってくれたのが、大好きな英米作家の出版ほやほやの新作の原書だったのだ。読み始めたきっかけは、ある種の止むに止まれぬ事情からだった。熱中していた、あちらの作家の翻訳本の出版が急にぱたっと止まった感じになったのだ。原因は原作本に翻訳が追いついてしまったことのようで、僕は快調な飛行から肝心要の面白本を探してうろうろしていたのだった。そこで気がついたのが、原書の新作ハードカバーであった。現地では何冊も新作が出版されている。
 ええい、ならば、もう翻訳本は待ちきれない。原書を買って読もう。それしかない。そんなことからはじまったハードカバーへの挑戦、忘れ得ぬ最初の本は、1981年発刊のディック・フランシスの『TWICE SHY』であった。

 児玉さんの「読書熱」も、ある意味「つらい状況からの逃避」であったということに、僕は親しみを感じてしまいます。
 それがまた、児玉さんにとっては、晩年の大事な仕事につながっていったのです。
 ほんと、人生何が幸いするかわからない。


 それにしても、すごい人間観察力、そして記憶力、記録力。
 そして、つねにユーモアも忘れない。
 黒澤明監督や三船敏郎さんなどの「大スター」との接点も、すごく興味深いものでした。


「他人に合わせて生きていくのが得意じゃない人」にとっては、「こういう生き方もあるのだ」と勇気をもらえる良質のエッセイ集です。
 もっともっと長く生きて、いろんな話をしていただきたかった、とあらためて思わずにはいられませんでした。

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