- 作者: 樋口尚文
- 出版社/メーカー: 洋泉社
- 発売日: 2018/01/11
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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内容(「BOOK」データベースより)
日本映画が産業として成立し始めた1920年前後から現在にいたるまでの映画宣伝の惹句、キャッチフレーズをその手法や切り口でまとめ、その映画の本質や時代背景に迫る。手を変え品を変え、常に新鮮な衝撃を求め続ける、映画特有のキャッチコピーの世界。
この本のタイトルをみて、「これは面白そう!」って思ったんですよ。
それで、手にとって、パラパラとめくってみたのですが、正直、期待値ほどは……という印象でした。それでも、類書もなさそうだし、購入して読んでみたのです。
本格的に調べ出す前は、こうして大正から昭和、平成にかけて惹句、キャッチコピーがいかに「進化」したかについて時系列で書いてみるつもりだったのだが、しかし映画の宣伝文句は戦前の日本映画黄金時代までにあっという間にさまざまな手法が完成を見ている(これは映画の表現自体が、サイレント期の1920年代までに一気に成熟しきっていた、という説にもつながる気がする)。
したがって、構成としては、時系列ではなく映画のキャッチコピーのさまざまな切り口や手法を、自在に新旧の実例を挙げながら検証することにした。そこに思わぬ「進化」はないものの、切り口や表現が「深化」した例はあるかもしれない。また、映画広告もそもそもは新聞、雑誌、ポスター、チラシといった紙媒体とラジオ(ラジオ放送は大正末年から始まっている)だけで、そこに1960年代末からはテレビも加わり、1990年代以降は一気にインターネットも普及していくわけだが、いかに媒体が増えようと)いやむしろ媒体が増えるにつれ)それらを一気通貫して束ねる「旗印」としてのキャッチコピーの存在意義は変わらないと言えるだろう。
ただし、映画のキャッチコピー、惹句というものは、一般商品の販促のために書かれたコピーとはいささか「匂い」が違うという気がする。それはたとえば通常の車や家電製品のコピーのように精緻なマーケティングに裏打ちされた、消費者の「熟考」にたえ、「吟味」に訴える文言とは肌ざわりが違う。言ってみれば、映画のコピーはもっと直観的で、勢いとともに潜在的な観客を煽る、一種野蛮な力をみなぎらせたものであることが多い。
テレビ以前、あるいは、インターネット以前の映画のキャッチコピーって、けっこう長くて暑苦しい感じのものが多いのです。
1974年日本公開のロバート・レッドフォード主演『華麗なるギャツビー』ファッショナブルな訴求であったが、コピーも頑張っている。
真っ白なスーツに身を包み 銀のシャツに、金のネクタイ——
豪邸のひろびろとした庭園はそのまま海までつづく
富と名声を得、愛に挑んだとき 青春は崩れはじめた——
ひたすらな優しさゆえの悲劇 ギャツビー その華麗な愛の世界!
これはもう観たくなる感じだる。参考までに2013年日本公開のレオナルド・ディカプリオ主演のリメイク版『華麗なるギャツビー』のコピーはこうだ。
彼の名はギャツビー 男の憧れ、女の理想 その人生は——【噓】
いや全く間違いのない要約なのだが、これはやはりサイトに誘引する「見出し」的な奥ゆかしいコピーなので、そこに映画宣伝ならではの景気づけや情感を託す「歌ごころ」がないのが淋しい。そういう意味では、ネット時代のコピーはトータルの宣伝活動のなかで”邪魔にならない”ことを求められているふしがあり、それに比べると往年のコピーはずいぶん脂ぎっていたり、あつかましかったり、口幅ったいものであったけれども、その熱気と推しが観客の背中を押すのであった。
僕は『華麗なるギャツビー』は、ディカプリオ版しか観ていないのですが、同じ原作の映画化でも、これだけキャッチコピーが違っているというのは、まさに「時代の違い」のように思われます。
昔の映画のキャッチコピーというのは、新聞やラジオ(のちにはテレビ)などのメディアで、限られた宣伝時間のなかで、より多くの人に内容を伝えて、劇場に来てもらわなければならない、という制約のなかでつくられているんですね。
だからこそ、あらすじみたいなキャッチコピーがつくられていたのです。
いまでは、みんな映画の内容はスマートフォンで検索してしまうので、とりあえず「話題になる」あるいは「興味を持ってもらう」ためのシンプルなフレーズになることが多いようです。
「全米が泣いた!」
「公開初週の人気ナンバーワン!」
みんなが観てますよ、というのは、洋の東西、時代をこえて「シンプルだけれど、効果的なキャッチコピー」みたいです。
こういう挑発的なキャッチコピーも、映画がヒットすれば、正しかったような気がします。
キャッチコピーの善し悪しが、そんなに映画の興行成績に影響を与えるのか、統計的に、どんな言い回しが多く使われているのか、というようなことが考察されているのかと期待していたのですが、「キャッチコピー学」というタイトルの割には、気になるキャッチコピーとそれぞれの感想を羅列する、というところで留まっているのがほとんどなのがちょっと残念でした。
題材も、ここまでいろんな資料をあたった労力もすごいのに、あと、ほんの少し踏み込んで「研究」してくれたら、もっと面白くなったのではなかろうか。
ただ、興行成績におけるキャッチコピーの影響なんていうのは、ドラえもんの『もしもボックス』でもないと、現実的には比較するのは難しいですよね。
この本で紹介されている、僕がこれまで観てきた映画のキャッチコピーを眺めるだけでも、「ああ、こんなのあったなあ!」って、けっこう楽しめます。
全世界がひれ伏した!『ラストエンペラー』
このキャッチコピーをみると、幼い皇帝の前に百官がひれ伏す壮大な場面を思い出します。
『ラストエンペラー』って、主人公の溥儀が皇帝だった前半は面白いけど、後半は退屈、とか、当時はみんな言っていたなあ。僕は後半のせつない感じも嫌いじゃないですが、まあ、地味ではありますよね。
制作費50億。この夏、赤と黒のエクスタシー。
これ、何の映画のキャッチコピーか、思い出せますか?
角川映画『天と地と』(1990)です。
当時はあんなに話題になったのに、忘れてしまうよなあ。
今でも、小室哲哉さんが歌っていたテーマ曲はよく覚えているんですけどね。小室さんは、曲をつくることに関しては、天才なんだけど……
決してひとりでは見ないでください…
このキャッチコピー(あるいはこれに類するもの)を多くの人が耳にしたことがあるはずです。
しかしながら、何の映画のコピーだったか、記憶にありますか?
僕はしばらく考え込んでしまいました。
『エクソシスト』か、『オーメン』か……うーむ、怖い映画だったのは間違いないんだけど。
これは1977年に日本公開されてヒットしたダリオ・アルジェント監督のホラー映画『サスペリア』のコピーだが、このコピーが素晴らしいのは、まずなにより「ひとりで見るな」と言うほど怖いのかと好奇心をそそること、これを額面通り受け取って友達や恋人と連れ立って観に行く観客を増やしそうなこと(その楽しく誘う口実に使いやすいコピーでもある)、そして何より短く簡潔で話題に上りやすいということ。これらの狙いを凝縮した、非常に興行に有効なコピーである。
表現の切れ味はともかく、まるで同じ趣旨で書かれたコピーは、すでに1970年公開の日本映画の広告に見出せる。
この恐ろしさに耐えられますか!頼れる恋人、友人とご一緒にどうぞ…
これは洒脱な怪奇映画の職人として鳴らした東宝の山本迪夫監督の愛すべき二本立て『悪魔が呼んでいる』『幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形』のコピーだが、同じ趣旨でもこうまっすぐ言われるよりは「禁止」ニュアンスでひねってもらったほうが興味を惹くのである。
たしかに、後者だと、あんまり食指が動かない感じがしますよね。
同じような内容でも、表現のしかたや、どこまで言葉にするかによって、効果は大きく違うみたいです。
映画好き、キャッチコピー好きにとっては、なかなか興味深い本だと思いますよ。
- 作者: 樋口尚文
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