琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

「ニュースサイトの更新はプレッシャーが小さい」のか?


ニュースサイトの更新はプレッシャーが小さい(とあるブログの舞台裏('07/5/16))
↑のエントリは、けっこう「ニュースサイトをやっている人たち」の反発を招いてしまったみたいですが(まあ、このタイトルを付けた時点で、けっこう「(反発を受けることを含めての)話題性」を狙っていたのも事実でしょうし)、このエントリについて、僕が思ったことを書いてみようと思います。

僕は厳密に言えば「ニュースサイト管理人」ではないのですが「いやしのつえ」というサイトで、ときどき<本日のオススメ>ということで、2〜3つの記事を紹介しています。正直、これを最初に始めた理由は、「オリジナルの文章を書いたときだけしかトップページを更新しないと、週1回、せいぜい2回くらいしか更新できないから、はてなアンテナもなかなか上がらず、来てくれる人が減っちゃうのではないか」という、ものすごく生臭いものでした。やっぱり、サイトって、更新頻度が少ないとさびれちゃいますしね。
でも、「週に2回くらい、自分が面白いと感じた記事を紹介する」というのは、実際にやってみると、本当にけっこう大変だったんですよ。
僕が「ネタ元」として利用させていただいているのは、自分のアンテナの他に「はてなブックマーク」のホットエントリとか、「テキスト庵」とかなのですが、それらの中で面白そうな記事をざっと眺めるだけでも、けっこうな時間がかかります。そして、その中で<オススメ>として紹介するものを選ぶのですが、正直、「これを紹介しよう!」と思うようなエントリは、本当に少ないのです。いや、つまんない記事ばっかりって言うのではなくて、僕の中に「基準」みたいなものがあって、それに当てはまるエントリが少ない、というだけのことです。
僕の「オススメ」の基準というのは、

(1)あまりメジャーになりすぎていないこと(はてなブックマークが100以上もついているようなものは、なるべく避けるようにしています)。
(2)エロは避ける(けっこう職場で読んでくれている人も多いと思うので)。
(3)専門科向けの技術系の話題や「はてな」の内輪だけで盛り上がっているような話題は拾わない。
(4)そんなに多くのブックマークがついていないけれど、読んだ人が「少し賢くなったかな」と思うようなエントリを選ぶようにする(要するに、「いやしのつえ」は読んでいるけれど、「はてなブックマーク」を自分で使っているほどではない、というコアなネットユーザーではない人に喜んでもらえるようなものを探す)。
(5)なるべく他所で取り上げられていないようなサイト、ブログを拾うようにする(これは最近ほとんどできていないのですが)。
(6)「ゲーム」「世界や日本の文化」「本」「医療」などの話を中心に。
(7)単なる「ニュース」ではなくて、なんらかの「書き手の言葉」が入っているものを選ぶ。

 まあ、こんなところです。でも、たったこれだけの基準で、しかも、1週間にせいぜい5〜6個しか紹介しないにもかかわらず、なかなか大変な作業ではあるんですよね。調子が良いときには、30分もかからないときもあるんですけど、うまくいかないときには、2〜3時間巡回した挙句に「今日の更新は中止!」ということもあります。

 ただ、実際に更新するための作業をしていて、確かに「ニュースサイト的な更新」のときのほうが、「手をつけやすい」ような気はします。なぜかというと、「ニュースを拾って紹介する」という場合には、まず最初にやることが、「他の人が書いたものを読む」という「受け身の作業」だからなんですよね。正直、疲れていて、それでも「そろそろ更新しなくっちゃな」というときに、WORDの真っ白なページに立ち向かっていくのはかなりキツイのです。「テキストサイト」の文章を書くのは、書きはじめがいちばん辛い。
 ところが、「他の人が書いたものを紹介する」ときには、まずは「読んでいればいい」ので、スタートからアクセルをいきなり全開にする必要がありません。読んでいるうちに少しずつエンジンが温まってきたりもします。読んでいる時点で、すでに「更新がはじまっているような気分」になれるので、自分のなかに「書きたいエネルギー」が充満していなくても、ゆっくりと「更新」に向かって進んでいくことができるのです。

 ただし、「結果的には、『他の人のサイトやエントリの紹介』のほうが、時間がかかった」ということのほうが、かえって多いんですよね。他の人が書いたものを紹介するときには、「どれを紹介するか選ぶ」という作業のほかにも、「自分が誤読していないか確認する」ことに慎重になる必要がありますし、紹介するサイトの名前ひとつとっても、「他の人のサイトだからこそ」一字一句間違えないように気を遣います。僕も紹介される側のときにサイト名を間違われていたりすると、ちょっと嫌な感じなので。
テキストサイト」での更新が「自分の内に隠れているものを解放する作業」であるとするならば、「ニュースサイト」の更新というのは、「外から来た刺激を自分の内で解釈する作業」なのです。だから、この2つの「更新」というのは、本質的には異質というか正反対の性格を持つもので、やっぱり、人によって「どちらが気楽か」というのは、違ってくると思うんですよね。ちなみに、僕にとっては、「自分でオリジナルを書くときは、全然書けないと時間を損したような気分になって落ち込むけど、ニュースサイト的な更新のときは書けなくても読んだだけ得したような気分になれるから、どちらかといえばニュース紹介のほうが気楽」です。もともとあまりテンションが高い人間ではなく、エンジンが温まるのに時間がかかりますし。ただ、これは僕が「ニュースサイトを中心に置いている管理人ではない」からなのかもしれません。

 僕にとって、「テキストサイト系」の更新っていうのは英語とか数学の勉強みたいなもので、「ニュースサイト系」の更新というのは、世界史の勉強みたいなものなんですよね。世界史は「とりあえず教科書を読んでいれば、勉強したような気分にはなれる」っていう。実際は、ボーっとしながら読んでいるだけでは、何一つ身についちゃいないんですけど。

赤塚不二夫のことを書いたのだ!! ☆☆☆☆

赤塚不二夫のことを書いたのだ!! (文春文庫)

赤塚不二夫のことを書いたのだ!! (文春文庫)

天才漫画家・赤塚不二夫に35年間連れ添った編集者がいる。「武居記者」というキャラクターで赤塚漫画にも登場した名物担当者。その武居記者が、天才との漫画と遊びの日々を初めて綴った。「天才バカボン」引き抜き事件、ヤクザに追われて逃亡生活、美空ひばりと新宿デートなどなど、抱腹絶倒の秘話満載!

 僕がマンガをいちばん読んでいた時期というのは、もう、赤塚さんの人気のピークが過ぎてしまっていた頃だったので、僕はリアルタイムでは赤塚作品をほとんど読んでいないのです。でも、小さかった頃に親に連れて行かれていた美容院で、そこに置いてあった『天才バカボン』を読んで、「何なんだこのマンガは?」と驚いたことを今でも覚えています。『天才バカボン』だけは、コミックスも何冊か家にありました。
 当時の『天才バカボン』って、ゲームブックみたいになっている回があったり、主人公のバカボンのパパが全然出てこない回があったり、それまで「正しい少年マンガ」しか読んだことがなかった僕にとっては、ものすごく異質な存在だったんですよね。
 「この作者は、いったい何考えてるんだろう?」本当に、当時は半ば感動し、半ば呆れていたものです。
 いま読み直してみると、その「発想力」の凄さに圧倒されるばかりなのですけど。

 今まで、赤塚さんのことを書いた本や、赤塚さんの言葉を集めた本は何冊か読んできました。でも、この『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』という本には、これまでの「人間・赤塚不二夫の魅力」を描いた本とは違った切り口があります。
 赤塚さんの「同志」であり、週刊少年サンデーの名物編集者でもあった武居俊樹さんは、「人間・赤塚不二夫」に対して思い入れたっぷりに描くと同時に、「週刊少年マンガの創成期における、一人の天才ギャグマンガ家の栄枯盛衰」をかなり客観的に描いているのです。編集者からみた「赤塚作品」についてもかなり辛口に評価していますし、赤塚不二夫をめぐる人々、とくに歴代のアシスタントの功績にも、かなりページを割いて言及しています。赤塚作品というのは、多くのアイディアマンやアシスタントに支えられて完成していたわけで、むしろ、赤塚不二夫の凄さというのは、そういう「才能」たちに、「この人のために何かをしてあげたい」と思わせるような人間的な魅力そのものだったのかもしれません。

 武居さんは、赤塚不二夫のマンガ家生活晩年の作品について、

 僕は、赤塚の『クソばばあ』を読んで、唖然とした。『クソばばあ』は、赤塚が一人でアイデアをやった。赤塚が一人で描くと、こんなにつまらない作品になるのか。赤塚一人にアイデアをさせちゃいけない、と思った。

 とまで酷評しています。
 その一方で、

 赤塚は、自分のアシスタントを次々に一本立ちさせる。それは、すなわち自分の作品を痩せさせることだ。右腕を、左腕を切り落としていくのと同じだ。アイデアが薄まり、絵が枯れていく。赤塚にも、それが判っている。判っていながら、それをやる。僕は、それを見ていて、本当に立派だと思う。人の道に外れていないと思う。

 と、自分の優秀なアシスタントたちをどんどん「独立」させていった「潔さ」に最大の賛辞も贈っているのです。
 赤塚さんのフジオ・プロからは、高井研一郎(『総務部総務課 山口六平太』)、北見けんいち(『釣りバカ日誌』)、土田よしこ(『つる姫じゃ〜っ!』)、古谷三敏(『ダメおやじ』)、とりいかずよし(『トイレット博士』)など、多くの人気マンガ家が独立していきました。武居さんはこの本のなかで、「神様・手塚治虫のアシスタントからは、とうとうひとりも名の知られたマンガ家は出なかったのに」と書かれています。まあ、それが逆に、人気凋落を経験しながらも最晩年までマンガ家として活躍できた手塚治虫と、40代前半にして、ギャグマンガ家としての大部分の仕事を終えてしまった赤塚不二夫の「差」になってしまったのかもしれませんが。

 語られることが多い、人間・赤塚不二夫だけではなく、「ギャグマンガの巨匠」としてのマンガ家・赤塚不二夫を知る上では、この上ないテキストであり、「マンガはひとりのマンガ家の力だけで書かれるものではないのだ」ということもよくわかる、貴重な本だと思います。
 正反対の存在のように見える、赤塚さんとつげ義春さんとの交流の話も、なかなか興味深いものがありました。

赤塚不二夫 漫画大全集 DVD-ROM (<DVD>(HY版))

赤塚不二夫 漫画大全集 DVD-ROM ((HY版))

↑このDVD全集、僕もいつか必ず買おうと思いつつ、まだ買ってなかったんですよね……値段分の価値はあると思うのだけど。

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