「これだけは、村上さんに言っておこう」
「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける330の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?
- 作者: 村上春樹,安西水丸
- 出版社/メーカー: 朝日新聞社
- 発売日: 2006/03
- メディア: ムック
- 購入: 3人 クリック: 33回
- この商品を含むブログ (157件) を見る
いや、村上春樹フリークにとっては、この本が1000円で買えるというのは、なんだか信じられないような気がします。「アフターダーク」より面白かった!読者からの質問に答えるという形式なのですけれど、村上さんの世界観・小説観みたいなものがこれほど濃密に言葉にされている本は他には無いと思う。僕も『カラマーゾフの兄弟』を読んでみようかな、とちょっとだけ思いました。
ちなみに、以下は、いちばん心に残った村上さんの回答。質問内容は、『約束された場所で』を読んだ読者からの、「オウム信者の人たちは、この世の中に『忘れられた人々」であり、オウムというのは、彼らにとっての『自分たちだけの入り口』だったのではないか?」というものでした。
<村上春樹さんの回答>
我々はみんなこうして日々を生きながら、自分がもっともよく理解され、自分がものごとをもっともよく理解できる場所を探し続けているのではないだろうか、という気がすることがよくあります。どこかにきっとそういう場所があるはずだと思って。でもそういう場所って、ほとんどの人にとって、実際に探し当てることはむずかしい、というか不可能なのかもしれません。
だからこそ僕らは、自分の心の中に、あるいは想像力や観念の中に、そのような「特別な場所」を見いだしたり、創りあげたりすることになります。小説の役目のひとつは、読者にそのような場所を示し、あるいは提供することにあります。それは「物語」というかたちをとって、古代からずっと続けられてきた作業であり、僕も小説家の端くれとして、その伝統を引き継いでいるだけのことです。あなたがもしそのような「僕の場所」を気に入ってくれたとしたら、僕はとても嬉しいです。
しかしそのような作業は、あなたも指摘されているように、ある場所にはけっこう危険な可能性を含んでいます。その「特別な場所」の入り口を熱心に求めるあまり、間違った人々によって、間違った場所に導かれてしまうおそれがあるからです。たとえば、オウム真理教に入信して、命じられるままに、犯罪行為を犯してしまった人々のように。どうすればそのような危険を避けることができるか?僕に言えるのは、良質な物語をたくさん読んで下さい、ということです。良質な物語は、間違った物語を見分ける能力を育てます。
本当に素晴らしい文章だと思うし、「小説の存在意義」みたいなものをこれほど美しい文章にしたものを僕は他に知りません。ただ、「良質な物語」というのをどうやって見分ければいいのか?というのは、とてもとても難しい問題なのではあるのですよね。経験を積めばある程度はわかるようにはなるのだとしても。
「事故を起こしてみないと車の運転は上手くならない」なんて言うけれど、その最初に起こした事故が死亡事故だったりすれば「経験を積む」どころではないわけだし、「めぐりあわせ」というのはやっぱりあるのかもしれません。