琥珀色の戯言

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100年の難問はなぜ解けたのか―天才数学者の光と影 ☆☆☆☆

100年の難問はなぜ解けたのか―天才数学者の光と影 (新潮文庫)

100年の難問はなぜ解けたのか―天才数学者の光と影 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
1世紀にわたり、幾多の挑戦者を退け続けた超難問、ポアンカレ予想が解かれた。証明したロシア人に対して、「数学界のノーベル賞フィールズ賞が贈られ、偉業は大きく祝福されるはずだったが―。受賞を辞退して姿を消し、100万ドルの賞金さえも受け取らなかった天才は、栄光の陰で何を見たのか。数学者たちを悩ませた難問の実像に迫る。大反響を呼んだ傑作ノンフィクション。


100万ドルの賞金がかけられた「世紀の難問」である「ポアンカレ予想」に挑んだ数学者たちと、ついにそれを解いたペレリマン博士の物語。

 フィールズ賞は4年に一度、優れた功績をあげた数人の数学者だけに与えられる数学界最高の栄誉で、その受賞者の少なさからノーベル賞以上に権威があるともいわれる。この年、フィールズ賞ポアンカレ予想の解法を示したひとりの数学者に与えられるだろうことは、誰もが信じて疑わなかった。
 IMU総裁(当時)のジョン・ボール博士(オックスフォード大学教授)が受賞者を発表するため壇上に現れると、客席は大きな拍手で迎えた。博士は会場が静まるのをしばらく待って、こう言った。
フィールズ賞は、サンクトペテルブルク出身のグリゴリ・ペレリマン博士に授与されます」
 言葉と同時に、長いヒゲをたくわえた男性の顔写真が壇上のスクリーンに大写しになった。グリゴリ・ペレリマン博士。世紀の難問・ポアンカレ予想を解決した40歳のロシア人数学者である。会場に嵐のような拍手が沸き起こった。数学界に起きた「100年に一度の奇跡」を称え、喜びを分かち合う拍手だった。
 だが、事件はその直後に起こった。ジョン・ボール博士は続けて、こう言ったのだ。
「誠に残念ながら、ペレリマン博士は受賞を拒否しました」
 博士のその言葉をはっきり聞き取れなかったのか、それとも理解できなかったからなのか、会場にはまばらな拍手が起きて、すぐに止んだ。あろうことか、ペレリマン博士はフィールズ賞のメダルや賞金を受け取ることを一切拒否し、会場に姿さえ現さなかったのである。

 4年に一度しか授与されないフィールズ賞を拒否した数学者は、ペレリマン博士の前には、ひとりもいなかったそうです。
 政治的な意味合いも含まれるノーベル賞に比べると、フィールズ賞は、「数学者による、数学者のための賞」だとされています。
 ペレリマン博士は賞金100万ドルの受け取りも拒否したのですが。当時の彼の月給は5000ルーブル(約2万2千円)、母親と二人での生活はギリギリで、給料の振込みが遅れると、深刻な表情で経理に相談しにきていたそうです。
 それでも、彼は、フィールズ賞の栄誉も、賞金も受け取ろうとはしなかった。

 そのお金があれば、もっと研究に集中できる環境を得られたかもしれないのに。
 このドキュメンタリーでは、「天才」そして「変わり者」であるペレリマン教授の足取りと、これまで、「ポアンカレ予想」に立ち向かっていった数学者たちの姿、そして、「数学の概念の進歩」が描かれていきます。
僕はもともと数学が苦手で、正直、ここで解説されている数学の内容はよくわからなかったのですけど、現代の数学の世界というのが、僕のイメージとははるかにかけ離れている、高度なイマジネーションの世界になっているということに驚きました。


 そもそも、「ポアンカレ予想」とは何なのか?

ポアンカレが誰だかわかったところで、いいよポアンカレ予想の世界にご案内しましょう。ポアンカレ予想は、宇宙の形と構造に関係のある数学の問題なのです」
 ポエナル博士はそう言うと、赤いロープを取り出し、壁に映し出された宇宙の映像のうえ一面に張り巡らせた。
「誰かが長いロープを持って宇宙一周旅行に出かけたと想像してみてください。その人間が旅を終え、地球に無事戻ってきたとしましょう。そのとき、宇宙にグルリと巡らせたロープは、こんなふうに、いつも必ず自分の手もとに回収できるでしょうか」
 ポエナル博士はいったん広げたロープを引っ張って、手もとにたぐり寄せた。
「もしロープが必ず回収できるならば、宇宙は丸いと言えるはずだ。これが、今日「ポアンカレ予想」と呼ばれているものなのです。

うーむ、ちょっとわかったような気もしなくはないけど、やっぱりよくわからない……
この本のもととなった、NHKのドキュメンタリーでは、映像で説明されている分だけ、少しはわかりやすくなっているようですが……
そもそも、こういうのを「数学」で、どうやって「証明」できるのだろう?


この本を読んでいて驚いたのは、いまの「数学」の世界が、僕のイメージとは、全く違ったものになっている、ということでした。
20世紀初頭まで、図形を扱う「幾何学」の主流は、XやY、そして微分記号が支配する「微分幾何学」でした。それに対して、ポアンカレは「微分幾何学では、とらえどころのない宇宙の形は理解できない。まったく違った発想が必要だ」として、「位相幾何学」(トポロジー)という新しい図形のとらえかたを生み出しました。

トポロジーの世界へようこそ! これは、100年前にポアンカレが開拓したまったく新しい数学です。トポロジーの世界では、ドーナツとティーカップ、このふたつは同じ形なのです!』

ヴァレンティン・ポエナル博士は、このように「トポロジー」について語り始めるのですが、僕はこれを読んで、「はあ? ドーナツとティーカップが同じ形って、どういうこと?」と狐につままれたような気分でした。

 さて、ドーナツに続いて紅茶をひと口で飲み干すと、ポエナル博士は本題に入った。目の前のテーブルにはティーカップとドーナツの皿、スプーン、そしてティーポットが並んでいる。
「皆さんがご存知の古い数学では、このテーブルの上の物はそれぞれ異なる図形としてとらえられるはずです。しかしトポロジーではどうでしょう。このテーブルの上にあるものを、トポロジーの視点で分類してみましょう。
 いいですか。実はスプーンとお皿、そしてティーポットの蓋はすべて同じ形なのです。
 ティーカップは先ほど食べたドーナツと同じ形、そしてティーポット本体は、また別の形です。そのわけは、こうすればわかります」
 博士がこう言うやいなや、テーブル上の物体が粘土細工のように変形し始めた。皿とスプーン、そしてティーポットの蓋は、まん丸い「球」になった。ティーカップは、取っ手の穴の部分を中心に変形してドーナツ状に。そしてティーポットは、なんと穴がふたつあるドーナツに変形してしまった!
「どうです? ポアンカレは、細かい形の違いを気にせず、穴の形が同じならば同じ形とみなそう……と提唱したのです。トポロジーでは、穴の数が大切なんです」
 と、博士が突然すっとん狂な声をあげた。
「おーっと! さっきの私の説明に間違いがありました。このティーポットの蓋に開いた小さな穴を見逃していました。ですから、これはティーカップやドーナツと同じ形ですね……」


「従来の数学が固い鉄でできているとすれば、トポロジーは自由に伸び縮みするゴムでできています。それまでモノの『量』を問題にしていた幾何学が、『質』を問うようになったのです。まさに革命でした。

本当に、世の中には凄いことを考える人がいるものなんだなあ、と圧倒されると同時に、「そんなの『アリ』なの?」と疑問も感じてしまいます。
「固い」イメージがあった数学の世界に、こんな革命が起こっていて、多くの数学者たちが、この「トポロジー」に立ち向かっていったのかと思うと、「ずっと数式ばかりを追いかけていて、最近は大きな進歩もない学問」だと決めつけていた自分の先入観が恥ずかしくなってしまいます。
 人間の「知恵」ってすごい。

 この本では、「ポアンカレ予想」に挑み、敗れた数学者たち、「ポアンカレ予想」は攻略できなくても、他の大きな発見をした数学者たちの姿がたくさん紹介されています。
 そして、「なぜ、ペレルマン博士に(だけ)、ポアンカレ予想を解くことができたのか?」についての、数学者たちや著者の考えも提示されています。
 それは非常に興味深い「答え」なのですが、さすがにネタバレになるので、ここではご紹介しないでおきますね。


 数学的な知識がなくても、(あるいは、無い人ほど)楽しめる、すばらしいドキュメンタリーだと思います。
 読むと、「天才の世界」に、少しだけ触れられたような気分になれますし。


 さて、著者たちは、ペレリマン博士に触れることができたのか?
 それも、読んでからのお楽しみ、ということにしておきます。


 ちなみに、有料ですが「NHKオンデマンド」のサイトから、この本のもとになったドキュメンタリーを視ることができます。


NHKスペシャル 100年の難問はなぜ解けたのか 〜天才数学者 失踪(しっそう)の謎〜 (NHKオンデマンド)


 やっぱり映像で観たほうが、わかりやすいところも多いので、興味をもたれた方はぜひ。

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