琥珀色の戯言

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【読書感想】漱石のことば ☆☆☆☆


漱石のことば (集英社新書)

漱石のことば (集英社新書)


Kindle版もあります。

ミリオンセラー『悩む力』の著者が、夏目漱石没後100年の年に、満を持して“名言集”に挑戦。漱石の平易な言葉は、今なお私たちに深い智慧をもたらしてくれる。「可哀想は、惚れたという意味」「本心は知り過ぎないほうがいい」「すれ違いは避けられぬ」「みんな淋しいのだ」「病気であることが正気の証」「嘘は必要」「一対一では、女が必勝」「頭の中がいちばん広いのだ」「片づくことなどありゃしない」。半世紀以上にわたり漱石全集を愛読してきた姜尚中が、密かに会得したこれらの“教訓”とともに、148の文章を紹介。本書は、混迷の21世紀を生き抜くための座右の書である。


 文豪・夏目漱石は、1867年に生まれ、1916年に亡くなっているので、今年(2016年)は、没後100年にあたります。
 そこで、10年に一度くらいはやってくる「漱石ブーム」がまた再燃しつつあるのですが、この本は、50年以上、夏目漱石の本を読み続け、人生に行き詰まりを感じたときの支えにしてきたという姜尚中さんが、作中から「印象に残る、漱石の文章」を148個、集めたものです。
 

 漱石の作品の中には「神経衰弱」という言葉がよく出てきますが、これは今言うところのうつ病です.登場人物はだいたいそうですし、漱石自身もそうでした。弟子の鈴木三重吉への手紙の中で、この時代においては神経衰弱になるのが正常で、そうならぬ者のほうがおかしいとも言っています。神経がおかしくなるのは、「世紀病」のようなものであり、それは人間が自由になり、同時に個人が尊重されるようになった結果だというのです。
 しかし、自由には代償が伴います。上からの命令に従う必要がなくなった代わりに、何事も自分の判断で決めなければならなくなりました。他人との関係も、個々人がみずから選び取って築かねばなりません。すると、いきおい腹と腹の探り合いが厳しくなります。

 現在の日本も「個人主義の時代」であり、「上からの命令に従わなければならない、という圧力が弱まっている時代」なんですよね。
 そして、「神経衰弱」の人も、大勢いる。
 没後100年経つけれど、漱石が描いていた「個人主義の時代を生きる人間の根源的な生きづらさ」みたいなものは、変わらないのかもしれません。
 「上の言いなりにならなければ生きられない、戦争の時代、全体主義の時代」よりはマシだと、今を生きている僕としては思いたいけれど。

 考へて見ると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励して居る様に思ふ。わるくならなければ社会に成功はしないものと信じて居るらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、坊ちやんだの小僧だのと難癖をつけて軽蔑する。   (『坊っちゃん』より)

 文芸は技術でもない、事務でもない。より多く人生の根本義に触れた社会の原動力である。
   (『三四郎』より)


 僕にとって、夏目漱石の作品は「有名すぎて、なんとなく敬遠していた」ものが多くて、『こころ』「坊っちゃん』などの「とても有名な作品」は既読なのですが、そんなにたくさん読んでいる、とは言い難いのです。
「日本に生まれた小説好きとしては、漱石の作品はひととおり読んでおかなくては」と思いつつ、だからこそ、「そんな動機で本を読む気になれない」というところもあって。
 そんなこと言っているうちに、僕も死んでしまいそう。


 漱石はもともと身体が弱く、神経衰弱で気持ちの浮き沈みもあったようですが、それでも、50年足らずの人生を生き抜いた人だったのです。

 次の曲がり角に来たとき女は「先生に送って頂くのは光栄で御座います」と又云った。私は「本当に光栄と思ひますか」と真面目に尋ねた。女は簡単に「思ひます」とはつきり答へた。私は「そんなら死なずに生きて居らっしゃい」と云った。  (『硝子戸の中』より)

 姜尚中さんは「この生きて居らっしゃい」を「漱石のすべての人に対するメッセージとして受け取りたいと思う」と書いておられます。
 うまく言えないけれど、僕も、そんなふうに受け取りたい気がします。


 漱石は「大人」だなあ、と僕は思うのです。
 飼っていた文鳥が、自分が放置していたために死んでしまったのを使用人のせいにするような「大人げないところ」を自分で作品にしてしまう、という面もあるんですけどね。


 漱石が亡くなったのは49歳のときで、今の僕の年齢と、そんなに変わりないのです。
 昔の人は、平均寿命も短かったし、いまにくらべて「老成」する時期が早かったのは事実だろうけれど、なんでも見えすぎる人というのは、きっと、生きづらいところも多かったのだろうなあ。
 そして、「わかる」ところと、「自分の感情をコントロールする」というのには、違うところもある。
 この148の言葉たちを読んでいて、また「漱石の小説」を読んでみたい、とあらためて感じました。
 ちなみに、僕がいちばん好きな漱石の作品は、『夢十夜』です。