琥珀色の戯言

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【読書感想】われらマスコミ渡世人 ☆☆☆

内容(「BOOK」データベースより)
50年以上の長きにわたり、二人は文芸、ジャーナリズムの第一線で、書き続け、報道し続け、走り続けてきた。少年期の戦争体験、路頭に迷った敗戦直後、貧しさから立ち上がった戦後の日々…。全身に張り付いた挫折と焦燥に背中を押されて、二人は這い上がるようにして世の中に出、社会の荒波を生き抜いてきた。駆り立ててきたエネルギーはどこからきたのか?何を信じ、何を支えに生きてきたのか?宗教、政治にとどまらず、事件、文化を縦横に語り合い、身をもって体験したマスコミ渡世の辛酸と高揚を振り返る。今だから語れる、もう一つの戦後、たった一人の戦い。


 1932年生まれの五木寛之さんと1934年生まれの田原総一朗さん。
 作家、ジャーナリストとして長年活躍してこられた二人が「戦後の日本」と自分自身の生きざまについて縦横無尽に語り合う、そんな対談です。
 ただ、「縦横無尽に語り合う」といえば聞こえは良いのですが、読んでいると、お二人がそれぞれ自分の経験や断片的な知識を思いつきでしゃべっているだけで、ちょっと散漫な感じはするんですよね。博識なお二人なので、興味深い話題も少なくないのですが、「年寄りの飲み会話」みたいな感じがするのも事実です。
 有名人どうしを対談させて、お手軽に新書を一冊つくってみたら、こうなりました、っていう。


 お二人が「戦後70年」を語るなかで、こんな話が出てきます。

五木寛之もう何十年も前、NHKの番組でフォーク・クルセイダースの北山修さんと対談したことがありましてね。まだ彼らが盛んに活動していた頃でしたけれども、北山さんが「ぼくらは五木さんの世代が羨ましい」と言うから「えっ、なんで羨ましいの?」と聞いたんです。こういう話でした。


北山「五木さんたちは食べるものがなくて飢えて、泣きながらサツマイモを齧ったなんて経験があるでしょう」


五木「もちろん、あるよ」


北山「自分たちはね、先生の目を盗んで、いかにマズい給食を捨てようか(笑)。そういうことに苦労した世代だから、飢えた体験のある五木さんたちが羨ましいんです」


五木「それは、何とも答えようがないなあ」


 フォーク・クルセイダースの名曲「戦争を知らない子どもたち」は、そういう心情から生まれてきたんでしょうね。


 北山修さんは1946年生まれですから、まさに「戦争を知らずに済んだ世代」なんですね。
 僕の親と同世代です。
 でも、この十数年の差が、戦争を体験した五木さんや田原さんの世代とは、大きな違いになったのです。
 戦争の時代を体験しなくて済んだのは幸運なことだし、それはわかっているのだけれど、すぐ上の世代の人たちに「でも、お前たちはあの戦争の記憶がないだろう」と言われると、戦争体験があまりに過酷で大きなものであると想像できてしまうために、それ以上言い返せなくなってしまう。
 それは、世代が近いからこそ、よりいっそう深い断絶のように感じられるような気がします。
 五木さんや田原さんもまた、実際に戦場に行った少し上の世代の人たちには、壁を感じているのではないでしょうか。


 五木さんは、戦争直後、朝鮮半島からの引き揚げ時の、こんな話をされています。

五木:釜山から福岡県の博多に船で帰って来た人たちの世話をする同胞援護会のような組織があるのです。そこの調査では、レイプの被害に遭った女性が全体の三割に上っていました。なかには性病を移されたり、不法妊娠したりした女性も少なくなかった。


田原:それは半端じゃない多さだなあ。


五木:一部屋に十人ぐらいで固まって寝ていたとき、ロシア兵が銃を持ってやって来て「女をふたり出せ」と要求してきたんだ。それで、誰を「生贄」として差し出すか、そこにいた連中で話し合いをするわけですね。
 誰かにその役目を押し付けて差し出すのも卑劣だけれども、ぼくが一番堪えたのはその後だった。生贄の女性たちが明け方、ボロクズのようになって帰って来る。その帰ってきた女性に子どもが近寄ったら、ある母親が「近づいちゃダメ。悪い病気をもらっているかもしれないから」と早口で叱ったんだよ。
 ほんとはね、そこに土下座して涙ながらに、その女性に謝罪しなければいけないぐらいなのに、「近づいちゃダメ」なんてさ。それが、自分たちの身代わりになってレイプされた犠牲者に対して言うべき言葉か、と。


田原:想像を絶する体験ですね。


 人間って、信じられないような自己犠牲の精神を発揮することがあるのだけれど、その一方で、ありえないくらい酷薄になることもある。
 戦争が悪い、ロシア兵が悪い、というのは簡単だけれど……


 五木さんは「戦争体験は伝わらないものだと思っている」と仰っています。「被害体験は語られても、加害体験は語られない」とも。

田原:五木さんと宗教学者釈徹宗さんの対談本『70歳! 人と社会の老いの作法』を読んだのです。面白いと思ったのは「今は死後の世界というものが無くなった」という点で、おふたりの意見が一致していたことです。昔は死んだ後に後世があるという考えが当たり前だったけれども、今は誰も死んだ後の世界のことを考えなくなった。


五木:昔は後生と言いました。浪花節や歌入り観音経、芝居といった大衆芸能を通じて、死後の世界のイメージが作られていたのです。ところが、今や「死ねば宇宙のゴミになる」というのが常識になる時代です。この世で終わる人生というのは、何というか荒涼とした感じがして寂しいですね。


田原:いや、ほんとに寂しいですよ。一方、イスラム教では、この世でジハードに参加して勇敢に戦った人は死後、天国に迎えられると信じられているから、いのちがけの自爆テロをやるわけですね。


五木:つまり、あのテロというのは政治的行為じゃなくて、宗教的な行為なんです。宗教的なアプローチがないとテロを押さえることができないというのが、ぼくの考えです。


 人間、80歳を過ぎると、「死後の世界」というものについて、考えずにはいられなくなるだろうか……
 でも、「自分が死んだら無になる」というのが当たり前の世界は、何か寂しい、というのは僕にもわかるような気がします。
 とはいえ、今さら、「死んだらあの世に行く」とも思えないんですよね。
 天国に行くために自爆テロをやるというのは、こちら側からすれば迷惑千万なのですが、彼らは、それが「正しいこと」であるという前提の世界を生きている。
 僕は、本当に彼らはテロをやったら天国に行けると信じているのだろうか? 一種の「同調圧力」みたいなものではないのか?と思ってしまうんですよ。それが「信仰を持たない人間」の限界なのかもしれません。


 お二人のファン、あるいは、お二人と同世代の人であれば、けっこう楽しめる対談本だと思います。
 

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