
(178)極限メシ!: あの人が生き抜くために食べたもの (ポプラ新書)
- 作者: 西牟田靖
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2019/11/07
- メディア: 新書
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内容紹介
光のない北極、命がけの紛争地帯、
水も食糧も尽きた太平洋上、-40℃のシベリア……
死ぬ気で食わなきゃ、ほんとに死ぬ!あらゆる「極限」を嘗め尽くした者たちに、
「何を食べ、どのように生き抜いたか」を聞くことを通して、
生きることと食べることの意味を問い直す。災害やテロなど、いつ極限に陥るかも知れない私たちにとって、
彼らの経験を読み、追体験することは有益なはずだ。
想像を絶するサバイバル・インタビュー集が誕生!
自ら選んで、あるいは、自分ではどうしようもないさまざまな事情(シベリア抑留や海での遭難など)で、「極限状態」に置かれた人たちが語る、「そのとき、何を食べていたのか」。
「内容紹介」には、「災害やテロなどで、極限状態に陥ったときの参考として」などと書いてあるのですが、僕などは、「そうは言っても、もう50歳が見えてきた自分が、海難事故で遭難したり、マグロ漁船に乗り込んだり、極地を旅することはないだろうし……」とも思うんですよ。
それでも、こういう「極限状態での人間の行動」というのは非常に興味深いし、読むと、「こういう世界があるのか……」という驚きに満ちているのです。
探検家・角幡唯介さんの回より。
そんな角幡さんも、常に順調に食料を手にできたわけではない。これまでの旅を振り返ってみても、何度か飢え死にしそうになった経験を持つ。
「2012年に出した『アグルーカの行方』のときは、1日5000キロカロリーを摂取していたんですが、やっぱり痩せてしまいました。ギリギリの状態ではあったけど、2009~10年にチベット奥地のツアンボー渓谷に行ったときのような飢えではなかったですね(『空白の五マイル』に収録)。あのときは行動食が底をついて、アルファ米しかなくなってしまったんです。それで、やむをえず行動中にアルファ米を食べるんですけど、そうするとそれまで動かなかった体が、動くんですよ。『あーダメだ、腹が減って動けねえ』となりつつも、いざ胃の中に入れると、30分ぐらいで動けるようになる。まさに摂取したカロリー分だけ、動く。それで、しばらく経つとまたエネルギーが切れて、また『あー、足が上がらねえ』って感じになるんです。まるでガス欠の車状態でしたね」
彼はこのとき、寒波で三日間、洞窟に閉じ込められた末、食料がまったく足らない状態に陥っていた。飢えて衰弱し、最悪、死を覚悟したという。生きることと食べること。そして、その食べ物はどこから与えられるものなのか──。角幡さんの探検は、私たちに、日常ではまず考えないような問いを突きつけているように思える。
言われてみれば当たり前のことではあるのですが、人間の身体って、エネルギーが無くなったら、車のガソリンが切れたときと同じように、動かなくなってしまうんですね……
僕自身は「お腹空いたな」と思うことはしばしばあれど、ここまで深刻な「飢え」を実感したことはないのです。
「飢え」や「渇き」に直面した極限状態で、人間はどう行動するのか、について、この本ではいくつかの証言がされています。
1991年、参加していた外洋ヨットレースで、ヨットが転覆し、6人で太平洋を漂流、仲間たちが命を落としていったなかで27日後に、ただひとり救助された佐野三治さんの回より。
仲間のクルーが亡くなるたび、佐野さんはひとりひとりを水葬していったそうだ。彼らの無念さは、いかばかりであっただろう。
「誰しもが『生きて帰ろう』と強く願って頑張っていましたし、生きるということに対して最後まで諦めていませんでした。狭いラフト内で食べ物や水を奪い合ったり、暴力を振ったりすることも一切ありませんでした。それどころか、弱った者がいればいたわり、励まし……。彼らは最後の最後まで、立派なシーマンだったと思っています」
佐野さんが今回のインタビューにこたえてくれた理由のひとつとして、仲間たちが最後の最後まで、立派な振る舞いをしたことを、ひとり生き残った者として、伝えなければならないという使命感があったのではないか。そんなことを思った。
シベリア抑留を経験した中島裕さんは、こんな話をされています。
「シベリアの経験にしろ、戦後の経験にしろ、私の人生において無駄だったと思う体験はひとつもありません。ソ連の仕打ちは確かに許せないけど、旧ソ連の人々が嫌いかと言ったらそんなことはない。彼らのよさも十分に知っているつもりです。
ラーゲリでやらされた仕事も過酷でしたが、それでも労働は誠心誠意やったし、現地ではハラショーラボータ(勤労賞)を二度もらったほどです。労働は神聖なものですからね。一生懸命やれば誰かが見ていますよ。
”地獄の底”のような体験をしたかって? それは考え方次第でしょう。
三キロのパンを二十等分するときに、端っこを取り合いになったことがあります。パンって、焼き皮のあるほうが香ばしくて食べ応えがありますから。これを食べないと死ぬとなったとき、他の人にあげますか? あげる人ばかりだったら、戦争は起きないわけです。みんな自分のことを先に考える。戦争はなくならないし、誰かがそのことを言わなければならない。
でも、だからこそ思うんですよ、語らずに死ねるか、と」
ヨットで一緒に遭難したのが立派な人ばかりで、シベリアに抑留された仲間は自己中心的だった、というわけではないと思うんですよ。
同じ「人間」が、極限状態で「飢え」に直面している状況であっても、わずかな食べ物を譲り合ったり、取り合ったりするのです。
著者もそのことについて考えずにはいられなかった、と述べており、巻末の角田光代さんとの対談のなかで、「その状況に陥ったきっかけが、自分から望んだものだったのか、なんらかの強制によるものなのか、なのだろうか」という仮説を立てています。
でも、結局のところは、何がそういう「飢えた状況」での人間の反応を分けるのかは、わからない、とも。
角田光代:この本は戦争の話で終わりますが、サラエボ包囲の頃ではなく、まさに第二次世界大戦前後の時代って、国民の生活全体が、娯楽もなく食べるものもないという極限状態に置かれていましたよね。私や西牟田さん(著者)の親世代は、そのときのことを知っているわけです。それで、私たちの親やその上の世代の人たちの中には、戦後生まれの子どもに「絶対に食べ物を残すな」と言う人と、「残したかったら残しなさい」と言う人、両方いると思うんです。西牟田さんの家はどちらでしたか?
西牟田靖:「絶対に残すな」のほうでした。
角田:私の家は「残してもいい」のほうだったんですよ。たとえば、夕食にハンバーグと付け合わせの野菜が出たとしますよね。私、ハンバーグだけ食べて野菜を食べなかったんです。そういうときも母は、「それは彩りだから食べなくていい。食べたいものだけ食べたらいい」と言うんです。それで、双方の親の言っていることって真逆なんですが、実は、本質的には同じ経験がベースにあると思うんですよ。
西牟田:どういうことでしょうか。
角田:つまり、うちの親の場合は、「食糧難で食べられなかったから食べたくないものまで食べて生きてきた。だからこそ、下の世代の子どもたちは、食べたいものを食べたい分だけ食べたらいい」と考える。そして、西牟田さんの親御さんの場合は逆に、「食べられなかったから、米粒ひとつでも残すな」と考えているのではないか、と。
西牟田:なるほど。同じような体験から真逆の考え方が出てくるのは興味深いです。
角田:結局は、自らの体験をどう受け取ったかということなのでしょうね。
「絶対に食べ物を残すな」と「残したかったら残しなさい」というのは、正反対の考えのようだけれども、そういう「両極端」のいずれかに向かってしまうのは、強烈な「飢え」の体験があったからではないか、ということなんですね。
僕の両親は、子どもの頃、僕がかなりの偏食だったこともあって、「とりあえず食べられる分だけ食べてくれればいい」というスタンスだった記憶があります。
でも、僕自身には、「食べ物を残すのは申し訳ない」という気持ちはあったんですよね。
岡田斗司夫さんが、レコーディング・ダイエットについてのなかで、「ポテトチップスが食べたくなったら、少しだけ食べて、後は捨ててしまえばいい。もったいないからといって全部食べてお腹をこわしたり、ダイエットに失敗したりすれば意味がないし、あなたがここで残そうが残すまいが、その食糧がアフリカの植えた子どものところに行くわけじゃない」と書いておられたのを読んだときには、けっこう衝撃を受けたのを覚えています。
それはそうなんだけど……それを公言してもいいのか?と。
僕もやっぱり、「バナナを1本丸ごと食べるのが子どもの頃の夢だった」と語り続けていた親の影響を受けてきたのです。
今の世の中では、食は「娯楽」の要素が強くなっていて、「生きるために、食べなくてはならない」という実感を持つのは難しい。
だからこそ、こういう体験談を読んでみることは、有益ではないか、と思います。
正直、「本当の飢え」というのは、いくら体験談を読んでもわからないのだろうな、という気はしますし、それを自分で体験したいわけでもないのですけど。

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