琥珀色の戯言

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【読書感想】寿司屋のかみさん サヨナラ大将 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
東京オリンピックまでは店に立ちたいと言っていた大将ががんで亡くなる。闘病と死、悲しみを湛えながら気丈に振舞い二代目と共に店を続ける気概に胸をうたれる。寿司店ならではのお客様とのウルッとくる人情噺。極上の鮨ネタやまかないレシピ。哀しくてやがて優しい時間が流れるほっこりほのぼの寿司エッセイ。


 読むと、ものすごく寿司を食べたくなる、この『寿司屋のかみさん』シリーズの最新刊。これまで「伝統的な寿司屋の日常やこだわりの仕事ぶり」が丁寧に描かれてきたのですが、今回は、「美登利寿司」の大将が肺がんで闘病の末に亡くなり、その後の息子さんの代(二代目)へ引き継がれていったこと、変化していったことが書かれているのです。
 

 病室に行くと、夫は穏やかな顔で目を閉じていた。
「もっと寿司を握りたかったよね、お父さん」
 私は、夫の手をさすりながら言った。
 しばらくして息子と娘が駆けつけると、
「ご臨終です」
 医師から告げられた。そのあと、息子は仕込みをするために店に戻り、私は病院の手続きを済ませ、遺体を葬儀社に預けて帰ってきた。なんと事務的で冷たい家族と思われるかもしれないが、これにはわけがある。一年前に、肺がんステージIIIと宣告されたとき、夫に言われた。
「おれに何かあっても、お客さんには絶対に迷惑をかけるなよ。家族葬にして、葬式が終わるまでお客さんには言うな。みんな忙しいんだからな。新小岩の大旦那とおかみさんにも、全部終わってから知らせてくれ。二人とも高齢だし、心配かけたくないんだ」
 新小岩の大旦那さん夫妻は、夫が修行中にお世話になった方々だ。夫のことを「カズちゃん」と呼んでかわいがっていただいたし、私たち夫婦の仲人でもある。
 さらに二代目の伸一郎さんのもとで、息子の豊が修行させてもらったから、親子二代、新小岩の名登利鮨でお世話になっている。そこにも、知らせないでくれと言うので驚いた。


 僕は以前から、「親の訃報を聞いても舞台をつとめる役者魂」みたいなのがどうも腑に落ちなかったんですよ。
 そんなの、客側にとっては「自分のせいで死に目に会えなかったのか……」と、いう気分になるだろうし、ほとんどの人は、「看取りに行ってあげて」と思うはずなのに。
 でも、この本で、大将の自分の最期を意識しての仕事ぶりと、周囲の人たちの振る舞いを読んでいると、「そういう『自分が死んでもいつも通りの仕事をしろ』という亡くなった人の美学を尊重する見送りかたもあるのかもしれないな」と感じたのです。
 まあ、こういうのは他者に強制されるものでなければ、本人や家族が納得する形で、としか言いようがない。
 大将が亡くなっても店を普段通りに開けたこと、常連さんやお世話になった人にも落ち着くまで訃報を伏せていたことに対して、周囲の人たちは「あの人がそう言っていたのなら、それでよかったのだ」と受け止めていることが伝わってきますし。

 こうして、「なるべくお客様に迷惑をかけないように」と言っていた大将なのだけれど、その不在は、おかみさんである著者や二代目の息子さん、そして、常連さんたちにずっと惜しまれ続けているのです。
 「大将が握ってくれた寿司」という「味の記憶」というのは、そう簡単に消えるものではありません。
 僕も自分の母親が亡くなってから、「もう、あの料理をつくれる人は、この世界にはいないのだな」と、ふと懐かしい味を思い出すことがあります。


 この本を読んでいると、人と人との縁というのは、難しくて不思議なものだよな、と考えずにはいられなくなるのです。
 著者は結婚前には銀行に勤めていて、もともと何か商売をやっている人や職人に興味があって、大将とのお見合いを経て結婚に至ったそうです。
 ところが、寿司屋の嫁の生活は、「寿司は売るもので、食べるものではない」し、出産後も育児よりも店の手伝いをするように義父母に言われる毎日だったのだとか。

 長男を出産し、産後21日たって実家から戻ると、
「天ぷら屋さんのお嫁さんは実家に帰らないで、産んでから10日目には、お店の前を掃除してたわよ」
 開口一番、言われた。
「はあ、そうなんですか」
 嫌味とは思わずにあいづちを打つと、姑はしらけた顔になり、
「赤ちゃんの面倒は私たちが見るから、あなたは仕事をしてね」
 子供を抱き取って、代わりにエプロンを差し出した。
 若い母親にとって、初めての子供は、宝のようなものだ。一日中そばにいて顔を見ていたい。抱いていたいと思うのが本能だろう。しかし、そんなことは許されなかった。
「この子はおまえの子じゃない。うちの大事な跡取りだからな」
 舅が宣言し、二人がつきっきりで見ている。私が抱けるのは授乳のときだけだ。それも、
「芳枝さん、おっばいみたいよ」
 姑から声がかかって、ようやく子供のそばに行ける。そのわずかな時間も、両親は子供のどばを離れない。私は胸を見られるのが嫌で、タオルで胸元を隠しながら授乳した。そんなストレスのせいか、あふれるほど出ていた母乳は、三ヵ月足らずで止まってしまった。
 店が休みの日には、舅の車で親戚の家に行くことが多かった。夫はそのころ麻雀にこっていて、休みの日は同業者と麻雀で、帰ってくるのは夜中だ。なのになぜ、私が舅の親戚の家に行かなくてはならないのか疑問だったが、行きたくありませんとは言えなかった。


 これ、2020年にTwitterか「はてな匿名ダイアリー」に書いたら、大炎上で、「さっさと離婚したようがいい」の大合唱ですよね。
 こんなことがあっても、著者は辛抱し、それどころか、自ら調理師免許もとって、店にとっても無くてはならない存在と認められていったのです。
 銀行員だった経歴も、どんぶり勘定になりがちな店の経営を成り立たせるうえで、かなり役に立ったみたいです。

 こんなことがあっても、「やっぱりいい夫であり、寿司職人だった」と、亡くなったあとも惜しみ、懐かしんでもらえるというのは、僕にとっては、夫婦の「情」というか、人間同士のつながりの不思議さ、なんですよ。
 そういう時代だったんだ、ということなのかもしれないけれど、もっとお互いに大事にしているつもりだったのに、うまくいかなかった夫婦だっているだろうし。
 

 昔、初めて見えたお客さんが、
「すみません、下戸なんでお茶をください」
 申し訳なさそうに言ったら、
「とんでもないっす。寿司にはお茶ですっ」
 夫がにこやかに答えたので、お客さんは安心した顔で、寿司をたくさん食べてくれた。その人が帰ってから、
「飲みすぎて、くだを巻く人より、お茶で寿司をつまんで、さっと帰る人のほうがありがたいよなあ」
「ほんとね。いくらお金使ってくれても、酔っ払って食べたものも覚えてないんじゃ、寿司がもったいないものね」
 と二人で話したことがあった。あのころは夫も私も若くて元気で、仕事するのが楽しかったなと思いながら、トロタク巻きとアナゴを食べ終わった。


 僕は寿司屋のカウンターは緊張してしまって(あと、お金もかかるので)苦手なんですが、この店で食べてみたかったなあ、と思ったのです。
 息子さんの代になっても常連さんは贔屓にしているみたいだし、いつか、この美登利寿司の、のれんをくぐってみたいなあ。


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