琥珀色の戯言

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【読書感想】プロが語る胸アツ「神」漫画 1970-2020 ☆☆☆☆

「日本一漫画に詳しい漫画家」との呼び声も高い著者が、漫画界に革命を起こした作家たちの作品とその表現方法を解説。
「あの名作漫画のルーツはどこにあるのか」「萩尾望都『半神』が“神作品”である理由」「『鬼滅の刃』大ヒットの秘密」など、漫画を知り尽くした著者が、1970年代から2020年にかけての作品を分析しながら、「漫画表現の歴史」を論じる。水島新司井上雄彦萩尾望都鴨川つばめ、さらに吾峠呼世晴の作品を「構造」から読み解く。
著者描き下ろしの漫画・イラストも掲載!


 漫画を描く側として長年活躍してきた著者による「プロからみた漫画に受け継がれてきた遺伝子たち」の話です。

 『19(NINETEEN)』『B.B.フィッシュ』『ホットマン』などの人気作品を生み出したきたがわ翔さんは、1967年生まれで、僕とほぼ同世代でもあります。読んできた漫画も僕に近そうです。
 とはいっても、漫画の読書量、読みの深さには圧倒的な差がありますが。
 『ドカベン』『ポーの一族』『マカロニほうれん荘』などの作品は、僕にとっても思い出深いものではありますが、いまの若い世代の漫画好きには「昔の知らない作品が熱く語られている」と敬遠されてしまうのではなかろうか。そのあたりも考えて『鬼滅の刃』の章が最後の章に設けられています。

 本当の「若い漫画好き」は、こんなふうに、自分が好きな作品の「ルーツ」や「伝説的な名作」について、それをリアルタイムで受けとめてきた「プロ」が語っているのは、すごく興味深いのだろうな、とも思うのですけど。

 この本を読んでいて、『ダ・ヴィンチ』(メディアファクトリー)の2005年10月号の恩田陸さんと鴻上尚史さんの対談記事を思い出しました。

鴻上尚史たぶん、チェーホフは役者も選ぶんだよね。小津さんの映画と同じで。シェイクスピアは少々下手な役者がやってもそこそこ観られるものになるんだけど、小津作品もチェーホフも、名優たちがやんないと目も当てられないから(笑)。あ、今その話をしながら、今回ぜひ聞きたかったことを思い出したんだけど、恩田さんって、物語ることが好きなの?


恩田陸好きというか、ストーリーというものに興味があるというか……。私には、ストーリーにオリジナルなんかないという持説があって。つまり、人間が聞いて気持ちいいストーリーというのは、ずっと昔からいくつかパターンが決まってて、それを演出を変えてやってるだけだと。でも、昔聞いて面白いと思ったストーリーは今でもやっぱり面白い。それが不思議で面白いから小説を書き続けている、という感じなんですよね。


鴻上:つまり、同じパターンなんだけど演出を変えるというところに今の作家の使命があると?


恩田:そうですね。だから、私は新しいことやってますという人は嫌いなんです。それはあなたが知らないだけで、絶対誰かが過去にやってるんだからと。以前、美内すずえさんのインタビューをTVで見ていたら、『ガラスの仮面』は映画の『王将』が下敷きになっていると。で、今なぜ自分は漫画を描いているかというと、小さい頃、一生懸命夢中になって観たり読んだりしたストーリーを追体験したいからだと。それは、すごく共感したんですよね。

 
 きたがわさんの伝説的な漫画、漫画家への思いを読んでいると、「創作の世界で生きていた人だからこそ気がつく、『過去の作品の影響』」の数々に圧倒されるのです。
 正直、どこまでが作家本人が語った事実で、どこからがきたがわさんの推測なのかわからないところもあるのです(出典が明示されているものもたくさんありますが)。
 すごい知識&実作者ならではの感覚だ……という感心と、とはいえ、この解釈を鵜呑みにしていいのか、という警戒心が入り混じってしまいます。

 ここからは、「『ドカベン』という”化け物コンテンツ”は、なぜ面白いのか」、さらに「『ドカベン』が、のちの漫画家たちへ与えた影響」に迫っていきます。『スラムダンク』が『ドカベン』から影響を受けたという話をするには、まず『ドカベン』のことを深く理解しなくてはなりません。
ドカベン』は巻数も多く、見せ場を挙げていくと切りがないので、ここでは「本編(少年チャンピオン・コミックス全48巻)」のなかで最も印象的な第31巻を紹介します。柔道漫画として始まった『ドカベン』は舞台を高校野球へ移してからもどんどん進化していきました。その究極とも言えるのが、「シリーズ史上最高」との呼び声も高い、この第31巻です。僕たち『ドカベン』好きのあいだで「究極の巻」「伝説の巻」と言われる第31巻の内容を、まずは説明していきましょう。


 あの『ドカベン』31巻、山田太郎たち「明訓四天王」が2年生の春の甲子園大会決勝のシーンは、僕もよく覚えています。テレビアニメでも観たなあ。
 四天王のルーツを語るエピソードと、「まさか、この人がここで試合を決めるとは」という驚き。そうか、あれは「伝説の巻」と言われているのか……

 ここからは『ドカベン』のエッセンスが、不朽の名作『スラムダンク』に、どのように引き継がれているのかについて、僕なりに考察してみたいと思います。それは、「漫画の構造」に関する内容です。
ドカベン』本編の最終巻(第48巻)で、水島先生ご自身が<岩鬼こそ24年間の漫画家生活でボクのもっとも好きな、もっともすばらしいキャラクターでした>と語っています。このことからも、「水島先生は山田太郎ではなく、本当は岩鬼正美を主人公に描きたかった」のだと推察することができるでしょう。この「岩鬼正美」を主人公にし、スポーツのジャンルを野球からバスケットボールに変えたのが井上雄彦先生の『スラムダンク』でした。
 先述したように、スーパー・ルーキーとして入部してくる流川楓は、『ドカベン』で言うと秘出男・殿馬に当たります。一方、『スラムダンク』の主人公・桜木花道には、『ドカベン岩鬼正美へのオマージュが込められているのです。どういうことか、僕なりの考察を述べていきましょう。
 たとえば、岩鬼が憧れる「夏子さん」という女子生徒は、ソフトボール部に所属する「ぽっちゃり系女子」ですが、こうして振り返ってみると岩鬼は彼女に、かつて岩鬼家で働いていた「おつる」の面影を追い求めていたのだということがわかります。ここで思い出してほしいのですが、『スラムダンク』の主人公・桜木花道がバスケットボールを始めたきっかけは、入学初日に一目惚れした赤木晴子という女子生徒に「バスケットは……お好きですか?」と聞かれたことでした。
「夏子さん」と「晴子さん」からもわかるように、井上先生はここにパロディを組み込んできました。「明るく豪快な岩鬼正美=桜木花道」「寡黙な天才・殿馬一人流川楓
──このように、『スラムダンク』と『ドカベン』は同じ物語構造をしているのです。


 この本のなかで、井上雄彦先生自身が水島新司先生との対談のなかで、「『ドカベン』に多大な影響を受けた」と語っていたことが紹介されています。

ドカベン』と『スラムダンク』に最も近い漫画とは何か。それは『ガラスの仮面』だと、僕は捉えています。『ガラスの仮面』とは言わずと知れた、少女漫画界の巨匠・美内すずえ先生による、演劇をモチーフにした大作漫画です。少女漫画界に燦然と輝く偉大な作品で、1976年に始まった連載が2021年の現在も続いています。
ガラスの仮面』は、北島マヤという平凡な少女が、演劇の才能を次第に開花されながら成長していくというストーリーです。スポーツ漫画ではない『ガラスの仮面』ですが、この漫画は『ドカベン』や『スラムダンク』と同じメソッドでつくられています。つまり『ガラスの仮面』をジャンル分けすると、「演劇系スポ根漫画」ということになるのです。


 プロの「創作のメソッド」や「意外な作品どうしのつながり」も紹介されていて、漫画好きはもちろん、なんらかの「創作」に関わっている人には、参考になるところがあると思います。
 「ゼロから生まれたオリジナル」というのは、現実的には存在しない、と考えるべきなのでしょう。

 萩尾望都先生の章も読みごたえがあり、僕もこれまで未読だった作品を読んでみようと思いました。

 萩尾先生のすごさがわかる「グレンスミスの呪い」という有名な伝説があります。これはホラーミステリー漫画『百鬼夜行抄』(朝日新聞出版、1995年~)の著者・今市子先生が名付けた、萩尾先生の技量の高さを伝えるエピソードです。
ポーの一族』シリーズの第3作に「グレンスミスの日記」(1972年)という作品があります。今先生はずっと「グレンスミスの日記」を70ページくらいの漫画だと記憶していました。ところが、のちに同作品を読み返したところ、じつはわずか24ページの短編漫画だということに気づき、驚愕したというのです。
「自分には、このストーリーを24ページに収めることはできない」と感じた今先生は、「24ページの漫画にもかかわらず、70ページの作品に感じさせる」萩尾先生の圧倒的な技術を「グレンスミスの呪い」と名付けました。この伝説は少女漫画好きのあいだで、今も語り継がれるエピソードです。


 命を削るようにして『マカロニほうれん荘』を描いていた鴨川つばめ先生の項には、「ギャグマンガを描き続けることの難しさ」を痛感させられますし、『鬼滅の刃』には「少女漫画の系譜」につながる面がある、という指摘に「だから女性にもこんなに人気があるのか」と納得せずにはいられませんでした。

 漫画の評論としてだけではなく、「名作」と呼ばれる漫画を読んでみたい、という若い漫画好きには、格好のブックガイドにもなっていると思います。


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