琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

本音を書くな

【Aさん:いやあ、俺は動物の飼育係をやってるんだけど、ぶっちゃけ、ゾウって嫌いなんだよね、動きがのろいし、臭いしさ。

Bさん:Aさん、いやしくも飼育係たるもの、そのような動物の飼育係としての「本音」をサイトに書くべきではないと思います。そのような記述は、飼育係全体へのイメージの低下を招きますので、公のWEBに書くのは不適切です。】

 僕は思うんだけど、この場合、Bさんのコメントって、BさんはAさんに直接メールすればすむことなんじゃないかい?あるいは、「飼育係がみんな、ゾウを嫌いなわけじゃありません。」と自分のサイトで言えば済むことなのでは?
 「本音を書くな」と、わざわざアドバイスしているようで、実は、相手のためにもなっておらず、かえってそれが「その集団の一般的な本音」だと世間に誤解を広げているのに、本人は「自分は良い事言った!自分は大人だ!」と大威張りしているというのは、なんだか痛々しいというかなんというか。もっと客観的に物事を観ましょうよ、それこそ、WEBは居酒屋じゃないんだからさ。
 

「本音を書くな」追記

http://childdoc.exblog.jp/2223082/
 ↑でyamakaw先生がコメントされていたので、返信させていただきます。
 先生が「紙一重以上に外されている」と思われたのは当然のことで、この「本音を書くな」は、先生宛に書いたものではありません。正直、例の件に関しては、もっと平和的な啓蒙の方法があったのではないか、と思うところではありますが、先生が書かれていたことに対しては、僕も「医者がそんなふうに(救急患者さんに対して)考えること、あるいは考えたとを表明するのは不適切だ」と思っています。これはもう、職業倫理として、当然のことです。
 ですから、僕としては、「そういうふうに考えるのは間違っているよ」という先生の御指摘については、とくに異論を挟む気はないです。ただ、その周辺でいつの間にか、「そういう嫌悪感は医者の『本音』だから、書くべきではない」というような論調が出てきて、いつのまにかそういう話に置き換えられつつあることに、違和感があるのです。
 上の例で、なぜ飼育係の話にしたかというと、「本音を書くな」という人が、かえってその「ある人の発言の『本音』としてのリアリティを補完している」というのを純粋に描きたかったからであり、くしくも先生自身が反応されたように、もし仮に人間の医者を例にしたら、飼育係Aのモラル云々という話に置き換えられてしまう可能性が高いと考えたからです。要するに、今回の例については、あくまでも「Bのような発言の是非を問う」ものであり、「動物と人間とは違う!」のは当然です。違うからこそ、例にしたのですから。

 僕は逆に先生にお尋ねしたいのですが、あのやりとりに関して、「医者は『本音』を書くべきではない」という反応は、先生にとって不快なものではなかったですか?
 僕は、あの場合の「医者は本音を言うな」というリアクションは、先生を悲しませるだけのものだったのではないかと拝察しているのですが。
 それを「医者の本音」だと書いてしまう人がたくさんいること自体が(それを「書いてもいい」「悪い」という以前に)、いちばんの問題なのではないでしょうか。

「本音を書くな」と見解の相違

http://childdoc.exblog.jp/2225488/

 僕としては、もうあまり追記すべきことはないので、↑を読んでいただければと存じます。この一連の言及は、yamakaw先生自身に対するものではなくて、その周辺でコメントされている「善意の人々」に一石を投じたものだったのです。あるいは、このWEBの世界に氾濫している「善意の皮を被った悪意」に。

 ただ、最後にひとつだけ書かせてください。正直、先生が「やはりそれが医者の本音だということがわかって悲しかった」というふうにすぐに「転向」なさる程度の意識であれば、http://childdoc.exblog.jp/2185770#2185770_1で書かれたような、一研修医への激しい叱責は、あまりに度を過ぎたものだと僕は感じます。あるいは、「そんな本音を書くな」とアドバイスされた方々には、なぜ、怒りの矛先が向かなかったのか?

 あえて先生風に言わせていただければ(考えすぎだと笑われるかもしれませんが)
【1つのミスを指導医に徹底的に責められ、自分の言い分はすべて「正論」で返されて逃げ場もなくなり、精神的に追い詰められて病院の屋上から飛び降りてしまおうとしている研修医の蒼ざめて引きつった表情】というのが、僕の心に浮かんできて、消すことができないのです。
 他者を教え諭すにしても、やはり、ある種の「受容」が必要だと思います。ましてや、まだ「未熟」だと思うような相手になら、なおさらのことです。
 僕の「想像」を、先生は「ありえないこと」とお笑いになられますか?

あとがき

http://childdoc.exblog.jp/2226282/

【たぶん、誰を身内と考えるかということの、先生と私との相違なのだと思いますけれども。】
 その通りだと思います。「1つのミス」に対して、僕は後輩が立ち直ることを信じていますし、それを応援していくつもりです。僕は、排除するのではなく、いろんなものを受け入れつつ、少しでも前に進めればいいと考えています。僕は視野の狭い人間ですが、そんなつまらない人間なりに、できることをやっていきます。


もうひとつの追記:僕は、税金というのは基本的に社会福祉のためにあるものだと考えています。ただ、最近思うのは、「税金を払っていれば、それで責任を果たしていることになるのか?」ということなのです(もちろん、それが「最低限の責任」ではあるのでしょうが)。言い換えれば、「自分たちは税金をきちんと払っているのだから、ホームレスや困っている人たちを助けるのは、行政の責任だろ、悪いのは政府だ!」と自分たちは「当事者」になることもなく、他者に「実践」をまかせっきりにしていながら、「差別意識を持つなんて信じられない!」と言っていいものなんだろうか?ということです。もちろん、そういう「植え付け」が大事であるということもわかりますけど。
ただ、僕にはなんとなく、そういう「実感のない理念を振りかざす行為」というのが、しっくりこないのです。

アクセスカウンター