琥珀色の戯言

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【読書感想】人生で大切なことは泥酔に学んだ ☆☆☆☆

人生で大切なことは泥酔に学んだ

人生で大切なことは泥酔に学んだ


Kindle版もあります。

人生で大切なことは泥酔に学んだ

人生で大切なことは泥酔に学んだ

内容紹介
酒癖がヤバいのにどう生きていくか。それが問題だ――。


泥酔の星(?)栗下直也が描くアクの強い偉人の爆笑泥酔話27。福澤諭吉から平塚らいてう、そして力道山まで
日本は失敗が許されない社会といわれ、一度、レールを踏み外すと再浮上が難しい。
しかし、悲しいかな、酒を呑んでしくじったところで人生は終わらない。
出世に通勤、上司、危機管理、宴会から健康。
笑え。潰れるな。バカにされても気にするな! ! ! !


彼らはしくじりながらも、それなりに成功を収めた。現代とは生きていた時代が違うと一刀両断されそうだが、彼らは彼らで当時は壮絶に叩かれたり、バカにされたりしている。プライバシーなど皆無な時代なのだから想像するに難くない。それでも前を向いて生きた。ーー「はじめに」より


登場する偉人たち
太宰治福澤諭吉原節子三船敏郎小島武夫・梶原一騎横溝正史平塚らいてう河上徹太郎小林秀雄・永淵洋三・白壁王・源頼朝藤原冬嗣力道山大伴旅人中原中也梶井基次郎辻潤黒田清隆・米内光政・古田晁・泉山三六・藤沢秀行梅崎春生葛西善蔵藤原敏男


 僕がアルコールを飲むことができる年齢になってからの約30年でも、日本での「酔っ払いに対する世間の見かた」は、だいぶ変わってきたような気がします。
 飲み会では「今日は車なのでウーロン茶で」という人が多くなりましたし、「俺の酒が飲めないのか!」と無理に酒をすすめることは「アルコール・ハラスメント」と糾弾されるようにもなってきたのです。
 
 思えば、一昔前の日本の酔っ払いへの寛容さのほうが、異常だったのかもしれません。
 その一方で、ストロング・ゼロのような濃い、安く酔える酒がコンビニで売られていて、ヒット商品になっているという現実もあるんですよね。

 本書は偉人の泥酔ぶりから、処世術を学ぼうというコンセプトだ。
 通勤や、出世、宴会での振る舞い、リスク管理、健康など、社会人に身近な題材と偉人の酒での失敗を学び、学べるものがあったら学ぶというわけだ。
 若者を中心に酒離れが進んでいるとはいえ、いまだに日本の企業社会は酒との距離が近い。自分が呑み過ぎてしまったときはもちろん、同僚や上司や取引先が酒場で豹変してしまった場合にいかに向き合うかが、あなたの社会人生活を左右するといっても過言ではないだろう。
 もし、あなたが下戸であったり、呑まなかったりしても、ヤバい上司との接し方など参考になることも多いはずだ。
 扱う人物も小説家、政治家、スポーツ選手、俳優、思想家など幅広く、人物伝として読んでも、意外な発見があるのかもしれない。
 作家の太宰治は無銭飲食で友人を置き去りにし、政治家の黒田清隆は妻を斬り殺した疑惑をかけられ、俳優の三船敏郎は夜な夜な家族の困惑を無視して日本刀で素振りを続けた。「批評の神様」と呼ばれた評論家の小林秀雄は一升瓶を抱えて、水道橋駅のホームから落下した。いずれも酔っていたとはいえ酷すぎるが、それでも立志伝中の人として教科書に載ったり、業界ではレジェンド扱いされたりしているのだ。


 この本は、日本の古今の有名人の(主にタチが悪い)飲酒によるトラブルや泥酔時のエピソードを集めたものです。
 「偉人」にも、お酒に関する失敗のエピソードがある人は少なくないし、「酔って妻を斬り殺してしまった疑惑」がありながらも首相になった、黒田清隆さんという人もいます。

 それはあまりに極端な例かもしれませんが、中島らもさんのように、アルコール抜きで作品を語るのが難しい作家もいるんですよね。
「そんなアルコール依存になっている人の作品に価値はない」と言いきれるほど、読者の側も潔癖ではない。
 それでも、「酒の上での失敗」が、武勇伝として面白がられる時代ではなくなってきているのもまた事実なのでしょう。


 この本で最初に登場するのは太宰治さんなのですが、太宰さんは、1936年に創作に専念するために熱海の温泉宿にこもっていた際、太宰さんの妻から滞在費を届けるように頼まれた檀一雄さんを巻き込んで、どんちゃん騒ぎをしてあっという間にお金を使い込んでしまうのです。
 持ってきてもらったお金では到底足りず、菊池寛さんのところでお金を借りてくる、と、太宰さんは檀さんを宿舎に「人質」として残し、出かけていきます。
 ところが、何日経っても、帰ってこない。
 そこで、檀さんは、しびれを切らしたツケのある小料理屋のオヤジさんと一緒に、太宰さんを探しに行き、まず、太宰さんの師匠筋である井伏鱒二さんの家を訪れます。

 檀は井伏の妻に太宰が最近こなかったかと訊くと「いますよ」とまさかの反応が返ってくる。

 私は障子を開け放った。
 「何だ、君。あんまりじゃないか」と、私は激怒した。<中略>太宰は井伏さんと、将棋をさしていた。そのまま、私の怒声に、パラパラと駒を盤上に崩してしまうのである。
 指先は細かに震えていた。血の気が失せてしまった顔だった。オロオロと声も出ないようである。


 人のことを熱海に放置して将棋。あんまりである。泰然自若としていれば救いがあるが、見つかるとオロオロするあたり、やっぱりショボい。おまけに、若干、気持ちが落ち着いたのか、井伏が席を外した隙を見計らい、檀にこう囁くから始末に終えない。

 待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね。


 ちょっと格好良い台詞に聞こえるし、それっぽいことをいっているように聞こえる。ぜひ、恋人とのデートをすっぽかしてしまったときや、酔って知人をどこかに置き去りにして、後日、糾弾されたときにはこの台詞を使ってみてほしい。間違いなく切れられます。


 ちなみに、太宰さんが、このときの心情を作品に昇華させたのが、あの『走れメロス』なのだそうです。
 転んでもタダでは起きない、というか、元ネタがこんな話だと聞くと、拍子抜けしてしまうというか……
 

 中原中也さんの回より。

 人の人生も変えてしまうほどの酒乱の中原だったが、夭折したことも手伝い、教科書などで見かける写真からは繊細そうなイメージを受ける。とてもビール壜など振り上げそうもないが、嵐山光三郎の『文人悪食』(新潮文庫)によると、美少年として知られるこの写真は複写され、レタッチされた結果、本物の中原とはまるで別人になってしまっているという。当時を知るものによるとしわくちゃのオッサン顔だったとの見方が支配的だ。
 さて、肝心のビール壜についてだ。批評家の中村光夫は『今はむかし ある文学的回想』(中公文庫)にこう書いている。

 氏は批評家軽蔑論者ですが、僕の書いたものもわりに読んでくれ、また二人で少し酒を呑むようなときには、いつもてれ性の自分をもてあましているような気のやさしい先輩でした。(中略)ところが、大勢の酒席になると、氏の酔いぶりは、一変します。(中略)氏はたちまち手のつけられぬ駄々っ児の暴君になり、いつも自分が一座の中心になっていなければ承知しません。
 氏と一緒になるのは、主に青山二郎氏のアパートでしたが、そこで顔を合わせるたびに、いつも今夜は大変だぞ、と覚悟しなければならなくなります。


 今夜は大変だぞ、ってどんだけ大変なんだろうか。でも、実際、本当に大変なのだ。

 あるとき、中原氏が「殺すぞ」といって、ビール壜で、僕の頭をなぐったことがあります。


 僕の頭って、中村が被害者だったのである。いくら中原が年上とはいえ、批評家の商売道具の顔をビール壜で殴るなんて酷すぎる。「かわいがり」なんて言い訳では済まない。ところが、この後の展開は度肝を抜かれる。

 こちらは酔っているのでけろりとしていましたが、青山氏がめずらしく真顔で、中原氏にむかって、「殺すつもりなら、なぜ壜の縁で殴らない。お前は横腹でなぐったじゃないか。卑怯だぞ」と怒鳴りました。


 言葉に誠実なことこそ文士たる時代、殺すといったら殺さないと卑怯なのか。暴行力士が「かわいがり」が不十分だと日本相撲協会に叱責されるようなものである。ちゃんと殴れといわれても、困ってしまうではないか。実際、問い詰められた中原も困ってしまう。

 ビール壜を右手にさげたまま、中原氏はしばらく僕らの顔を見くらべていましたが、やがて「俺は悲しい」と叫んで泣きふしてしまいました。


 もう何が何だか、という感じですよね。
 あの中原中也の顔写真は実物とはかけ離れていて、しかも、酔っ払うとビール壜で人を殴るような酒乱だったのか……
 世の中には「酒さえ飲まなければ、いい人なのにねえ……」と周囲を嘆かせる人というのが少なからずいて、中原さんもそのひとりだったようです。
 酒に頼らないと日常生活をおくれないような繊細さが、彼らの創作の源だった、と考えるとしても、実際にその酒に付き合わされていた人たちは、たまったものではなかったはず。
 それでも、この本を読んでいると、名うての酒乱たちでも、一緒に酒を飲み、何かあったらフォローしてくれる友人・知人がいたのです。
 酒乱であっても魅力的な人物だったのか、飲み仲間も同じような酒飲みだったのか。

 この本、たしかに「有能だし、魅力的なんだけれど、酒の席では一緒になりたくない人」と、どう接していくかを考えるためにも役立ちそうです。
 そして、自分が直接迷惑を被らない「他人の酒の失敗談」というのは、けっこう面白いんですよね、困ったことに。


走れメロス

走れメロス

『中原中也全集・315作品⇒1冊』

『中原中也全集・315作品⇒1冊』

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