琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

「置いた」と「抱かせた」


謹んで、お亡くなりになられた女性のご冥福をお祈りします。

今朝のネットで、こんな2つの記事を目にしました。

毎日jpの記事

妊婦死亡:母子対面できず「悲しい」「改善を」夫が訴え

 東京都立墨東病院墨田区)など8病院に受け入れを断られた後に脳出血で死亡した妊婦(36)の夫(36)が27日、厚生労働省内で会見し「母親と子供が互いの顔を見ることができなかったことが一番悲しい」と、時折声を詰まらせながら語った。病院や行政に対しては「誰かを責めるつもりはない。妻が死をもって浮き彫りにした問題を、力を合わせて改善してほしい」と訴えた。

 夫によると、妻が急に激しい頭痛を訴えたのは、自宅で夫婦でDVDを見ていた4日夕。寝かせても一向に症状が治まらないため、救急車でかかりつけの産科医院に運んだ。電話口で搬送を次々と断られる産科医を見て「医療が発達している東京で、なぜ受け入れてくれる病院がないのか、やり切れない思いだった」と振り返る。

 墨東病院に運ばれた時は、既に呼び掛けなければ目を開けない状態で、緊急手術の末、男児は助かったが、妻は脳死状態だった。3日後に亡くなる数時間前、病院は目を覚まさない妻の腕に抱かれるように、子供を置いてくれたという。

 8年前に結婚した妻は、芯が強く優しい人柄で、初めての出産を前に胎教のCDを買い込み、おなかの子供に前もって決めていた名前で毎日話し掛けた。「将来、同じことが繰り返されないように医療が変わったら『変えたのはお前の母親だ』と言いたい」と語す。

 墨東病院は22日の会見で「かかりつけ医から脳出血を疑われる症状は伝わらなかった」と説明したが、夫は「(医師は)私の目の前で『尋常じゃない』と、ちゃんと伝えていた」と強調。それでも「墨東病院の当直医が傷ついて病院を辞め、産科医が減るのは意味がない。今後も産科医としての人生を責任もってまっとうしてほしい」と力を込めた。【清水健二、奥山智己】


MSN産経ニュースの記事

【妊婦死亡】別れの間際、わが子胸に 夫、医師らの配慮に感謝

 「(医療を)変えたのは母さんだよ」とわが子に伝えたい−。東京都立墨東病院を含む8病院に受け入れを断られた妊婦(36)が死亡した問題。27日に会見した妊婦の夫(36)は、時に言葉を詰まらせ、妻の死を無駄にせぬよう医療の改善を祈り懸命に語り続けた。

 最後まで誰かを責めるような言葉はなく、むしろ、口にしたのは感謝の言葉。「医師や看護師は本当に良くしてくれた」。妻は息子を産むと、7日夜に息を引き取った。直前、病室に息子を運んでもらい妻の腕で抱かせてもらえた。親子水入らずの時間はわずか30分。しかし「温かい配慮をいただけた」と振り返る。

 妻はベビー用品を用意したり「パパが帰ってきたよ」とおなかに語りかけたり、赤ちゃんを楽しみにしていた。「信頼できる、優しい人だった」。妻との思い出を語る時、少しだけ柔らかな表情になった。

同じ会見について書かれた記事なのですが、それぞれの見出しから受ける印象は全くの別物になってしまっています。
毎日のほうは「母子対面できず」、産経のほうは、「別れの間際、わが子胸に」。
ちなみに、その際の状況についても、

3日後に亡くなる数時間前、病院は目を覚まさない妻の腕に抱かれるように、子供を置いてくれたという。(毎日)

直前、病室に息子を運んでもらい妻の腕で抱かせてもらえた。(産経)

と、それぞれ表現されています。
毎日の子供を「置く」っていうのはかなり失礼な表現で、人間は「置く」ものじゃないだろう、と思うのですが、一方の産経の記事のほうも、意識がなかったお母さんが「子供を抱いた」というのは、科学的には感傷的すぎるというか、外部の人間の「こうあってほしい」という願いを投影しすぎている表現なのかもしれません。もちろん、生きていくためには「幻想」というかある種の「思い込み」が必要なときがあって、これはその一例ではありますし、お父さんと赤ちゃんの今後の人生において、「最後にお母さんに抱いてもらえた」というのは、すごく大切な記憶になるのではないかと思いますが、「報道」においてはある種の先入観を読み手に抱かせるのも確かでしょう。

ひとつの物事も、解釈・表現のしかたでこんなに違う伝えられかたをされてしまうのだな、と考えずにはいられない2つの記事でした。

この会見について、医者としての僕は「ありがとうございます」としか言葉にできません。辛いなか、病院のスタッフに感謝の言葉をかけてくれたこの男性にも、墨東病院のスタッフにも。
医者としての自分とともに、この男性と同世代のひとりの男としての僕がいます。
生まれてくる子供をたのしみに、3人での生活を思い描いていた幸福な夫婦が、妻の急病で父親と赤ちゃんだけが残されるというのは、なんて悲しく、つらい状況なのだろう。自分が同じ立場になったら、急に背負わなければならなくなった「責任」の重さに、耐えられるだろうか……
誰の責任とかいうのじゃなくて、とにかく「やりきれない思い」はあるはずです。

どうか、この男性と息子さんの今後の人生に、少しでも幸多からんことを。

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