琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

『ドラゴンクエスト9』を知らない男たち

 昨日同僚2人と昼飯を食べながら会話していて驚いた。ちなみに2人は30代前半と20代後半の男性。
「そういえば、今週の土曜日に『ドラクエ』が出るねえ」と僕が話題をふったところ、2人はそろって、「えっ、『ドラクエ』って、まだ続いてたんですか?」というリアクション。
 なんと、彼らは『ドラゴンクエスト9』の発売日を知らないどころか、「ドラクエの新作が出る」ことすら知らなかったのだ。
 ちなみに、彼らはとても優秀で仕事熱心。たぶん、テレビなんかもほとんど見ていないはず。
 それにしても……『無限航路』とか『逆転検事』とかを知らないならともかく、天下の『ドラクエ』だよ?
 よっぽど世間の情報に対して閉鎖的な態度を取り続けていないかぎり、さすがにそれはヘンなのでは……

 ……と思って、家に帰って妻にその話をしたら、「いや、ゲームやネットに興味がなくて、忙しく働いている人って、普通そういうもんだよ」と逆に言われてしまった。
「私みたいにゲームやってる女の子って、同級生にもほとんどいなかったし」 
 僕はネットばっかりやっている人間なので、『ドラクエ9』の発売日なんて、みんなが知っているのが当然、「Wi-Fi対応じゃなかったことがいまの話題」だと考えていたのだけれど、世間というのは、どうもそういうものではないらしい。
「なんのかんの言っても、世間には、ゲームになんて興味ない人のほうが多いんだってば。とくにオトナはね」

 ネットをやっていると「情報通」になったような気がしてくるのだが、実際は、それによって幸せになれているとは限らないし、かえって枝葉末節の部分にばかりとらわれて、時間を無駄にしているのかもしれないな、とは思う。
 倖田來未の「羊水腐る」を知っている人もほとんどいなかったし、同業者であれば注目しているのが当然だと思っていた「福島県立大野病院産科医逮捕事件」についても、僕の周囲では、まったく話題にはならなかった。

 ネットで得た知識で「世界の中心」にいるような気がすることがあるのだけれど、実際は『ドラクエ9』ですら、「世間で人気がある趣味のひとつ」でしかないのだ。
 現実の世界には「中心」なんて、どこにも存在しない。
 村上春樹の『1Q84』だって、あんなに売れているはずなのに、僕は現実世界であの作品の話を誰かとしたことがない。
 もっとも、あれほど「世間話にも公的な飲み会のネタにも向かない作品」というのは、あまり無いような気がするけれど。
 結局のところ、この世界の「共通の話題」なんて、「天気の話」くらいなのかもしれない。

 実際、どうなんだろう?
 30代以降くらいになったら、『ドラゴンクエスト9』でも、職場では共通の話題になりえないのだろうか?
 テレビゲームをやっているというだけで、女子に「暗い」と言われながら青春を送ってきた僕としては、「ゲームは一般的になったとは思うけど、それでもまだこんなものなのか……」と考えさせられた出来事だった。

 まあ、それでも僕は『ドラゴンクエスト9』で遊ぶつもりなんだけどさ。
 ネットの大人たちも、みんな買って遊ぶよね?
 ここが世界の中心じゃなくても、少なくとも僕の居場所はあるよね?

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