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【読書感想】ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか ☆☆☆☆

ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか (光文社新書)

ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか (光文社新書)


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
不確実な情報、非科学的な情報、デマ=「偽ニュース」。本書では、偽ニュースを生み出す背景や構造を明らかにした上で、ヤフー、LINE、スマートニュース、日本経済新聞、ニューズピックスという5つのニュースメディアを中心に、スマホを舞台にしたニュースを巡る攻防を描く。偽ニュースは2016年に突然生まれたわけではなく、ビジネスとジャーナリズムの間で揺れ動くビジネスパーソンの戦いの歴史であり、現在進行系の物語である。


 ネットメディアの歴史と栄枯盛衰について概観し、まとめられている新書です。
 これを読むと、新聞やテレビに比べて「新しいメディア」だと思っていたネットメディアも、けっこう歴史を積み重ねてきたのだな、と感慨深いものがあります。
 それと同時に、これまで「有料」だったり「CMで稼いでいた」メディアの収益構造がネットによって変化しているのです。
 とはいっても、ネットでも多くは「広告依存」ではあるのですが。
 ニュースは無料で観られるのが当たり前にもかかわらず、「どこよりも早く、たくさん、面白い話題を提供しなければならない」。
 その結果として、そのニュースを取材し、伝えられる形にする人たちへの報酬はきわめて安く買い叩かれているのです。
 だからといって、Yahoo!に記事を配信しなければ、見にきてくれる人の数は劇的に減り、その「安い報酬」すら得ることができない。
 多くブックマークされるのも、「元の記事」じゃなくて、「その記事がYahoo!に転載されたもの」ですしね。
 そういう「ニュースのダンピング」が、ニュースの品質や信頼性を下げたり、「ステマ」にもつながっています。


 モラルだけの問題ではなく、「ステマやパクリでもやらないと、食べていけないほど安く買い叩かれている」という現状を著者は指摘しているのです。
 これは、ネットメディア側だけの問題ではありません。

 大手ネット企業ディー・エヌ・エーDeNA)は、肩こりの原因が腰痛、といった非科学的な情報を大量に医療系キュレーション(まとめ)サイトのWELQ(ウェルク)に掲載して批判を浴びた。ネットを使いコピペで安価かつ組織的に「製造」された情報がグーグルの検索結果上位に表示されていた。上場企業が偽ニュースづくりに加担していたのだ。
不確実な情報、非科学的な情報、デマ、これらを本書では「偽ニュース」と呼ぶ。
 アクセス数を集めるには偽ニュースは最高のコンテンツだ。Guardian News and Mediaのキャサリン・ヴァイナー編集長は「虚偽のニュースは利益を生み、効率的なビジネスになっている」と指摘している。DeNAは、1本あたり数千円から数百円でかき集めてアクセスを増やし、2016年7〜9月期に15億円を売り上げた。
 偽ニュースが拡大したのは、ニュースの制作と流通の仕方が変わってしまったからだ。かつてニュースといえば、新聞やテレビが担うものだった。だが、ソーシャルメディアの登場で、誰もが簡単にニュースを発信できるようになり、ネットの普及によってパソコンやスマートフォンスマホ)からニュースを見るようになった。


 この新書は、主戦場がパソコンからスマートフォンとなって以降のネットメディアの覇権争いを中心に書かれています。
 ダウンタウン松本人志さんもしばしば口にするようになった「ヤフートピックス」とLINE、スマートニュース、ニューズピックスの、それぞれの戦略とネットでの「課金モデル」を粘り強く続けている日本経済新聞の闘い。
 「ネットのニュースは儲からない」とか「ヤフーニュースでは、コソボは独立しなかった」などと言われながらも、ニュースは、ネットでのキラーコンテンツであり続けているのです。


 著者は、ネットでニュースが「タダで読める」ようになった経緯についても説明しています。
 紙のメディアやテレビでは、メディアが「取材してニュースをつくる」のと、それを各家庭に流す、という制作・流通のすべての経路を握っていました。
 ところが、ネットではその流通をプラットフォーム(Yahooなどのポータルサイト)に委ねざるをえなかった。
 そして、ネットでは、そのポータルサイトに集中的に人が集まり、大きな力を持つようになってきたのです。
 そこで、既存のメディアは、ポータルサイトに「タダ同然」でニュースを売るようになりました。最初はとにかく「ネットでの実績をつくる」ことが大事だったし、それが新聞の売り上げに大きく影響することもなかったから。
 ところが、いつのまにか多くの人が「ニュースはネットでタダで見ればいい」と考えるようになってしまいました。
 情報が安くなったことは多くの人にとっては歓迎すべきことなのだけれど、お金と時間をかけて良質の記事を生み出しにくくなったし、「お金のため」の扇情的な見出しや記事もネットに溢れるようになりました。
 でも、いまさら「じゃあ有料にします」と言っても、顧客はなかなかついてこない。


 著者はこの過程を「ヤフーという毒まんじゅう」という言葉を使って説明しています。
 これ、本当に「言い得て妙」なんですよね、既存のメディアにとっては、まさにそんな感じだったんだろうなあ。


 2013年のリニューアル以降のヤフーのニュースの変化について。

 実際のところ、いくらバランスよく記事を配置しても、読まれるのはスポーツやエンターテインメントが半分以上を占める。政治、経済、国際など重要度が高く、既存マスメディアでは一面やトップニュースになるような記事は読まれにくく、スマホではその傾向がより強くなる。アルゴリズム人気の記事を表示するようにすれば、偽ニュースや過激なニュースも交じるようになる。なにせ、それらはアクセスを稼ぐ。
 ヤフーニュースは、2014年6月にPCとスマホのアクセス数が逆転。2015年には、アクセス数が月間100億PVを超えた。スマホシフトを強力に進めた結果だったが、その陰で「最近のヤフトピは何かおかしい」という声が関係者の間で囁かれるようになる。過激なもの、芸能界のスキャンダル、といった記事が紹介されるケースが増えたのではないか。
 苅田毎日新聞の記者歴があるヤフートピックス担当者)に聞くと「トピックスのバランスは以前と変わらない。だが、タイムラインに配信社以外の記事を交ぜたことにより、読者のイメージが変化したのかもしれない」と首を傾げた。
 既存マスメディアを中心に扱ってきたヤフーが、スマホシフトの中で扱うニュースが変わったことは確かだった。その象徴的サービスがヤフー個人だ。


 「個人の発信」をトップページに載せるというのは、ライブドアやBLOGOSが以前からやっていたことなのですが、「ヤフー個人」の影響力は大きかったのです。
 その一方で、「ヤフー個人」の発信者からの負の反響も少なからずあって、「ヤフーは個人の発信者をどこまで守ってくれるのか?」という不安の声もあがっています。
 新聞社やテレビ局なら、取材でダメージを受けた企業からの訴訟などへも社として対応するノウハウがあるのですが、個人の発信者は、企業からの「SLAPP(スラップ)訴訟」(大企業が個人や小さなメディア・団体に対して高額の訴訟を起こし、圧力をかける訴訟)から守ってもらえるのか?
 ネット上での個人の情報発信については、「個人だからできること」もあるけれど、それが「個人では受け止めきれないこと」を招いてしまう可能性もあるのです。


 LINEが運営するBLOGOSで編集長となった田野幸伸さんは、自らの「たのっちのブログ」で、こんなことを書いて話題になっています(ちなみに、LINEニュース編集長は「これは、あくまでも(田野さん)個人の発言」と仰っています)。

 2016年2月、田野が「Yahoo!にPV(ページビュー)で勝ちたいならPV(パイビュー)で勝負せよ」というタイトルで執筆した記事がメディア関係者の話題となった。ヤフーを倒すには、人間の欲求に忠実であるべきだとして、アダルトやスキャンダルがPVを取っているネットの現実を赤裸々に紹介した。
「調査報道がどうだとかデータなんたらとか、理屈をこね回した討論会をやって自己満足してる「メディアの未来とは」「ネットジャーナリズムとは」みたいなイベントはもう充分なんです!結論はわかってるでしょ。PVを取るのは猫とおっばいなんですよ!」「汚いマスコミ出身者が聖人君子ぶりやがって。お前らイベント終わったら会社の金でキャバクラ行くくせに。死ねよほんと」
 言葉は過激で、身も蓋もないが、内容はニュースサイトの現状を鋭く突いたものだ。ヤフーが公開した、信頼性と品質、多様性の尊重、豊かな情報流通という3つを掲げた「メディアステートメント」を冒頭で紹介しながら、スキャンダルや不確実な噂話、釣りタイトルを採用すれば、差別化できると主張した。
 田野が言うように、品位を守っているだけではPVを取れない。結局のところ、数字ではジャーナリズムは、おっぱいや猫に負けている。これは海外の有力紙でも事情は同じだ。

 確かにニュースメディアは「猫とジャーナリズム」という二面性がある。猫とはビジネスであり、ジャーナリズムは社会的な役割だ。
 この二面性は新聞にもある。海外の新聞が、地域別、社会階層別にセグメント化されているのに対し、日本の新聞は、政治の議論中心で知識人を対象にした「大新聞」と娯楽中心で一般大衆を対象にした「小新聞」の双方の特徴を取り入れた「中新聞」が発展してきた歴史を持つ。つまり、やわらかいニュースと硬いニュースをバランスさせた日本の新聞こそ、猫とジャーナリズムのパッケージング化に成功したメディアだと言える。


 「ネットメディアは、PVのために、スキャンダルばっかり採り上げるからな……」と僕は思っていました。
 でも、運営している人たちの話をきいてみると、むしろ、「PVを集めるのに最適なコンピュータのアルゴリズムに任せると、もっとスキャンダルだらけになってしまうそうです。
 それを危惧して、人間の編集者が『ジャーナリズム』寄りのニュースを載せるようにしている」のです。
 「ネットメディアがひどい」のは、「送り手」側だけの問題なのか?
 まあ、さんざん言い尽くされた話では、あるんですけどね……


 著者は、それぞれのネットメディアについて、こんな「分類」をしています。

 メディアとしてニュースに責任を持つのは日経。プラットフォームに徹し、アルゴリズムでニュースを選ぶのはスマートニュース。他はメディアとプラットフォームが混在している。
 LINEは、ニュースとBLOGOSに関しては、どちらもメディアとして編集長を置いている。メッセンジャーはプラットフォームだ。ニューズピックスは、コミュニティはプラットフォーム部分で、独自記事をつくるメディアには編集長がいる。ヤフーは、サービス内にメディアとプラットフォームが混在しており、あいまいだ。
 このような各社の姿勢がより明確になれば、読者側も偽ニュースがどれくらい交じる可能性があるのか判断ができる。


 これだけみれば、日経がいちばん信頼性が高そうなのですが、実際はけっこう「飛ばし記事」もあるんですよね、日経……
 そして、著者も述べているのですが、ネット上で読む側は、「どのニュースメディアで読んでいるか」というのは、そんなに意識していないことも多いし、特定のメディアだけを利用している人は少ないはずです。


 巻末のアンケートで、やまもといちろうさんが、「ソーシャルメディア時代に必要なリテラシーとは?」という質問に、こんなふうに答えておられます。

やまもといちろう「検索の手間を惜しむな、と言いたい。基本動作として、興味を持ったものは複数のキーワードで検索したほうがいい。立ち位置の異なるメディアや、複数の記事を並べて確認することで、一つの記事を掘り下げる力が強くなります。こんなことは当たり前にやってほしい。せめて興味を持ったものについては、5、6サイトぐらい見ましょう。英語に切り替えて、海外メディアのCNNやBBCがどう報道しているかも見たほうがいいと思います。


 「検索の手間を惜しむな、複数のメディアや記事を確認しろ」というのは、本当に大事なことだと思います。
 その小さな手間をかけることによって、大きな面倒を引き起こさずに済むことは、とても多いのです。
 やってみると、けっこうめんどくさいのも間違いないのだけれど、それをやるからこその「他の人と差がつく」のも事実ですし。
 あとは、「自分で理解できない、わからないことは書かない」ことも大事ではないかと。


 スマートフォン時代のネットメディアの基本的な知識が一冊で得られ、現場の声も聞ける、新書らしい新書です。
 「猫とジャーナリズム」が「解決」することはないだろうけど、それを知っているかどうかで、ネットニュースの読み方は、だいぶ変わってくると思います。

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