琥珀色の戯言

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【読書感想】さいはての中国 ☆☆☆☆

さいはての中国 (小学館新書)

さいはての中国 (小学館新書)


Kindle版もあります。

内容紹介
行ってはいけない!!

アジアのシリコンバレー深センをさまようネトゲ廃人、広州に出現したアフリカ人村、内モンゴル超弩級ゴーストタウン、謎のゆるキャラ勢揃いの共産党テーマパーク、さらには日本や東南アジア、さらには北米カナダまで。現代中国を炙り出す弾丸ルポルタージュ11連発!!

ようこそ、ちょっと不思議で、心底怖い中国の旅へ。

「さいはての中国」は、単純に地理的な辺境地帯だけを意味するわけではない。それは、誰も気にとめず注意を払わない、現代中国の未知なる素顔を意味する言葉のつもりである。――「序章」より


 先日、中国へのODA(政府開発援助)が今年度(2018年度)の新規案件を最後に終了となる、というニュースを見ました。
 
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181023/k10011683011000.htmlwww3.nhk.or.jp


 中国のGDPは日本を抜いて、アメリカに次ぐ世界2位となっており、まだ「援助」していたのか……というのが率直な感想だったんですよね。
 実際は、10年くらい前からは、感染症や環境への対策の一部のものが小規模に続けられていたそうですが。

 僕はこのブログをけっこう長い間書いているのですが、最近は「中国関連本」はあまり読まれなくなっているようです。
 中国ブームが去った、というべきなのか、一昔前ほど混沌とした国ではなくなって、面白さが薄れてしまったのか。
 「爆買い」なんていうのも、あっという間に鎮静化してしまいましたし。

 その一方で、世界最大の人口とアメリカに次ぐGDPを持つ中国という国は、アジアの経済大国として、存在感を強めてきているのも事実です。
 中国は、これだけの人口を擁しており、「社会主義国家」を標榜しているにもかかわらず地域や階層の格差が激しい国でもあるんですよね。
 この本では、上海や深圳といった経済都市や北京のような政治の中心とは異なる「中国の辺境」や、都会で生活している「忘れられている人々」のことが紹介されているのです。

 書中のトピックには、深圳のネトゲ廃人や北米の「反日華人組織など、大手メディアではあまり大きく取り上げられないであろう、マニアックな話題も多い。
 ただ、話題はマニアックでも、本書はマニア向けに書いた本ではない。むしろ筆者としては、日常生活で中国との接点がそれほど多くない人に、きっと一生見ることがない世界を気軽に体験してもらおうと考えて書いたつもりである。
 近年は中国企業の勢いを評価して中国を見直す人もいるらしいが、大多数の一般的な日本人の間における中国は、政治的に不自由で「反日」的で、環境汚染がひどくて食品が不衛生的なひどい国、という最悪のイメージが確立している。
「安田さん、はやく中国に行かないで済むようになればいいのにね」
 私はときに、こうした思いやりに溢れた言葉をかけられることすらある。私が借金のカタか罰ゲームかなにかで、わざわざ中国に行かされるようなひどい仕事を割り当てられていると勘違いする人もいるわけなのだ。
 当世の日本人にとっての中国はかくも「行ってはいけない」国らしい。だが、中国の国家イメージが極端に悪いことと、実際に現地に行って「つまらない」ことはイコールではない。私は自分が面白いから、望んで中国へ取材に行ってばかりいるのだ。本書は、私がいかに変わった世界を見て奇想天外な事態に直面し、そこで何を考えたのかを読者に伝えてみたくて書いたものだ。


 実際は、中国人の衛生観念も、訪日観光客のマナーも、著作権などについての意識も、かなり改善されているようです。その一方で、急激に格差が広がって、都会と田舎は別世界となり、都市には「ネットカフェ難民」も出現してきています。そのネットカフェというのも、日本人が想像するよりも、ずっと劣悪な環境のところが多いのです。

 だが、最先端サイバーシティ・深圳にはもうひとつの顔がある。
 市の北部郊外の一帯には、シャープの親会社である台湾企業・鴻海(中国法人名・富士康)の40万人規模の大工場をはじめ、エプソン、ファーウェイ、BYDなど各国のデジタル製品メーカーの生産拠点が多数存在し、製造ラインを担う短期雇用の単純労働者を常に求めているのだ。その求人を担う場所のひとつが「三和」一帯の職業斡旋所である。
 三和の付近では、食い扶持を求める若き求職者たちが中国の各地から集まり、スラム街を形成している。中国が貧しかった時代はありふれた光景だったが、近年の深圳がスマートな先進都市として名を知られたことで、ギャップの大きさが目立つようになった。


(中略)


 この街は、いわば『あしたのジョー』や『じゃりん子チエ』に登場した昭和時代の短期労働者の街「ドヤ街」の現代中国版だ。かつて日本では、そうした街で「口入れ屋」を通じて肉体労働を探し、その日の稼ぎを安酒やギャンブルに費消する人たちがたくさんいた。経済成長を続ける中国にも同様の場所があるというわけだ。
 ただし、三和が存在するのは21世紀である。
 多くの20~30代の短期労働者たちは、どんなに貧しくてもスマホを持ち、パソコンも使える。働き先は土木・建築系の工事現場よりも、スマホタブレットPCを製造するデジタル工場が選ばれる。彼らが稼いだカネを注ぎ込む先も、ネトゲスマホのアプリ課金、オンラインカジノといったサイバーな娯楽が多い。
 三和に数十軒も軒を連ねる格安ネカフェは、メールの送受信やウェブ検索のためではなく、もっぱらネトゲオンラインカジノで遊ぶための施設だ。日本でいうパチンコ屋やゲームセンターに近い存在なのである。
「1日働けば、3日遊べる――」
 この街に集まる短期労働者たちは、自分たちの刹那的な生活をそんな言葉で皮肉る。月に2週間ほど、無味乾燥な工場のラインに立ってデジタルガジェットの製造労働に従事し、カネが貯まればサイバー娯楽につぎ込んで、軍資金が切れれば再び工場に戻る。


 このような短期労働者たちは、中国のネット上で「三和ゴッド」(三和大神)と呼ばれるようになり、今では、そう自称する人たちも大勢いるそうです。
 ああ、こういう人たちは、日本にも少なからずいそうだな。でも、日本では、1日働いただけで、3日も遊べるかな……

 ——話は数日後、2015年8月18日へと飛ぶ。
 いったん区都のフフホトに戻っていた私は、内モンゴルの鬼城(ゴーストタウン)の代表的存在であるオルドス市へと向かうことにした。フフホトからは黄河の上流を横切って南西に進み、高速道路で200km。オルドス平原は黄河が湾曲した河套(かとう)と呼ばれる土地の一部であり、紀元前に秦の猛将・蒙恬匈奴と攻防を繰り広げたほか、ながらく中原王朝と草原の民の争奪戦の舞台になってきたいわくつきの地だ。
 そんなオルドス市は、新市街であるカンバーシ新区のほぼ全域が鬼城となっている。市の総人口が約205万人(都市部人口約65万人)なのに、新規に100万人の入居者を見込んで開発が進められた結果である。また20kmほど離れた旧市街にも鬼城が目立ち、合計すれば山手線の内側面積に相当する広大な空間が丸ごと無人都市化している。
 午後8時ごろに到着すると、さっそく不気味な光景が私たちを出迎えた。建物の角がすべで黄色や白色の電飾で縁取られているのに、肝心の「部屋」の電気がほとんど点いていない高層マンションが林立していたのだ。
 現地を案内してくれたビジネスマンいわく、カンバーシ新区の中心部のマンションは、物件それ自体の7〜8割にはれっきとした所有者がいるという。マンション側は物件が「死んで」いないことをアピールするために、電飾で照らし続けているというわけだ。
 巨大な液晶掲示板を屋上に据えたビルもあった。誰一人見ている人間がいなさそうなのに、CM動画や中国共産党プロパガンダ動画を延々と流し続けている。画面の解像度は良好で、映像は沿岸都市の繁華街で流れていても不思議ではない垢抜けた演出だ。
 理由は後述するが、オルドスの一人あたりGDPは中国全土でもトップ争いの常連だ。数字の上では、オルドス市民は上海や深圳の市民並みか、それ以上のカネ持ちである。
 そのため、道路の幅や整備水準、立ち並ぶ摩天楼や広告看板のデザインはいずれも先進国的に洗練されており、広東省イノベーション都市・深圳の中心部とも互角に張り合えるクオリティを誇る。ただし深圳との違いは、人間の営みの気配が感じられないことだ。
「おなかすいた……」
 時間が遅いので何か腹に入れようと思ったが、「大都市」の中心部なのに数km先まで営業中の食堂はなく、コンビニやキオスクも見つからない。車でさんざん走り回り、やっと見つけた山東料理店に入ったところ、60席はありそうな店内で客は私たちだけだった。


 正直、ここまでのスケールの鬼城(ゴーストタウン)の話を読むと、これはこれで、行ってみたい!とも思うんですけどね。日本の廃墟とはスケールが違う!(……って、称賛されるべきことではないのかもしれませんが)


 著者は、高官たちがリベートを懐に入れるために、強引な開発政策をすすめようとしたものの、結局住人が集まらずに、巨大なゴーストタウンと化した街も紹介しています。
 日本でも、バブル時代に建てられたリゾートマンションが住む人もなく打ち捨てられている地域があるのですが、中国の場合はその「ゴーストタウン」のスケールもすごそうで、廃墟ファンの僕としては、一度みてみたくなりました。
 その開発計画を推進した高官はものすごい額のリベートを手に入れた一方で、のちに習近平国家主席によって罪を問われ、失脚・投獄されたそうです。

 習近平主席に縁がある地域が「聖地化」されて、共産党員たちが研修に訪れるようになっていることも紹介されています。
 ものすごい格差に深まる個人崇拝。
 今の中国をみていると、高度成長期の日本がやっていたことをスケールアップし、権力者が自分の利益のために「暴走」すると、こういうことになっていたのだろうな、と思うのです。
 そういう意味では、「田中角栄ランド」がつくられなかった日本というのは、劇的な改革はなかったけれど、悪質な暴走もなかった、と国といえるのかもしれません。
 逆に、中国では、何事も過剰になりやすい、という感じがします。


 政治にもビジネスにも世界遺産にも関係ない、「さいはての中国」。
 住んでいる人にとっては、さいはてこそが本質、なのかもしれないな、と思うのです。


ルポ 中国「潜入バイト」日記(小学館新書)

ルポ 中国「潜入バイト」日記(小学館新書)

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