琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】諦めの価値 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

さよなら、努力。 「諦め」は最良の人生戦略だ。
「諦めるな、頑張るんだ! 」という時代はもう終わった。
何かを成し遂げた人は、常に多くのことを諦め続けている。
あなたにとって、何が有益で何が無駄か、「正しい諦め」だけが、最大限の成功をもたらすだろう。
「自分はこれでいいのか」と思っているすべての人へ。
仕事、人間関係、日々の雑事に見切りをつけた結果、夢をかなえた作家が独自の思索で導いた諦め方を伝授する。


 森博嗣先生の人生観エッセイを読むたびに、僕は『嫌われる勇気』というアドラー心理学について書かれた本のことを思い出すのです。


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 この本を読みながら僕が考えていたことは「書かれていることは正しいのかもしれないけれど、これまでの経験とか記憶、先入観などを捨て去ることは難しい」ということでした。

 森博嗣先生のような考えかた、生きかたに憧れる人は多いと思うんですよ。僕もそうだったから。
 でも、森先生のエッセイをけっこうたくさん読んで、ようやく、「森先生の人生観エッセイは、自分の人生に活かすというよりは、世の中にはこういう考えの人もいるんだな、と感心する、娯楽作品」なのだと気づきました。
 読んでいるあいだだけ、少し森博嗣に近づいたような気分になれる「人生観ポルノ」みたいなものなんですよね、少なくとも僕にとっては。

 ある程度、そんなふうに割り切れるようになって、森先生のエッセイを楽しく読めるようになりました。
 「どうせ僕は森博嗣にはなれないからさ」
 逆に言えば、それに「気づく」ことで、僕は少しだけ自分の幸福に近づけたのかもしれません。

 この本では「諦めること」についての森先生の思索が書かれています。

 なにかを成し遂げた人は、たいてい「諦めずに頑張った」と語るけれど、実は、目的を達成するために、数々のものを諦めている。
 たとえば、アプローチする方法だって、何度も変更しているはずだ。つまり、「これでいける」と信じた方法を諦め、別の方法に乗り換えた。それを繰り返しただろう。
 さらにいえば、なにかに集中するために、ほかのものを犠牲にしなければならない場合も多い。これは、一つの目的のために多数を「諦める」ことである。
 ようするに、成功というのは、「諦め」によって築かれている、といっても良いだろう。
 もっと下世話なことを書けば、人間は生まれながらにして格差を背負っている。それぞれ違うものを持っていて、その個性を自分の人生に役立てるしか道はない。他人の成功を見て、自分もあんなふうになりたい、と思っても、ほとんどの場合は無理、不可能なのである。
 たとえば、スポーツ選手になりたいとか、アイドルになりたいとか、そんな夢は幼稚園児までなら誰だって抱くことができる。しかし、小学生にもなったら、大勢の人が、自分には向かないだろう、と諦めるはずだ。
 ただし、少し才能がある(あるいは向いていると思われる)人は、なかなか諦めきれない。特に、指導する人間が「諦めるな!」と激励する。勝負事なら、「絶対に勝てる」「負けることなんて考えるな」と励ますだろう。
 身も蓋もないことを書けば、非常に無責任なことを言う人が大勢いる。僕は正直者なので、そんなことは言わない。自分の子供たちにだって言ったことは一度もない。


 いや、これはこれで「正論」なのかもしれないけれど、「自分の子供たちにだって『諦めるな』と一度も言ったことがない」というのは凄いなあ……
 いまの若い親なら、つねに「無理しなくていいよ」というのもそんなに不自然ではないのかもしれないけれど、森先生は僕よりも一回りくらい年上で「諦めずに努力することが正義」というのが「常識」だった時代を生きてきた人だから。
 
 どんな世界でも「ひとかどの者」として認知されるには、才能だけではなく、ある程度の努力の持続が必要とされるものではありますし。
 「努力できるのも才能のうち」と言われますし、自分の興味があることが世間的に評価されたり、お金になったりすることなのか?という点でも、「格差」はありますよね。
 森先生の場合は、趣味が「研究」と「工作」であり、自分が好きな工作をできる環境をつくるためのアルバイトとして小説を書いたら、売れっ子作家になって自由な生活を手に入れることができた、という人なので、「とにかくやたらとすごいのだけれど、真似するのは極めて難しい」存在ではあります。

 ちなみに、私見を述べておくが、「成功」なんてものは、大したことではない。ここを間違えないでほしい。
 また、才能以外に人生を左右するものとして、「運」がある。これは、もっとわかりやすくいえば「確率」だ。
 ここで、人生を成功に導く言葉を書こう。
 成功するには、少しでも確率の高いもの、あるいは期待値の高いものを選択すること。ほぼ、これに尽きる。
 いつまでもしつこくチャンスに賭け続けるようなことは無駄だ。早めに諦めた方が良い。特に、賭け事は、少し遊んだら、潔く引き上げることが肝心だろう。負けたらすぐにやめる。勝ってもすぐやめること。
 確率の高い方法を選び、地道に努力を積み重ねることが、最も期待値が高い成功への道といえる。そんなことは、本に書くようなことでもない常識だろう。


 本当に「身も蓋もない話」ですし、それができたら苦労しないよ、とも思うのですが、僕自身がこの年齢になって痛感しているのは、「良い人生を送りたい」と願いながら、自分にとっての「良い人生」を定義しきれないまま、漠然と生きてきた、ということなんですよ。
 
 欲しいのは、お金か、地位か、名誉か、時間か、それとも自由か。
 「やりたいことをやる」ことと、「経済的に恵まれる」ことのどちらを優先して生きるのか?
 森先生は、「研究」に打ち込み、のちに「好きな工作をしたい」がために、その方法として「小説」を選んでいます。
 本や小説そのものは別に好きではなかったが、大学の研究者としての生活と両立できる収入源として適していた、と。

 本当に自分がやりたいことをやって、金銭的にも恵まれ、名声を得ることができればベストなのでしょうけど、大概、世の中そんなに甘くはありません。

 僕なども、結果的には、お金と生活のために、そんなに好きではない「医療」を生業にしているのです。
 「それでも稼げているし、人に軽蔑されることは少ない仕事だから良い」と割り切れていれば良いのですが、「子どもの頃に憧れていた弁護士や学者にならず(なろうとせず)、こうして年を重ねてしまったこと」への後悔もあるのです。

 自分には、もっと「向いた仕事」があったのではないか?

 まあでも、それを選んでいたら、今より稼げていた保障はありません。

 結局のところ「何かを選ぶ」ということは、「選んだもの以外の可能性を諦める」ことではあるのです。
 今の日本では、誰かと結婚するというのは、「他の人とは結婚しない」という選択をすることであるように。

 どうしても上手くいかない、という窮地に立たされたときには、とにかく、何が諦められるか、と考えた方が良い。諦めることで、救われる場合が多い。
「諦めてはいけない」という言葉に陥ってしまいがちで、この妄信が、あなたを窮地へ導いた、といえるかもしれないのだ。
「何を諦めようか?」と考えるだけでも、事態は改善する可能性がある。それは、「諦める」からではなく、「考える」からだ。
 人間の最大の武器は「考える」能力である。諦めるためには、考えなければならない。考えることを避けている状態が、「諦めない」という頑固な姿勢なのだ。
「大失敗」は、だいたいの場合、諦めないことが原因だ。もう少し早く諦めていれば「失敗」で済んだものが、諦めなかったために「大」が付加される。多くの歴史からそれが学べるはずだ。


 なんでもかんでも「諦める」ことが大事なのではなくて、「考えること」が重要なのだ、ということなのです。
 僕も、「自分に言い聞かせるため、あるいは他人に見せるための、不毛な『諦めない姿勢』」を続けていたときのことを思い出しました。
 本当に「考えて、諦めない」のであれば、違うアプローチで結果を出すことを考えたり、効率的なやり方を模索すべきだったのです。

 僕は子供に期待をしなかった。家族というものにも一切期待をしていない。結婚をしたけれど、パートナとなった今の奥様(あえて敬称)にも期待していない。初めからしなかったつもりだ。たぶん、むこうも僕に何も期待していなかっただろう。
 世間の人たちは、きっと「期待する」ことが「愛情」だと勘違いしているのだろう。たとえば、僕はオリンピックに出場する日本選手に期待をしない。金メダルを逃しても、残念だとは感じない。でも、応援はできる。期待をすることだけが応援ではないし、愛でもないだろう。むしろ、負けたときに拍手を送ることが、応援だし、愛ではないだろうか?
 期待をしていなければ、なにがあっても「諦める」ような事態にはならない。関係が破綻することもない、というわけである。

 こんなふうに言える生きかたというのは、誰にでもできるものじゃない。
 というか、「期待の要素が無い応援」というのは、僕には想像することが難しいのです。

 おそらく、「僕はやっぱり、森先生のようにはなれないな、僕は他人の考えに頼らずに自分とうまく付き合っていくしかないのだ」と「諦める」ための本なのです、これは。


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