琥珀色の戯言

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【読書感想】嫌われる勇気 ☆☆☆


嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え


Kindle版もあります。

嫌われる勇気

嫌われる勇気

内容紹介
「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない――
【対人関係の悩み、人生の悩みを100%消し去る〝勇気〟の対話篇】


世界的にはフロイトユングと並ぶ心理学界の三大巨匠とされながら、日本国内では無名に近い存在のアルフレッド・アドラー
「トラウマ」の存在を否定したうえで、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言し、
対人関係を改善していくための具体的な方策を提示していくアドラー心理学は、
現代の日本にこそ必要な思想だと思われます。


本書では平易かつドラマチックにアドラーの教えを伝えるため、
哲学者と青年の対話篇形式によってその思想を解き明かしていきます。
著者は日本におけるアドラー心理学の第一人者(日本アドラー心理学会顧問)で、アドラー著作も多数翻訳している岸見一郎氏と、
臨場感あふれるインタビュー原稿を得意とするライターの古賀史健氏。
対人関係に悩み、人生に悩むすべての人に贈る、「まったくあたらしい古典」です。


この『嫌われる勇気』、かなり売れているようで、ネットでもかなりたくさんの好意的な感想を見かけています。
内容としては、けっして簡単ではないのですが、「哲学者と青年の対話形式」というのが比較的とっつきやすく感じられ(そして、読者は二人の対話をみている傍観者のようなポジションなので、『洗脳感』に乏しいため)、評価されているのでしょうね。

哲人:アドラー心理学では、トラウマを明確に否定します。ここは非常に新しく、画期的なところです。たしかにフロイト的なトラウマの議論は、興味深いものでしょう。心に負った傷(トラウマ)が、現在の不幸を引き起こしていると考える。人生を大きな「物語」としてとらえたとき、その因果律のわかりやすさ、ドラマチックな展開には心をとらえて放さない魅力があります。
 しかし、アドラーはトラウマの議論を否定するなかで、こう語っています。「いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。われわれは自分の経験によるショック――いわゆるトラウマーーに苦しむのではなく、経験の中から目的にかなうものを見つけ出す。自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するのである」と。


青年:目的にかなうものを見つけ出す?


哲人:そのとおりです。アドラーが「経験それ自体」ではなく、「経験に与える意味」によって自らを決定する、と語っているところに注目してください。たとえば大きな災害に見舞われたとか、幼いころに虐待を受けたといった出来事が、人格形成に及ぼす影響がゼロだとはいいません。影響は強くあります。しかし大切なのは、それによってなにかが決定されるわけではない、ということです。われわれは過去の経験に「どのような意味を与えるか」によって、自らの生を決定している。人生とは誰かに与えられるものではなく、自ら選択するものであり、自分がどう生きるかを選ぶのは自分なのです。


僕自身の率直な感想を言うと、この『嫌われる勇気』って、「ああ、ありがちな『自己啓発本』だな」としか思えませんでした。
ただ、それはアドラーさんや著者の責任ではないんですよね。
この「アドラー心理学」は「自己啓発の源流」と言われており、この考え方をもとにした、さまざなま「自己啓発本」を既にたくさん読んでしまっているために、「なんか『鏡の法則』みたいな内容だな」と思われてしまうのです。
「自分の心や考え方を変えれば、(あなたにとっての)世界は変わる、幸せになれる」

哲人:アドラー心理学は、勇気の心理学です。あなたが不幸なのは、過去や環境のせいではありません。ましてや能力が足りないのでもない。あなたには、ただ”勇気”が足りない。いうなれば「幸せになる勇気」が足りていないのです。


出た!「要は、勇気がないんでしょ?


本当は、『鏡の法則』のほうが、アドラー心理学の「子孫」なんですけどね。


ただ、長年生き続けている思想だけあって、こういうのは「真理」だよなあ、と感心してしまうところも少なくないのです。

青年:自らの劣等感をさらけ出し、あたかも武器のように使うわけですね?


哲人:ええ、自らの不幸を武器に、相手を支配しようとする。自分がいかに不幸で、いかに苦しんでいるかを訴えることによって、周囲の人々ーーたとえば家族や友人ーーを心配させ、その言動を束縛し、支配しようとしている。いちばん最初にお話しした引きこもりの方々は、しばしば不幸を武器にした優越感に浸ります。アドラーは「わたしたちの文化においては、弱さは非常に強くて権力がある」と指摘しているほとです。


青年:弱さが権力ですって?


哲人:アドラーはいいます。「わたしたちの文化のなかで、誰がいちばん強いか自問すれば、赤ん坊であるというのが論理的な答えだろう。赤ん坊は支配するが、支配されることはない」と。赤ん坊は、その弱さによって大人たちを支配している。そして、弱さゆえに誰からも支配されないのです。

自己啓発本」に対しては、あれだけ身構えている人が多いのに、「世界的にはフロイトユングと並ぶ心理学界の三大巨匠」とか言われただけで(あるいは「心理学」というアカデミックなラベルが貼られているだけで)、ATフィールドが穴だらけになり、「これで人生が変わりそうです!」なんて呟いているのをみると、なんだかなあ、と考え込んでしまいます。
いや、別にヘンなことばかり書いてあるわけじゃないし、こういう考え方ができれば、幸せになれるのかもしれないけれど、100%実行している人が万が一いれば、その人は「まともな人間」だとは思えないのです。
「過去へのこだわりを捨てろ」「過去に起こったことと、現在とは関係ない」「他人の目を気にするな」と言うのはわかる、わかるんだけど、実際にはできないから、こんなに苦労しているわけですし。

哲人:たとえば恋愛関係にあった人と別れるときのことを思い出すと、わかりやすいのではないでしょうか。
 恋人や夫婦の関係では、ある時期を境にして相手のやることなすこと、すべてに腹が立つようになることがあります。食事の仕方が気に食わないとか、部屋にいるときのだらしない姿に嫌悪感を抱くとか、あるいは寝息でさえも腹が立つとか。つい数カ月前まではなんとも思っていなかったにもかかわらず、です。


青年:……ええ、心当たりはありますね。


哲人:これはその人がどこかの段階で「この関係を終わらせたい」と決心をして、関係を終わらせるための材料を探し回っているから、そう感じるのです。相手はなにも変わっていません。自分の「目的」が変わっただけです。
 いいですか、人はその気になれば、相手の欠点や短所などいくらでも見つけ出すことができる、きわめて身勝手な生き物なのです。たとえ相手が聖人君子のような人であったとしても、嫌うべき理由など簡単に発見できます。だからこそ、世界はいつでも危険なところになりうるし、あらゆる他者を「敵」と見なすことも可能なのです。

これなどは「ああ、そういうことって、あるなあ……」と頷かずにはいられないんですけどね。
一度悪い方向に転がってしまうと、その人の何もかも嫌に思えてくるというのは、僕も経験があります。
そして、たしかに「その気になれば、相手の欠点や短所などいくらでも見つけ出すことができる」のです。
聖人君子であっても「面白みのないヤツ」なんていう批判もできるし。

哲人:わたしの提案は、こうです。まずは「これは誰の課題なのか?」を考えましょう。そして課題の分離をしましょう。どこまでが自分の課題で、どこからが他者の課題なのか、冷静に線引きするのです。
 そして他者の課題には介入せず、自分の課題には誰ひとりとして介入させない。これは具体的で、なおかつ対人関係の悩みを一変させる可能性を秘めた、アドラー心理学ならではの画期的な視点になります。


僕はこれを読んで、宇宙飛行士の古川聡さんが、『宇宙飛行士に学ぶ心の鍛え方』という著書のなかで、「ストレスに対応するため」の考え方のひとつとして仰っていたことを思い出しました。

 しかし、成果が見えない中で続けるというストレスに耐えるのは、簡単なことではありません。宇宙飛行士の訓練ではストレスに耐えられるかどうかというよりも、仕事でそれを使うわけですから、そこは割り切ってやるしかありません。そうではない方は、どうすればよいか。


 単純に言えば、「割り切る」そして「できることをやる」の2点です。元プロ野球選手の松井秀喜さんは、「自分にコントロールできること、できないことに分けて考え、できないことに関心を持たない」そうです。私も「自分がコントロールできないことを心配しても仕方ない。自分にコントロールできること、自分にできることをやればいいんだ」と思います。

古川さんや松井さんが「アドラー心理学」を学んだかどうかはわかりませんが、宇宙飛行士やトップアスリートのメンタルトレーニングにも、アドラー心理学的な考え方は、活かされているのです。


こういう「対話によって、世の中がわかったような感じ」を得たいのであれば、サリンジャーの『フラニーとズーイ』のほうが、よっぽど「カチッとはまった感じ」がするのですけどね、僕にとっては。
「妄信はできないけれど、活かせそうなところも少なくない本」ではあります。
読み終えて数日してからあらためて考えてみると、「まあ、子どもに期待しすぎるのはやめよう、と思えただけでも収穫だな」というくらいの「効果」しかないわけですが、「アドラー心理学を理解し、実践するには、それまで生きてきた時間の半分の期間が必要」だそうです。
40歳なら、20年間。


ああ、「勇気」を出すのも、大変だ……



フラニーとズーイ (新潮文庫)

フラニーとズーイ (新潮文庫)

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