琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

九十九式の活動停止と「テキスト系サイト」の現在

テキストサイト『九十九式』の歴史
↑を読みながら、かなり感傷的になってしまいました。ああ、活動終了なんだ、『九十九式』。僕にとっての『九十九式』というのは、まさに「ザ・テキストサイト」とでも言うべき存在で、その更新様式とか語り口とかネタとか他のサイトとのつながり方とか、その「テキストサイト的なもの」のすべてにおいて、ひとつのゴールデン・スタンダードだったような気がするのです。
でも、その一方で、『九十九式』のこの「区切り」のエントリを読んでいて、閉鎖の寂しさというよりは、むしろ爽やかな「やり遂げた感」みたいなものが伝わってくるのは、まだこちら側にいる僕としてはちょっとせつなかったりもするんですよね。

ところで、僕がこのエントリを読んで、いちばん印象に残ったのは、この部分でした。

 九十九式が事故に巻き込まれて真っ白になっていた空白期間に、「夏の自由研究」と称して、別の場所でブログをやってみた。これは徳保さんの言う「リハビリ」にヒントを受けてはじめたことだけど、この体験はちょうど徳保さんとは正反対の結果を僕にもたらした。
  徳保さんの言う「リハビリ」とは、自分のメインサイトの肥大化してしまったアクセスで自己を見失わないように、小規模アクセスのサイトをしばらく運営して、身の程を知ったり、アクセス数のありがたみを痛感したりする、というものだった。
 しかし僕は、始めたら始めたで、そのブログを本気で取り組み、夏休み期間だけで1000hit/dayくらいにまで育てた。これは、逆に僕に自信を植え付ける結果となった。まぐれではなく、僕はいつでも自分の努力に応じた結果を、希望通りのサイト(数値だけでなく)を手に入れることができるということに気付いたのだ。

これを読んでいて、僕は以前書いた『アクセス数が多いと、楽しいのか?』というエントリのなかの、こんな文章を思い出していました。

 僕は昔、「月刊カドカワ」のインタビューで、MR.CHILDREN桜井和寿さんが、【それまでのミスチルは、音楽評論家には高く評価されていて、『もうすぐブレイクするバンド』にいつも挙げられながらなかなかヒット曲を出せなくて苦しかったんですけど、『CROSS ROAD』が百万枚売れたとき、僕の中で、「ミリオンセラーになる曲の創りかたがわかった!」と感じたんです。それを形にしたのが『INNOCENT WORLD』です。】と言っていたのを読んだことがあります。そのときは、「なんて傲慢な…」と思ったのだけれど、確かにその後のことを考えると、桜井さんは「掴んだ」のですよねそれを。そして、それに従って、実際にミリオンセラーを生み出したときは、ものすごく爽快だっただろうなあ、と思います。

 だからといって、僕たちの多くはミスチルの曲に「売れ線ばかり狙った曲」という印象は持っていないはずです。おそらく桜井さんは、「ミリオンの方程式」を見つけたとき、嬉しくてしょうがなかったのだろうけど(だってそれは、「音楽で御飯を食べていけること」とイコールなのだから)、あくまでもそれは、「自分の言いたいことを、多くの人に伝えつつ御飯も食べられる」というテクニックだったのでしょう。あるいは、「売れることばかり考えて言いたいことを言わなければ、かえって売れない」ということだったような気もするのですが。

 ミヤモトさんが書かれている「まぐれではなく、僕はいつでも自分の努力に応じた結果を、希望通りのサイト(数値だけでなく)を手に入れることができる」というのは、この桜井さんの「ミリオンの法則」みたいなものなのかな、と僕は感じます。
 いや、実際のところ「アクセスアップの手法」というのはたくさんあるのでしょうし、手馴れた人がやれば1日1000人の人が来るサイトをつくることは、そんなに至難ではないのかもしれないけれど、ここでさりげなく書かれている「数値だけでなく、希望通りのサイト」を「いつでも手に入れることができる」という「確信」は、どこから来ているのだろうか? ミヤモトさんが書かれているのは「検索エンジン対策」とか「2ちゃんねるに曝す」なんてことじゃくて、「ある程度自分が書きたいことを書いた上で、多くの人に伝わるための公式」みたいなものだと思うのですが、それは、僕にとってはまさに「神の領域」なんですよね。
 アーティストでいえば、1曲大ヒットを出せる人やグループというのはけっこういます(それすらできない人が、大多数なわけですが)、でも逆に、「大ヒットを1曲出しても、その1曲で終わってしまう」という人もかなり多いのです。あるいは、ごく短い期間で終わってしまう場合が。「1曲」売れたという事実は同じでも、そこから、なにかの「要領」とか「コツ」あるいは「方程式」みたいなものを導き出して、自分のものにできるかどうかで、その後の人生は大きく変わっていくのです。「1曲」だけなら、「自分の好みと世間の嗜好が偶然に一致した」ことにより、大ヒット曲を生むことは可能なのですが、引き出しがそれしかないと、世間の好みは当然変わっていきますから、すぐに忘れられ、置いていかれてしまう。ずっと「売れ続ける」ためには、なんというか、その世間の「芯」みたいなものを掴んでいなければならないのでしょう。しかしながら、多くの人は、「売れた」という事実だけで満足してしまって、切り株の前でウサギを待ってしまう。そして、そういう「コツの掴み方」みたいなのって、もちろん「サイトのアクセス稼ぎ」に限ったことではなくて、人生そのものに大きな影響を与えているはずです。僕ももちろんそうなんだけど、人間って、本当に同じ間違いばっかり繰り返すものだからさ。
 できれば、その「確信」の根拠を聞いてみたいな、と僕は思うのです。いや、御本人が読まれることはたぶんないだろうし、そんなに簡単に言葉にできるようなものではないのかもしれないけれど。

「テキストサイト」と「ブログ」の今後

http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20070106/text

↑を読んで思わずハッとさせられました。

もう「テキストサイト」とか「ブログ」には新しい人なんて入ってこないのよね。いやそれなりに入って来てはいるんだけど、コア(核)となる人がいつまでも変わらない。SFやマンガ、サブカルと同じようなものか。

世代交代してメディアが元気になる、ということではなくて、別のメディアで自己表現する、という感じでしょうか。

ミステリーも「新本格」の新しい書き手は出て来てはいるんだけど、多分小説で何かを表現したい人は、文学系か恋愛小説に行ってしまってるんだろうな。

「このミス」の最新版などを見ていると、もう「王道」では通用しなくなってしまっていて(「王道」には、それぞれ人気作家がいますしね)、新しい人たちはみんな、いかに「ストライクゾーンギリギリいっぱいのところに投げるか」で勝負しているような気がしてくるんですよね。それは、「テキストサイト」とか「ブログ」でも同じように思えます。平山夢明さんの1位は、まさにその象徴なのではないかと。
僕の実感として、2005年に比べたら、2006年の後半くらいから「ブログをはじめましょう!」的な雑誌の記事や特集は、コンピューター誌、一般誌とも、急激に少なくなってきています。これは、ひとつの飽和状態というか、「とりあえず、ブログとかを書いてみようと思うような人には情報が行き渡り、興味を持った人は一度はやってみた状態」なのではないかと思います。結局、ライブドアブログアメブロエキブロ、そして「はてな」も、「登録ブログ数は右肩上がりだけれど、休眠ブログはかなり増えているし、裾野が広がったワリには、いわゆる『人気ブログ』の顔ぶれはあまり変わっていない」のですよね。
この状況というのは、昨年末に書いた、K−1やM−1の現状と重なる部分があって(参考:「M-1グランプリ」と「K-1グランプリ」)、結局のところ「裾野が広がっても、『先駆者』たちを上回るような『驚異の新人』たちは、期待されたほどコンスタントには出てこず、逆に、芽の時点で強豪と比較されることによって伸びる機会を失ってしまうことすらある」と思います。いや、ブログとかの場合は、K−1やM−1みたいな「わかりやすい山」が存在しないだけ、隠れた資源はまだまだあるのでしょうし、山の頂上は1つだけではないのも事実なんですけどね。
ただ、現在のところ書店業界では、『電車男』をピークとして、それ以降はごく一部の有名人ブログの書籍化を除いては「サイト、ブログ本は売れない」というのが定説になりつつあり(ネット発の本が「新しい」と錯覚しているのは、残念ながらネットで書いている人だけのようです)、「新しい!」と思っているうちに「ブログ」というのは、かなり「消費されきってしまいつつある」んですよね。むしろ昔の深夜ラジオのように「有名人の固定客へのプロモーションの手段」になっていきつつある印象もあります。
もちろん、今すぐ消えてなくなるというわけでもないのですが、新規参入するには、さらに厳しい時代になってきてはいますよね。
どんなジャンルの話でも、もうだいたい先に書いてしまっている人がいるからなあ……

即席ラーメンの父・安藤百福さん逝去

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070105it15.htm


参考リンク:「カップヌードルのロゴに隠された『配慮』」

↑のエントリのなかで、日清食品カップヌードル部のブランドマネージャー、脇坂直樹さんが安藤さんについてこんなふうにコメントされていたのを引用しています。

インタビュアー:(安藤会長は)まさに、ラーメンを創るために生まれてきたような人ですね!?

脇坂:現在、インスタントラーメン業界は、全世界857億食もの大産業になりました。「即席麺の歴史=安藤百福の人生」と世界中で認識されていますし、”ファーザー・オブ・ラーメン”と呼ばれています。それというのも安藤は戦後の闇市で、1杯のラーメンを求めて長蛇の列になっている光景を目の当たりにしています。事業に失敗し、無一文になったとき、その光景を思い出して、安くておいしく、手軽に食べられるラーメンを作る決意を固めた。ラーメンが食生活を新しくすることを確信して開発にとりかかったんです。

考えてみれば、有史以来、ここまで1人の力で劇的に人類の「食生活」を変えた人というのは、存在しなかったのではないでしょうか。
謹んで、御冥福をお祈りします。

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