- 作者: 大西康之
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2017/05/17
- メディア: 新書
- この商品を含むブログ (1件) を見る
Kindle版もあります。
- 作者: 大西康之
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2017/05/17
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログ (1件) を見る
内容紹介
巨大な負債を抱え、会社解体の危機に喘ぐ東芝――いや、東芝だけではない。かつて日本企業を代表する存在だった総合電機が軒並み苦境に陥っている。東芝・ソニー・日立ほか大手8社の歴史や経営を詳細に分析することで日本の総合電機がはまった巨大な陥穽を描く。名著『失敗の本質』総合電機版とも言える1冊。
なぜ日本の電機メーカーは、海外メーカーに負け続けているのか?
品質はすぐれているはずなのに……
東芝の粉飾決済は恥ずべきことだけれど、東芝の製品そのものは、けっして悪くないはず。
ただ、あらためて考えてみると、あんな粉飾をしなければならないくらい、業績が悪化していた、というのも事実なんですよね。
僕は、日本の家電量販店で見かける、日本以外のアジア企業の製品に、値段は安いけれど、デザインは今ひとつだし、機能も少ないし、「安かろう悪かろう」という印象を持っていました。
著者は、この本の冒頭で、そんな日本の電機メーカーに対する贔屓目をばっさり斬っています。
まずは世界の電機産業の「新」であるアジア企業と、「旧」である日本企業との差を確認しておきたい。
2014年度、東芝の売上高は6兆6559億円だが、白物家電に限れば2254億円。これに対して美的集団(中国の家電メーカー)は2014年、白物家電だけで2兆7600億円を売り上げている。白物家電メーカーとしては、すでに美的集団は東芝の10倍以上の存在になっているのである。
英調査会社ユーロモニターのデータによると、「マイディア」ブランドを展開する美的集団の白物家電市場における世界シェアは4.6%で、オランダのフィリップスに次ぐ世界第2位。東芝の家電事業を飲み込むことで、首位の座をうかがう。ちなみに東芝のシェアは0.5%未満だ。
日本ではほとんど見かけない「マイディア」は、どこでそんなに売れているのか。
美的集団5000円台の電子レンジ、1000円台の炊飯器が得意で、ホームグラウンドの中国では「安くて壊れない」と評判だ。単身者向けマンションに備え付けられていることが多い。
1000円台の炊飯器と聞けば、日本人は「安かろう悪かろう」と思いがちだが、余分な機能を削ぎ落としているだけで、炊飯器としては十分役に立つ。余分な機能がない分、壊れにくいという利点もある。何より注目すべきは「5000円台の電子レンジ」や「1000円台の炊飯器」が、現在の世界の白物家電市場では「主戦場」であるという現実だ。中国、インド、東南アジアや南米で白物家電を売るなら、この土俵に乗るしかない。
東芝の電子レンジ「石窯ドーム」の売れ筋は2万〜3万円。最上位機種は約18万円である。世界を狙う価格帯からは程遠く、「浮世離れ」した価格設定と言わざるをえない。日本製品のガラパゴス化が起こっているのは携帯電話だけではない。
頼みの綱であるはずの国内市場であっても、国際標準からかけ離れた値段の家電がいつまでも売れるとは思えない。東京都世田谷区の二子玉川にある蔦屋家電。感度の高い消費者が集まるファッション性の高い売り場では、パナソニックの冷蔵庫の隣には東芝ではなくハイアールの冷蔵庫が置いてある。秋葉原のヨドバシカメラのテレビ売り場では韓国LGエレクトロニクスとサムスン電子の液晶テレビが一等地を占めている。
いくら品質がよくても、電子レンジや炊飯器にそんなに高いお金は出せないよ、という人たちが、いまの世界の購買層の多くを占めているのです。
「安くて壊れない」というのを聞くと、「安い」はさておき、「壊れない」というのは、当たり前のことではないか、と思うのだけれど、「とりあえず最低限の機能があって、安くて壊れなければ十分」という人に、いかにアプローチしていくかが、現在の世界の趨勢なのです。
先進国の人たちには、よほど画期的な製品でもなければ、劇的な家電の需要は望めません。
著者は、シャープが台湾のホンハイに買収された件に関しても、起こるべくして起こったことだと考えているようです。
シャープがホンハイの傘下に入ると、一部では「あの名門がアジア企業に買われた」という落胆の声が聞かれた。
しかし感情を排して数字を見れば、この買収もきわめて順当だ。シャープの2016年3月期の連結売上高は2兆4615億円だが、ホンハイの2015年の売上高は約16兆円。国内最大手の日立製作所(2016年3月期、10兆343億円)すら上回る規模なのだ。
シャープの2005年の液晶テレビ年間生産台数は1200万台。同じ頃、ホンハイのデジタル機器の受託生産台数は年間10億台に達していた。中国・深圳を中核とする巨大工場では、Appleのスマートフォン「iPhone」が1億台、米デルのパソコン、ソニーのゲーム機をはじめ、世界中のハイテク・ブランドが量産されている。
2011年8月、ホンハイと提携交渉をしていたシャープの町田勝彦会長(当時)は、台北にあるホンハイの技術開発拠点を視察して度肝を抜かれた。シャープの工場でもまだ珍しい最先端の日本製、製造装置が巨大な工場にずらりと並んでいたからだ。ホンハイはこれらの生産装置を見事に使いこなし、精密ないiPhoneを驚異的な歩留まりで量産していた。
「もう抜かれとるやないか……」
町田はホンハイを「格下」と見てきた自分を恥じた。
「あれだけ精密な機械を、あの台数、あの歩留まりで生産できる日本メーカーはない。日本メーカーの生産単位はメガ(100万)だが、彼らはギガ(10億)。ケタが三つ違ったら勝負にならん」
それでも提携交渉の際には、現実を目の当たりにした町田会長以外のシャープの経営陣は、ホンハイを「格下」扱いし、「シャープの液晶技術を利用しようとしているだけ」だと見なしていたそうです。
というか、シャープの買収劇をみていた多くの日本人も、そうみなしていたのではないでしょうか。
そうした「奢り」が、結果的にシャープの傷を深くし、シャープはのちに、より不利な条件でホンハイに買収されることになったのです。
著者は、日本の電機メーカーの世界での競争力低下の大きな要因は、製品を消費者に積極的に売らなくても利益をあげられる日本のシステムにあったと述べています。
携帯電話のKDDIやソフトバンクが台頭してきたのは1985年の通信自由化以降のことだ。それまで日本の通信市場は日本電信電話公社による「独占」状態だった。独占とは価格競争がないことを意味し、コストが上がれば電話料金を上げるだけ。利用者に選択の余地はなく、決められた料金を払うしかなかった。
現代社会において電話を使わない人はほぼいない。「電話を使う時はNTTからサービスを受けるしかない」という状況下での電話料金値上げは、一種の「増税」のようなものだ。まるで社会主義国である。
あまねく国民から集められた何兆円もの電話料金は、一旦NTTに集まり、そこから設備投資という形で「電電ファミリー」であるNEC、富士通、日立製作所、東芝、沖電気工業に流れた。NTTグループの設備投資はピーク時の1990年代なかばには、年間4兆円を超えていた。
「通信の安全」を錦の御旗とするNTTは、事実上、国内の通信機器メーカーとしか取引をしなかったので、電電ファミリーは、この4兆円を山分けすればよかった。
東京電力を中心とした、原発関連のインフラ事業なども、同じような仕組みになっており、日本の大手電機メーカーは、「国」のほうを向いていれば、十分儲かる仕組みになっていたのです。
これでは、世界の家電市場で真剣に勝負できなかったのも致し方ないのかもしれません。
しかしながら、いざ競争の波にさらされたときに、こういう「国や公共事業におんぶにだっこな体質」の弱さが露呈してしまった、というのが現実なんですね。
もちろん、個々のメーカーや技術者のなかには、時代を変えるようなすぐれた製品をつくった人もいたのですが。
著者派、東芝、NEC、シャープ、ソニー、パナソニック、日立製作所、三菱電機、富士通という、日本を代表する電機メーカーを個別に分析し、その「敗因」もしくは「現状」を紹介しています。
その理由には共通点もあれば、それぞれのメーカーの特徴もあるのです。
東芝の2016年3月期の連結売上構成を見てみよう。
セグメント別で最大の事業は電力・社会インフラ部門の36%。すべてがそうではないが、この部分が「電力ファミリー」としての稼ぎである。次に大きいのが電子デバイス部門の28%、スマートフォンなどで使われる半導体のNAND型フラッシュメモリーが主力製品だ。3番目が通信システムなどを扱うコミュニティ・ソリューション部門の25%。ここが「電電ファミリー」に関わる部分である。
つまり5兆6678億円の売上高の半分以上を「電力ファミリー」「家電ファミリー」に関する部分で稼いでいる。我々が消費者としてよく知っている白物家電や液晶テレビ「レグザ」、パソコンの「ダイナブック」は、東芝において「その他大勢」でしかなかったのだ。
従業員数で見ても約5万4000人を擁する「電力・社会インフラ部門」が最大で、約5万人の「コミュニティ・ソリューション部門」がこれに続く。全従業員約19万人の過半が、この2部門に属している。
また、ソニーに関しては「電機メーカー大手という呪縛から逃れること」で、生まれ変わろうとしている現状を紹介しています。
テレビやパソコンといった、かつての主力事業を分社化したソニーは、これまでとまったく違う企業に変貌しようとしている。「商品を売って終わり」のメーカーから、利用者へのサービスを通じて継続的に収益をあげる「リカーリングビジネス」を主軸に据えようとしているのだ。
(中略)
ネットを使ったリカーリングで薄く広く稼ぐ企業を「プラットフォーマー」と呼ぶ。代表的なプラットフォーマーはアップル、グーグル、フェイスブック、ツイッター、アマゾン・ドット・コムなどだ。米国企業が大勢を占めるが、そこに割り込めている数少ない日本企業の一つがソニーである。海外では存在感が薄いが、国内であれば楽天もプラットフォーマーと呼ぶことができる。
(中略)
2016年4−6月期のソニーのゲーム事業の理業利益は前年同期比2.3倍の440億円で、すでにゲーム機というハードの販売で得る利益より、サービスで得る利益の方が多い。
これを読んでいると、「家電を売る電機メーカー」というビジネスモデルそのものが、日本ではもう成立困難になっているということがわかります。
人件費などのコストの問題や安くて最低限の機能の製品を大量につくって売るという経験の蓄積を考えると、形のあるものを売る商売そのものが、どんどん先細りになってくる可能性が高いのです。
ソニーのように「プラットフォーム化」したり、金融・保険事業に軸足を移していくのは、むしろ、自然な流れなのでしょう。
それでも、子供の頃から慣れ親しんできた「日本の電機メーカー」の元気がなくなって、他国の安い電気製品ばかりが売り場に並ぶのは、電気製品好きの僕にとっては、寂しい話ではあるのですけど。