琥珀色の戯言

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【読書感想】日本の電機産業はなぜ凋落したのか 体験的考察から見えた五つの大罪 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

かつて世界一の強さを誇った日本の製造業。
しかし、その代表格である電機産業に、もはやその面影はない。
なぜ日本の製造業はこんなにも衰退してしまったのか。
その原因を、父親がシャープの元副社長を務め、自身はTDKで記録メディア事業に従事し、日本とアメリカで勤務して業界の最盛期と凋落期を現場で見てきた著者が、世代と立場の違う親子の視点を絡めながら体験的に解き明かす電機産業版「失敗の本質」。
ひとつの事業の終焉を看取る過程で2度のリストラに遭い、日本とアメリカの企業を知る著者が、自らの反省もふまえて、日本企業への改革の提言も行なう。
この過ちは日本のどこの会社・組織でも起こり得る!
ビジネスパーソン必読の書。


 僕が子どもの頃、1980年代から90年代の日本の電機メーカーとその製品は、本当に輝いていたのです。
 ソニーやシャープ、パナソニックなどの日本メーカーの商品は日本国内だけでなく海外でも高く評価されていて、高機能で故障が少ないというイメージがありました。
 
 ところが、いつのまにか、テレビでもパソコンでも洗濯機や冷蔵庫などの白物家電でも、日本のメーカーの影は薄くなっていきました。
 日本国内では、まだテレビやパソコンは日本製がかなりのシェアを維持していますが、価格的には割高な印象があり、白物家電も多くは海外で生産されています。
 1年くらい前に65型の有機ELテレビを買ったのですが、同じサイズのLG製と日本メーカーの製品をみて、こんなに価格が違うのか、と悩みました(結局、欲しい機能が付いていた日本のメーカーの製品を買ったのですが)。

 著者のお父さんはシャープの副社長を務めておられたことがあり、著者もTDKの記録メディア事業で活躍されていました。
 日本の電機産業が世界に冠たる存在になっていく過程から、海外でのシェアを韓国や台湾のメーカーに奪われ、かろうじて日本国内では存在感を残している程度に衰退していく現在までを、親子二代にわたって、「現場」で体験してきたのです。

 けっして、何もしていなかったわけではないし、危機感がなかったわけでもなかった。
 でも、なんとか現在の業績を維持しよう、少しアップデートした新しい製品を売ろうと目の前の問題に立ち向かっていっているうちに、どんどん時間が流れて、いつのまにか時代が変わってしまった、そんな印象も受けます。
 
 著者は、この本の中で、日本の電機産業が凋落していった原因の「5つの大罪」の最初に、「デジタル化の本質」を見誤った「誤認の罪」を挙げています。

 90年代の終わりから、企業やマスメディアで「モノづくり」という言葉が流行り始める。「製造」がいつしか「モノづくり」に昇華したのだ。古語から生じたこの言葉には、ある種の神聖性が含まれていた。古来の匠の技を受け継ぐ「モノづくり」こそが日本の製造業の強みであり、繁栄の源だ、との思いが込められていた。
 デジタル化が広がる中、製造業には迷いがあったのだろう。アメリカ企業のように自前主義を捨て、水平分業を目指せば、製造現場で働く社員の大量解雇が避けられない。かといって汎用品の大量生産では、韓国や台湾の新興勢力にコストで負けてしまう。技術大国ニッポンとしてのプライドを引きずりながらたどり着いた先は、高品質、高性能、それに高付加価値こそが日本の製造業の強みだ、とする結論だった。利幅の小さな汎用品を大量生産する「製造」ではなく、利幅の大きな付加価値製品を作る「モノづくり」こそが、日本企業に相応しいと考えたのだ。
 多くの人が、高付加価値、高品質、高性能な製品であれば、価格が多少高くてもユーザーに今まで通り受け入れてもらえると信じた。いわば”三高信仰”だ。「安くてよいものを作れば必ず売れる」というアナログ時代のドグマ(教条)が、「よいものを作れば必ず売れる」に変わっていた。


 こういう考え方は、現在、2023年の日本にも色濃く残っていますよね。
 著者は自身の体験から、記録媒体がカセットテープだった時代には、製造するための設備は大がかりなもので、メーカーによる製品の質にも差があったと述べています。
 しかしながら、CD-ROMの時代になると、製造に必要なコストは大幅に下がり、国内外、各メーカーの製品の質の差も小さくなったのです。
 記録メディアの価格が下がり、利ざやが稼ぎにくくもなりました。
 それは、ユーザーにとっては、歓迎すべき低価格化、でもあったのですが。

 2001年に、アップルからiTunesiPadが発売され、音楽を記録し、持ち運ぶメディアは大きく変わっていきました。
 今の若い世代は、「CDプレイヤーで、CDを聴く」よりも、「ダウンロードした音楽データを再生する」ほうが、スタンダードなのです。

 著者が属していたTDKでは、ブランド力や品質の高さで勝負しようとしましたが、後発の台湾のメーカーは、どんどんシェアを伸ばしていきました。

 先に白旗を上げたのは日本企業だった。くだんの営業会議から一年も経たずに、台湾企業から製品の調達を始めざるを得なくなった。時間が経過しても自社製品のコストは思うように下がらず、メモレックスとまともに戦えなかったのだ。TDKは自社工場を残しつつ台湾企業からの購入を開始し、ソニーやマクセルもあとに続いた。
 ところが、台湾企業から仕入れたCD-Rを発売しても、懸念された深刻な品質問題は発生しなかった。台湾製品の品質は数値の上では自社製品に劣っていたが、実際にユーザーが使用する局面では問題になるほどの差は生まれなかったのだ。極端な言い方をすれば、自社生産のCDーRは過剰品質だったのだ。TDKは追加的なコストをかけて、ユーザーが必要とする以上の品質を提供していたことになる。これではメモレックスと台湾企業との連合に負けても仕方がなかった。


 これと同じ光景が「品質の高さ」に誇りを持っていた多くの日本企業で起こっていたのだと思います。いや、今も起こり続けているのではないでしょうか。
 iPodが世に出たときも「iPodは音質がいまひとつ」というオーディオマニアの声はあったのですが、ほとんどのユーザーは音質へのこだわりよりも、多くの曲を手軽に持ち運べる利便性を選びました。そもそも、マニアが指摘するような「音質の差」を一般のユーザーは聴き分けられなかった、あるいは気にしなかったのです。

 デジタル化は、モノづくり全般をシンプルにしていき、製品は均質化していきました。
 使っていて実感できないような、あるいは価格差ほどの価値を見出せないような「品質のちがい」であれば、「安いほうがいい」ですよね、僕だってそうです。
 僕自身は、パソコンや家電に関しては「高くても品質が良いもの」に魅力を感じてしまうのですが、これまで使ってきた製品を振り返ってみると「高級モデルの付加価値とされる機能は、ほとんど使っていないか、うまく使いこなせていない」のです。ブルーレイレコーダーのリモコンなんて、押したことがないボタンがたくさんありますし。

 著者は、このブルーレイという規格も、日本企業が推し進めてきたけれど、DVDで十分と考える人たちが多く、オーバースペックで中途半端になってしまった、と述べています。ヨーロッパではとくに需要がなく、比較的普及している日本でも投資額にみあった結果とは言い難い、と。
 DVDの次にブルーレイが主流になるのではなく、NetflixAmazonプライムビデオのような映像配信サービスが押し寄せてきて、映像記録メディア(あるいは映像記録装置)へのニーズは急速に萎んでいっています。

 それを「予期」できたのか、できたとしても、ずっと投資してきたブルーレイという技術を「諦める」勇気があっただろうか。

 著者が挙げている「5つの大罪」は、頷けるものばかりなのですが、そのときに現場にいたとしたら、この罪から逃れうるのは、人智を超えた存在だけではないか、とも思うのです。
 メーカーとしてのブランド力や技術があるからこそ、そこまで辿り着く努力の積み重ねを知っているからこそ、捨てるのが難しいプライドもある。

 女性や外国人の登用が遅れ、ダイバーシティ(多様性)が進んでいないことは、日本の組織の大きな問題だ。このままでは、日本企業は同じような経歴(新卒一括採用)で、同じような嗜好(ゴルフ、酒)の日本人男性の集団から、いつまで経っても脱却できない。
 ちなみに、ダイバーシティを高める必要があるのは、ポリティカル・コレクトネスだけが理由ではない。民間企業としてより強く認識する必要があるのは、ダイバーシティには業績を改善する力があるということだ。
 ハーバード大学のポール・ゴンパース氏とシルパ・コバリ氏の論文によると、ダイバーシティは明らかに収益に貢献するそうだ。ベンチャーキャピタルを実例に調べたところ、均質なチーム(民族、性別、出身校などが同じ)が行なった企業買収や新規株式公開の成功率は、そうではないチームに比べ26%も低かったそうだ。均質な集団は重要な意思決定に際し、多様な検討が難しいことが成功率を低下させる結果になったと分析された。
 実際に好業績に沸くアメリカ企業は、日本企業よりダイバーシティが進んでいるのは間違いない。女性や外国人の登用の遅れが成長の足かせになっている可能性が高い、と日本の経営者は危機感を持つべきなのだ。

 多様性を重視することは、企業にとって、いろいろな角度からの意見を取り入れることにもなり、業績にも良い効果を生むのです。
 僕の感覚としては、世代交代とともに、「ゴルフ、酒」の時代も終わっていきそうというか、もう終わりつつあると思うのですが。

 現場で得た、著者と御尊父の「経験知」が詰まっている本なのです。現場目線でみると、ちょっとした油断や思い込みがあったとしても、みんな結果を出そうとして頑張っていたことがわかります。
「後から振り返ってみれば、ここがターニングポイントだった」とわかるのだけれど、その場では、目の前の業務で結果を出すことが求められていて、周りを見渡す余裕はなかなか持てないのです。
 一度手にした「覇権」のようなものを、ずっと維持していくのは、本当に難しい。


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