琥珀色の戯言

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殿様の通信簿 ☆☆☆

殿様の通信簿

殿様の通信簿

“平成の司馬遼太郎”の呼び声も高い筆者が、従来の定説を覆す豊富なエピソードで描き尽くした歴史エッセイ。元禄大名243人の人物評価を記した『土芥寇讎記』から、水戸光圀浅野内匠頭、前田利常など著名な「殿様」たちの日常生活を活写。お家大事を貫くため、政治に知恵をしぼり、子作りにはげむ殿様たちの苦労ぶりを描く。

いや、誰が”平成の司馬遼太郎”とか言っているのか……と。
『武士の家計簿』がとても面白い本だったので、ものすごく期待して読んだのですが、正直「それなりに面白いエピソード集だとは思うけど、まあ、一度読めば十分かな」という感じではありました。歴史に興味がない人にとっては取り上げられている人間たちの「人間的魅力」が乏しいような気がするし、歴史好きにとっては、そんなに意外なエピソードがないような印象でしたし。『蛇責め』の話はすごかったですけど、中国には『人豚』っていうのもあったからなあ……

 この大坂(夏の)陣で、利常は家康から、
 ――感状
 をもらった。戦功を賞した感謝状であり、、武家社会ではこれを持っていることが重大な意味をもつ。とくに豊臣恩顧の大名にとっては、徳川家のために命がけの「奉公」をつくした証拠書類となる。
「当家は大坂の陣に従い、家康公から感状を賜った家である」
 ということになれば、歴代の将軍はよほどの落度がない限り、その家を取り潰せない。感状とはそれほどの代物であった。神格化された祖先・家康公が戦場で誉めた家を潰すのは「不孝」の極致であり、歴代の将軍には、戦いで奉公した武士の子孫には末永く「御恩」をあたえる義務があった。鎌倉以来、この「御恩」と「奉公」の関係は、武家社会の絶対原則になっている。
 だから、このとき豊臣攻めに参加して、家康から感状をもらった家と、そうでない家とでは、同じ豊臣恩顧の大名でも、明暗がわかれた。事実、福島正則などは豊臣攻めからはずされて、感状がもらえず、見事に取り潰された。阿波(徳島県)の蜂須賀家などは面白い。蜂須賀も豊臣に取り立てられた大名だから、いつ徳川に潰されてもおかしくなかった。蜂須賀はそれを知っているので、大坂の陣のときに家康にもらった感状を、なんと「御感状」と大きく書いた箱をつくって入れ、それを大名行列のたびに見せびらかしながら、街道を持ち歩く、涙ぐましいストリート・パフォーマンスを幕末まで何百年も続けた。そのおかげか、蜂須賀は取り潰されずにすんだ。

 「個性的な大名のドラマ的な紹介」よりも、こういう「歴史の小道具」に関するエピソードこそが磯田さんの面目躍如、だと僕は思います。
『武士の家計簿』のような「新しい発見」はありませんが、まあ、歴史好きの人は読んでも損はしない、という歴史エッセイです。
 それにしても、関ヶ原の前に伏見城で「捨て石」になった鳥居家や内藤家が、その後も禄高は上がりつつも、九州や東北で「大外様大名に囲まれた最前線」に配されていたというエピソードには、「覇者の冷酷さ」を考えさせられました。普通、一度そんな目にあわせたら「子孫にはラクさせてやろう」と思いそうなものですが、覇者というのは、そこで「この家の者たちは、伏見城で喜んで『捨て駒』になってくれたから、今後も『捨て駒』として使おう」と考える人間でなければならないみたいです。

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