琥珀色の戯言

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【読書感想】生き方 ☆☆☆


生き方―人間として一番大切なこと

生き方―人間として一番大切なこと


Kindle版。こちらの方がだいぶ安かったので、僕はこちらで読みました。

生き方

生き方

内容紹介
多くの人が人生の指針を見失っているこの混迷の時代に打ち込む、「生き方」という一本の杭。私たちの人生を成功と栄光に導き、また人類に平和と幸福をもたらす王道とは何か? 京セラ・KDDIを創業した著者が贈る、渾身の人生哲学。

「京セラ」の創始者であり、JALの再生にも尽力されている稲盛和夫さん。
僕は以前、『ど真剣に生きる』という稲盛さんの著書を読んで、「すごい人だなあ」と圧倒されたんですよね。
正直、稲盛さんの言葉を読んでいると、「これは『道徳の時間』か?」という気分になりますし、稲盛さんのようには生きられない自分が(「生きようとしていない」とも言えるのでしょうけど)、情けなくもなってくるのです。
いやでもほんとうに、これだけ「正しいことを、本当に実行している人が直球で主張している本」というのは、ありそうでなかなか無いかもしれません。

 一般によく見受けられる考え方は、労働とは生活するための糧、報酬を得るための手段であり、なるべく労働時間は短く給料は多くをもらい、あとは自分の趣味や余暇に生きる。それが豊かな人生だというものです。そのような人生観をもっている人のなかには、労働をあたかも必要悪のように訴える人もいます。
 しかし働くということは人間にとって、もっと深遠かつ崇高で、大きな価値と意味をもった行為です。労働には、欲望に打ち勝ち、心を磨き、人間性をつくっていくという効果がある。単に生きる糧を得るという目的だけではなく、そのような副次的な機能があるのです。
 ですから、日々の仕事を精魂込めて一生懸命に行っていくことがもっとも大切で、それこそが、魂を磨き、心を高めるための尊い「修行」となるのです。

 
 うーむ、率直に言うと、「とはいえ、僕はそんなに仕事大好きには、できていないんだよなあ」という気分にはなるんですよ。
 でも、こういう人の生き方を否定することはできないし、これもまたひとつの「人生のかたち」なのだろうな、とも思うのです。
 最近の世の中、とくにネットなどでは、「そんなに働かなくてもいい」「低収入でも、自分や家族を大事にした生活を」なんていう話を、けっこうよく見ます。
 僕も、できればそうしたいけれど、「お金のためだと割り切って仕事をする」ことに、虚しさを感じてしまうこともあるんですよね。
 西原理恵子さんも、よく「自分でお金を稼いで自立して生きていくことの大切さ」を書かれています。


 「なるべく働かないで生きて行く方法」に耳を傾けるだけで、こういう「仕事中毒っぽい人の言葉」を、最初から「どうせ自分にはできないから」「ワーカホリックだ」と、まともに読むこともなくバカにするのは、それはそれで勿体ないような気がするんですよ。
 仕事だって、どうせやらなければならないのなら、「やりがい」があるほうが良いには決まっているのだから。


 いまの世の中って、頭が良い人が多くなりすぎて、やる前から「そんなの無理に決まっているだろ」と言われることが多すぎるんじゃないかと、最近思うのです。
 著者は、松下幸之助さんの講演を初めて聴いたときのことを、こんなふうに回想しています。
(当時の松下さんは「いまほど神格化されていなかった」そうです)

 そこで松下さんは有名なダム式経営の話をされた。ダムを持たない川というのは大雨が降れば大水が出て洪水を起こす一方、日照りが続けば枯れて水不足を生じてしまう。だからダムをつくって水をため、天候や環境に左右されることなく水量をつねに一定にコントロールする。それと同じように、経営も景気のよいときこそ景気の悪いときに備えて蓄えをしておく、そういう余裕のある経営をすべきだという話をされたのです。
 それを聞いて、何百人という中小の経営者が詰めかけた会場に不満の声がさざ波のように広がっていくのが、後方の席にいた私にはよくわかりました。
「何をいっているのか。その余裕がないからこそ、みんな毎日汗水たらして悪戦苦闘しているのではないか。余裕があったら、だれもこんな苦労はしない。われわれが聞きたいのは、どうしたらそのダムがつくれるのかということであって、ダムの大切さについていまさらあらためて念を押されても、どうにもならない」
 そんなつぶやきやささやきが、あちこちで交わされているのです、やがて講演が終わって質疑応答の時間になったとき、一人の男性が立ち、こう不満をぶつけました。
「ダム式経営ができれば、たしかに理想です。しかし現実にはそれができない。どうしたらそれができるのか、その方法を教えてくれないことには話にならないじゃないですか」
 これに対し、松下さんはその温和な顔に苦笑を浮かべて、しばらくだまっておられました。それからポツリと「そんな方法は私も知りませんのや。知りませんけれども、ダムをつくろうと思わんとあきまへんなあ」とつぶやかれたのです。今度は会場に失笑が広がりました。答えになったとも思えない松下さんの言葉に、ほとんどの人は失望したようでした。
 しかし私は失笑もしなければ失望もしませんでした。それどころか、体に電流が走るような大きな衝撃を受けて、なかば茫然と顔色を失っていました。松下さんのその言葉は、私にとても重要な真理をつきつけていると思えたからです。

 うーん、なるほど。
 「まず、できない理由を探してしまう」のではなく、「やるべきことをやろうと思う」ところからスタートする。
 というか、無理だ、と最初から決めてしまっては、絶対にできないですよね。
 でも、正直僕がこの講演会の会場にいたら、この一人の聴衆と同じように不満をぶつけていたよなあ、きっと。
 この話、稲盛さん経由で読むと、「まずはやろうと思わなければ、何もできないのだよなあ」と感心してしまうのですが、そこで「衝撃を受ける」人間であるというのは、やっぱりちょっと「他の人とは違う」のでしょうね。


 僕などは「因果応報」なんて言葉を聞くたびに、「それじゃあ、栄養失調で生まれてすぐに死んでしまう海外の赤ん坊や、自然災害に遭ってしまう人は、そんなに悪いことをしたのか?」と問い返したくなる人間です。
 この本を読んでいて、ツッコミを入れたくなるところもたくさんありました。
 あなたはそれでうまくいったから、良いのだろうけど……って。
 まあ、「素直」とは程遠いのです。
 それでも、こういう「クソ真面目に仕事をやり通して、大きな仕事を成し遂げた人」の話には、それなりの理があるし、学ぶべきところもあるのではないかと思います。
 みんなが真似できるようなものではないけれど、これが向いている人だっているだろうし、一部を取り入れることだってできるはず。
「働く」ことをやめられないのなら、イヤイヤやるよりは、そこに「やりがい」を見出したほうが人生そのものも楽しいに決まっていますし。
 「こういう精神論的なのは苦手」だからこそ、相手の考え方を知っておくべき、でもあるんですよね。

 京セラにもこれまで、優秀で利発な人間がたくさん入社してきましたが、そういう人に限って、この会社には将来がないと辞めていきました、したがって残ったのは、あまり気の利かない、平凡で、転職する才覚もない鈍な人材ということになる。しかし、その鈍な人材が十年後、二十年後には各部署の幹部となりリーダーとなっていく。そういう例もずいぶん見てきました。
 彼らのような平凡な人材を非凡に変えたものは何か。一つのことを飽きずに黙々と努める力、いわば今日一日を懸命に生きる力です。また、その一日を積み重ねていく継続の力です。すなわち継続が平凡を非凡に変えたのです。


(中略)


 ただし、継続が大切だといっても、それが「同じことをくり返す」ことであってはなりません。継続と反復は違います。昨日と同じことを漫然とくり返すのではなく、今日よりは明日、明日よりは明後日と、少しずつでいいから、かならず改良や改善を付け加えていくこと。そうした「創意工夫する心」が成功へ近づくスピードを加速させるのです。

 
 この本、「なんでこれが大ベストセラーになっているんだろう?」と思うくらい「当たり前のこと」ばかりが書いてあるんですよ。
 ところが、あらためて考えてみると、いま、「当たり前のことを当たり前に説教してくれる人」って、案外少ない。
 とりあえず、「こういう人が、いまの日本の経済界のトップのひとりなのだ」ということを知っておく意味でも、読んでみて損はしないと思います。
 上の世代の「生き方」を理解しようとする前に、勝手に自分の先入観に基づいて反発することは、誰のためにもならないだろうから。