琥珀色の戯言

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【読書感想】祈りの幕が下りる時 ☆☆☆☆

祈りの幕が下りる時

祈りの幕が下りる時

内容紹介
悲劇なんかじゃない これがわたしの人生
極限まで追いつめられた時、人は何を思うのか。夢見た舞台を実現させた女性演出家。彼女を訪ねた幼なじみが、数日後、遺体となって発見された。数々の人生が絡み合う謎に、捜査は混迷を極めるが――


ネットでも軒並み高評価の、加賀恭一郎シリーズ最新作。
湯川先生が留学してしまったいま、東野圭吾さんにとっては不動のエースを配し、書き下ろしで丁寧に綴られた良作です。
ただし、東野さんの「加賀恭一郎シリーズ」をまったく知らない人が、最初に読む一冊には向いていないというか、背景を知らずに読んでしまうには、ちょっともったいない作品でもあります。


これ、読んでいると、「これ『白夜行』っぽいな」とか「『容疑者Xの献身』のあれとちょっと似た設定だな」とか、いろいろセルフオマージュっぽい場面も出てきて、なんだかちょっとしんみりしてしまうところもあるんですよね。
もしかしたらこれは、加賀恭一郎シリーズの「集大成」的な気持ちもあるんじゃなかろうか、と。

「今、忙しいのか」
「まあな。たい焼きの売り上げが盗まれた事件とか、焼き鳥屋で酔っ払い同士が喧嘩して、挙げ句に店の看板をぶっ壊した事件とか、いろいろと抱えてるんだ。昼間に従弟と呑気にコーヒーを飲んでいる暇はない」
 淀みなく話す加賀の口元を、松宮は思わず見つめていた。すると、「どうかしたか」と加賀が訊いてきた。
「いや、本当にそんな事件を抱えているのかなと思って」
「本当だ。嘘をいって何になる」

これまで、ほのめかされてきた加賀恭一郎の母親のこと、そして、捜査一課を離れている理由なども明かされていきます。
さまざまな事件が背後でつながり、最後に一本の糸としてつながっていくところなど、さすが熟練の技だな、と。
それに親子愛ふりかけて、一丁上がり!


……これ、かなり良い作品だと思うんですよ。
人情ドラマとしても、ミステリとしても。
ただ、僕個人の見解としては「犯人の気持ちはわからなくもないし、犠牲者のなかには『死んでも自業自得だろうよ』と言いたくなる人もいるんだけど、偶然関わったばかりに死んでしまった人は、あまりにもかわいそうではないか」というのがあるんですよね。
作者が、「人間、そういうこともあるんだよ」と、感動で、犯人の自己中心性を隠そうとすればするほど、僕はその「犯人の迷惑行為」が気になってしまうのです。


あと、加賀恭一郎がずっと追っていたメモの意味が、わかってしまうと、なんか微妙というか、あんまり事件の本筋とも、加賀のプライベートとも関係なく、
「そういうことだったのか!」と驚くほどのものではなかったのも、ちょっと残念。
でも、前評判があまりに良すぎて、僕がハードルを上げ過ぎている面は確実にあります。
『容疑者X』以降の東野さんの作品としては、たしかに、ベスト3には入るのではないかと。


ちなみに、この作品の本質以外のところで、すごく気になったところがありました。
それは、本文が終わって最後のページを読み終えて、余韻にひたろうとしたときに、ページをめくるといきなり飛び込んできたこの文章。

 著者は本書の自炊代行業者によるデジタル化を認めておりません。

東野さんが電子書籍嫌いというか、電子化、とくに紙の本を痛める「自炊行為」に反対されているのは僕も知っています。
その主張を多くの人に知ってもらいたくて、あえて、多くの人の目に留まるであろう、ここに載せたのだということもわかります。
でも、これって、読んでいる側(僕)からすると、良い作品を読んで「フーッ」と溜息などついている、そんな充実した時間から、一気に現実に引き戻されるような感じなんですよ。


あえて喩えれば、感動的な大作映画を観終えた瞬間に、いきなり『映画泥棒』のCM(?)が始まってしまうような不躾さ。
あれも「欠席している人は、手を挙げて」みたいな理不尽さがあり、お金を払って観ている僕が、なんでこんな説教されなきゃいけないんだ……という感じですけど、まあ、上映前であれば、本編がはじまったら、切り換えることは可能です。
でも、この本は、本編終了直後にこれが書かれているため、せっかくの読後感が「なぜそこで著者がこの作品とは関係ない、自分の電子書籍に対するアピールをはじめてしまうんだ……」という疑問や不快感に、置き換わってしまったんですよ、僕の場合は。


僕は東野さんの主張に反対ではあります。
だって、個人的な感覚としては、紙の本と電子書籍で「感動」が大きく変わる気はしないし、電子書籍のほうが、身近なところにたくさんの本を置いておけるし。
しかしながら、東野さんがそれを主張することや、紙の本しか出さないことについては「個人のポリシーだから、しょうがない」と納得してはいます。
ただ、その主張をこういう形で読ませようとするのは、本を、作品を愛しているというのとは、極北の行為ではないかと思うのです。


本当に良い作品なのです。
最近の東野圭吾は、なんか粗製濫造って、感じだなあ、とお嘆きの諸氏、ぜひ読んでみてください。


せっかくの良作なのに、こんな細かい僕のこだわりを長々と書いてしまって、すみませんでした。

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