琥珀色の戯言

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【読書感想】トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか ☆☆☆☆


トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか (ヤマケイ文庫)

トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか (ヤマケイ文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
2009年7月16日、大雪山系トムラウシ山で18人のツアー登山者のうち8人が死亡するという夏山登山史上最悪の遭難事故が起きた。暴風雨に打たれ、力尽きて次々と倒れていく登山者、統制がとれず必死の下山を試みる登山者で、現場は修羅の様相を呈していた。1年の時を経て、同行ガイドの1人が初めて事故について証言。夏山でも発症する低体温症の恐怖が明らかにされ、世間を騒然とさせたトムラウシ山遭難の真相に迫る。

HONZ』で紹介されていたのを読んで購入。
ああ、この遭難事故のこと、なんとなく記憶にあるなあ、などと思いながら、読み始めました。
最近、妻がアウトドアとか山登りにハマっていて、ちゃんと「アウトドア講座」とかも受講しつつ息子と日帰りで山に登っているんですよね。
僕自身は、相変わらずインドア派で、なんで休みの日にネットもできないところに行かなければならないのだ……などとボヤキつつ、ときどき付き合って一緒に行く、という感じなんですけど。
僕は「人がなぜ山に登るのか?」って、この年齢までよくわからなかったんです。
景色はいいかもしれないけれど、身体はきついし、トイレも行きたいときに行けるわけじゃないし、ヘビとか熊に遭遇するかもしれないし、遭難するかもしれないし……
でも、実際に行ってみると、なんだか「程よい孤独感」と「自分の身体への信頼感」が少し回復するような気もするので、ハマる人の気持ちも、わからなくはないなあ、と。
ただ、仕事のことを考えると、携帯電話の電波が届かなかったり、病院から遠く離れてしまう場所にいることそのものに、けっこう不安もあるんですよね。
まあ、「基本的に、大好きにはなれない」のだろうな、と。


前置きが長くなりましたが、このトムラウシ山の遭難事故、ニュースで聞いたときには「真夏に遭難するのか……登っていたのは60歳代くらいの人が多かったし、山を甘くみすぎていて、ピクニック気分だったのでは……」などと勝手に想像していたのです。
「やっぱり山は怖いな」とも。
でも、事故を詳しく検証したこの本を読むと、このグループの装備が極端に軽装だったということもなく、当時のトムラウシ山の気候も、7月としては寒く、雨と強風がみられていたものの、この山では年に何度かはみられる程度の、それほど異常とはいえない天候だったそうです。

 東京都千代田区に本社を置くツアー登山の専門会社・アミューズトラベル株式会社(以下アミューズ社)のパンフレットに、その商品は次のように紹介されていた。

 北海道最高峰の旭岳から歩き始め、大スケールの景観が広がる縦走路を「遥かなる山」トムラウシ山へ、無人小屋に泊まりながら縦走します。縦走ならではの魅力が凝縮された例年満席の大人気コースです。お申し込みはお早めに!

 期日は2009年7月13日(月)から17日(金)までの四泊五日で、料金は15万2000円。「魅力の大縦走 大雪山系縦断の満喫コース」と銘打たれたこのツアー登山に、最終的に15人のツアー客が参加した。
 大雪山系の旭岳からトムラウシ山へと縦走するプランは、ツアー登山を扱う会社にとって、募集すればすぐに定員一杯となってしまう人気商品だという、その一方で、避難小屋を利用する長丁場のコースであることから、旅程および安全管理が難しく、またコストや人員配備の問題もあり、やむなく商品化を中止したり、日程やコースを変えるなど工夫して催行しているツアー会社もある。


この本を読んでいると、このツアーに参加していた人たちは、みんなそれなりに登山の経験があったようです。
もちろん、ヒマラヤの8000m級の高山に登るような「山のエキスパート」ではないのですが、「日本百名山」を休みの日には巡っているような人たちばかりです。
このトムラウシ山のツアーも、天候が良ければ、彼らの数多くの山での経験のうちのひとつ、でしかなかったはず。
むしろ、3人のガイドたちが、このトムラウシ山にあまり詳しいとはいえず、参加者のスキルをあまり把握できておらず、意思の疎通もとれていなかったことが大きかったようです。
そして、出発時から天候が悪かったにもかかわらず(天候は回復する、と予想していたらしいのですが)、山小屋に留まらず、出発してしまったことが、最大の失敗だったと著者のひとりは指摘しています。


これだけの大きな犠牲が出てしまった理由には、身体が濡れてしまったことや、防寒対策、栄養摂取不足、低体温症への知識不足などが原因としてあげられていますが、やはり、いちばんの問題は「なぜ、悪天候にもかかわらず、出発してしまったのか」なんですよね。
一日、たった一日、天候が回復するまで山小屋で待っていれば、こんな形で、命を落とさずに済んだのに……
結末を知っている僕は、そう思わずにはいられないのですが、生還することができた参加者たちは、こう語っています。

 いずれにしても、悪天候のなかを出発するべきか停滞したほうがいいのかについて、参加者の見解は必ずしも一致していない。
「今回でトムラウシは二度目だったので、上の吹きさらしになるところはよく知っている。ヒサゴ沼避難小屋の建っている窪地でそうとう風が吹いていたのだから、上はもっと凄いだろうということは容易に想像できた。前の晩の状況から考えたら、出発すること自体に無理があると感じた。いちばん望ましいのは、出発しないことだと思う。もしガイドから参加者に対して『どうしましょうか』という問いかけがあったら、おそらくスタートするのは難しかったのではないだろうか」(寺井)
「こんな日には行きたくないなあと思っていたけど、ガイドさんたちが相談して『行く』と決めたのだから行くしかない。もしヒサゴ沼避難小屋で一日停滞していたら、ほんとに快適なトムラウシ登山が楽しめたと思う。でも、自分は一日ずらしてほしいと思っても、ほかの人の予定を考えたら、そんなに簡単にずらせるものではないのだろう」(平戸)
「私の場合、どの山に行ったときでも天気の悪い日の朝は『行きたくないなあ。でもみんなが行くんだから行こう』と思ってしまう。今回も同じ。『あ、行くんだ。しょうがないなあ』と思った。逆に停滞して行程が一日ずれたとしても、それはそれで『しょうがないなあ』と思っていただろう。ただ、もしあのとき『予定どおり帰りたいですか』と聞かれたら、私は『帰りたい』と言っていたと思う」(星野)
 だが、自分たちの不安や要望を誰も口に出してはいない。
 五時半の出発間近になって、西原ガイドが参加者にこう伝えた(トイレに行くなどして話を聞いていなかった参加者も何人かいる)。
「今回の僕たちの仕事は、皆さんを無事に下ろすことです。なのでトムラウシ山には登らず迂回ルートを通るので、了承しておいてください」

 ガイドも含めてみんな、「これは危ないのではないか」と思っていたのです。
 でも、結果的に「止めること」を決断できないまま出発してしまい、引き返そうと思ったときには、もう、引き返せないところにまで来てしまっていた。
 こういうのって、ありますよね……このツアーだけが「異常」だったわけじゃない。
 旅行だと「予定どおりに帰らないと、用事がある」という人だっていますし、同じようにリスクを受け入れて出発しても、途中で天候が回復したり、無事に到着できたりすることもあります。
 というか、多少無理をしても、結果的には何も起きないことのほうがはるかに多いはず。
 引き返したり、延期したりしたら、雇われガイドとしては会社からの評価が下がったり、ツアー客からのクレームが来たりすることもある。
「行けたんじゃないか?」って。
 

「無理をしない勇気」って、本当に大事なのだけれど、いざというときにそれを口に出すのは、けっこう難しい。
 とりかえしがつかなくなってから、後悔しても遅いのに。


 登山をする人は知っておくべき、「低体温症」についての知識が、この本では紹介されています。

 登山中の低体温症は、濡れ、低温、強風などを防ぐことが不十分の場合、行動してから5〜6時間で発症し、早ければ2時間で死亡する、とJ.A.ウィルカースンが述べている。
 低体温の症状が発症し、震えがくる34度の段階でなんらかの回復措置をとらないと、この症状は進行して死に至る。条件によっては、体温低下が急激に進行するために時間的な猶予はない。
 34度の段階で震えが激しくなったことには、すでに脳における酸素不足で判断能力が鈍くなっている。そのため本人または周囲の仲間に低体温症の知識がなければ、何が起こっているのかわからないままにその回復を遅らせてしまうことになる。
 したがって、この34度の症状がポイントとなる。

 しかし、この本で、実際に遭難してしまった人たちの生々しい体験談を読んでいくと、現場では、一緒に行動している人も同じように低体温症を発症していることが多いのです。
 自らも危険な状態なのに、他の人に対して最適な対応をしていくのは難しいですよね。


 この本を読んでいて、僕がいちばん驚いたのは、生還した人たちの「その後」でした。

 もっとも、「自分が行きたい山へのツアーがあれば、これからもアミューズ社を利用する」と寺井は言う。平戸も、「地方には東京のようにツアー会社がたくさんあるわけではなく、選択肢が少ない。かといってひとりで未知の山に行くのは不安だから、自分の目的と都合に合えば、今後アミューズのツアーに参加することもあると思う」と言っていた。事故直後からマスコミやインターネットを通じてアミューズ社とガイドへの批判を繰り広げていた久保は別にして、清水も里見も星野も、事故後もアミューズ社のツアーを利用し続けている。
 多数の死者を出す大量遭難事故の当事者になりながら、その後も事故を起こした会社のツアー登山に参加し続けるのはどうしてなのだろう?
アミューズ社に対してはなにも思わない。天気がよければ、なにも起こらなかった。だからアミューズ社の責任でもガイドさんの責任でもないと思う」(里見)
「信頼の置けるガイドだったけど、たまたま多数の悪条件が重なり事故が起きた。そのことについて、素人の私が『ガイドが悪い』『あれが悪い』『これが悪い』と言える立場ではない。それよりも、トラブルを最小限に抑えるには、ツアー客一人ひとりがしっかりしろということ」(清水)

 生還した人たちのほとんどが、また、山に登っているのです。
 というか、登り続けている。しかも、同じツアー会社を利用している人もいる。
 僕だったら、もし山でそんな目に遭ったら、もう二度と登らないと思います。
 一度山の魅力にとらわれてしまうと、遭難を経験しても、やめられなくなってしまうのですね……
 いや、僕は正直、これを読んで、「正気か?」と思ってしまいました。
 車の運転とかなら、イヤでもやらないと生きていけないという事情もあるでしょう。
 でも、「登山」は、自分からやろうとしなければ、たぶん、一生やらなくても困らないだろうに。


 とりあえず、「登山が趣味」という人は、一度は読んでおいたほうが良い本だと思います。
 一枚多く防寒着を着ていたかどうか? 一個飴を食べていたかどうか?
 そんな些細なことが、生死を分けることもあるのが、山という場所だから。