琥珀色の戯言

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【読書感想】鋼のメンタル ☆☆☆

鋼のメンタル (新潮新書)

鋼のメンタル (新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)
他人の目が気になってしかたがない、悪口に落ち込む、すぐにクヨクヨする、後悔を引きずる、人前であがってしまう…そんな悩みを抱える人は多いでしょう。でも大丈夫。考え方ひとつで、誰でも「精神の強さ」は鍛えられるのです。マスコミ、ネットで激しいバッシングを受けても、へこたれず我が道を行く「鋼のメンタル」は、どのように形成されたのか。著者初の人生論にして、即効性抜群の実践的メンタルコントロール術!


 あの百田尚樹さんによる「打たれ強くなるためのヒント」。

「私は生まれつきメンタルが弱くて——」
 と言う人がよくいます。これは大きな勘違いです。メンタルというのは実は鍛えられるものなのです。
「百田さんはどうしていつも炎上するようなことを言うのですか?」
 これは私がいつも人から訊かれることですが、私にとっては言いたいことを我慢するストレスよりも、言って叩かれるストレスのほうが楽だからです。


 この新書を読んでいて感じるのは、「メンタルの強さ」というのは、先天的な才能と後天的な努力を足したものなのだな、ということでした。
 鍛えられなくはないのだけれど(スポーツ選手は「メンタルトレーニング」を重視していますし)、スタート地点は、人によってかなり違いそうです。
 百田さんは、もともと「炎上耐性」みたいなものが強そうというか、「炎上を恐れて言葉を慎むよりは、炎上しても言いたいことを言ったほうが精神的に落ち着く」と仰っています。
 要するに、「メンタルを鍛える」というよりは、「自分にとってラクなこと、心地よいことを優先している」だけのことなんですよね。
 僕のように、他人の顔色が気になるのだけれど、言いたいことを言えないことにもストレスを感じてしまい、どっちに転んでもなんだかスッキリしない、という人間が、いちばんタチが悪いのかもしれません。

 私はちょっと変わったタイプかもしれませんが、仕事や会社を失うことを恐れるあまり、言いたいことも言えずにびくびくして生きている人たちを見ていると、そんな人生でいいのかなあと思います。
 私は何もクビを懸けてものを言えと言っているのではありません。たとえば会社の中で、言いたいことを言ったとしても、その最悪の状態が、せいぜい「クビ」ということを言いたかっただけです。実際には、発言くらいでクビになるようなことはまずありません。「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」です。

 百田さんがこうして書かれていることは、いちいちもっともで、「クビになるとか周囲から嫌われるくらいなら、自分が言いたいことを我慢しているほうがラク」だという人が世の中には多い、というだけのことのような気もします。
 あるいは、そこまでして言いたいことなんて、実は存在しないだけなのかもしれません。


 ただ、この新書には、けっこう参考になるエピソードも含まれてはいるんですよね。
 気の持ちよう、というか、「人間はこういうふうに考えがちだ」というのが、百田さんが接した人の話から浮き彫りにされているのです。
 人間は誰しも失敗することがあるのですが、本当に大事なのは、ひとつ失敗したあと、なのです。

 知り合いの囲碁のプロに聞いたのですが、失着(形勢が不利になるような握手)を打つと、しばらく後悔ばかりするそうです。ちなみに彼はタイトルとは無縁の棋士です。
「後悔ばかりしてたら、持ち時間が少なくなっちゃうじゃないですか」
 と私が訊くと、彼は苦笑しながら言いました。
「そうなんだよ。わかってるんだけど、なんであんな手を打っちゃったんだろうと、くよくよしてしまうんだよ」
「それで、どこかで吹っ切れて打つわけですか」
「それが出来ればいいんだけど、その失着の手を何とか失着でなくする手はないかと、必死で考えるんだよ。僕らはこれを、前に打った手の顔を立てる、と言うんだけど」
 それはよく聞く話でした。プロ棋士は自分の打った手を無意味な手にしたくないので失敗したと思っても、何とかしてその手を働かせようとするのです。
「それでうまくいくことはありますか」
 私が訊くと、その棋士は苦笑いしながら言いました。
「いや、うまくいくことはまずない。後で考えれば、失着は失着と諦めて、その手はなかったものとして打てばよかったということの方が圧倒的に多い」
 彼はそう言った後で、興味深いことを言いました。
「でも、タイトルを獲るような棋士は切り替えが早い。失着を打ったことに気付くと、それは忘れて、現在の局面でベストの手を見出そうとする。それまでのストーリーを忘れて、そこから新しいストーリーを考えていくというのかな」
 私はなるほどと思いました。逆に言えば、そういう切り替えがすぱっとできる棋士だからこそ、タイトルを獲れるのかもしれないなと思いました。


 勝負強い人だって、負けることはある。
 でも、負けた理由を反省し、対策はとっても、「なんであんなミスをしてしまったのだろう……」とクヨクヨする時間は無いか、とても短い。
 切り替えの早さ、というのが大事なんですね。

 実は私は本当に悩んだことはありません。もちろん人間ですから、苦悩や葛藤はそれなりにあります。でも、先ほども書いたように、叫び出したいほどの苦しみや、いっそ死んだほうが楽になるかもと思うような絶望は一度も経験したことがありません。これは自慢しているわけではありません。60歳に至る今日までそんな体験がなかった幸運に感謝しています。
 ただ、私は普通の人に比べて、もしかしたら苦しみに対する耐性が少しだけ強いかもしれません。もしそうだとしたら、思い当たる理由があります。
 今まで誰にも語ったことがないのですが、16歳の時にヴィクトール・フランクルの『夜と霧』(みすず書房)を読んだことがそれかもしれないと思います。


 『夜と霧』は、たしかに、人生に影響を与えるような本だと思います。
 僕も読んだことはありますし、いろいろと考えさせられましたが、僕自身にとっては、自分が人生で体験してきたさまざまな悲しいことに比べれば、やはり「伝聞」ではあるのです。
 百田さんは幸運だったから、そんなつらい目にあわなかったのか、それとも、ストレス耐性が強いので、僕だったら落ち込み、世界を恨んでしまうようなことでも、そんなにダメージを受けなかったのか。
 どちらかというと、後者のような気がするんですよ。
 結局のところ、「百田さんと僕は違う人間なのだよな」と、つい考えてしまうのです。

 橋下(徹)氏との食事中、この本のテーマを思い出し、彼に質問しました。
「マスコミやネットの凄まじいバッシングがあるとわかっているのに、なぜ発言をオブラートに包まずに言い続けるのですか」
 すると橋下氏は笑いながらこう答えました。
木星から望遠鏡で地球を眺めてみたら、僕の言ってることなんか、全然どうってことないでしょう」
 この答えには私も思わず笑ってしまいました。たしかに太陽系レベルで見れば、地球の中の小さな列島に住む一人の人間のセリフなどどうってことはありませんこれは非常に面白い考え方です。ただ、そこまで言ってしまえば、人の生死さえもたいしたことではなくなってしまいます。あまりにも飛躍した発想です。
 それで、「地球レベルで考えるとしたら、どうですか」と訊き直しました。
 すると橋下氏はこう答えました。
「周囲を気にして言いたいことを言えない人は、もしかして、自分を特別な人間だと考えているんじゃないでしょうか」
 この答えには意表を衝かれました。橋下氏は続けてこう言いました。
「自分なんか所詮たいしたことのない人間だと割り切れば、何を言ってもどうってことないと思えるはずですよ」


 この橋下さんの話を読むと、「地球レベル」の話はさておき、他人が気になるのは、自意識過剰だからじゃないか、と思い当たる節があるのです。
 客観的には「自分は特別な人間じゃない」とは思うのだけれど、自分自身にとっては、やはり「特別な人間」でもあるわけで。
 そもそも、橋下さんは、「自分は特別な人間じゃない」と本当に思っているのだろうか……


 「鋼のメンタルを身につけるための本」というよりは、「鋼のメンタルを持つ人の生態を観察するための本」なんですよねこれ。
 それはそれで、僕のような「豆腐メンタル」の人間にとっては、興味深いところはあるのですけど。