琥珀色の戯言

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【読書感想】セッター思考 人と人をつなぐ技術を磨く ☆☆☆


セッター思考 (PHP新書)

セッター思考 (PHP新書)


Kindle版もあります。

内容紹介
オリンピックに3大会連続で出場し、2012年のロンドン五輪では銅メダルを獲得した、元・全日本女子バレーボール代表キャプテンの竹下佳江氏が語る、仕事と人生の成功法則――。13年の現役引退後、ゲームの解説や子供たちの指導など、バレーの魅力を選手時代とは異なる形で伝える仕事に取り組むなか、竹下氏は、周りを支える喜びを自分の喜びに変える「セッター思考」の重要性に改めて気づいたという。そんな“人と人をつなぐ技術”は、きっと会社でも役立つし、友人とのつき合いや家庭でも使えるはず……。そこで、「セッター思考」はどうやって磨けばいいのか、「火の鳥NIPPON」の一員として世界を相手に闘ってきた経験をベースに、あらためて考え直したのが本書だ。全員がアタッカー型やリベロ型では、チームは決してうまくいかない。いまの時代、セッター思考こそ一人ひとりを輝かせ、チームを、組織を、そして日本を元気にする可能性を秘めているのである。


 そうか、「セッター思考」か……
 僕自身も「アタッカータイプ」ではないので、この竹下選手の話、興味深く読みました。
 「セッター思考」って、なんとなく、「調停役」で、「まあまあ」って言っていれば良いんじゃないか、という僕の思い込みは、竹下選手のすさまじい練習や試合に望む「覚悟」の前に、打ち砕かれていったのです。
 

「セッターに求められるものは何ですか?」
 時折、そんな質問を受けます。
 私はいつも、「コミュニケーション力」と答えています。もちろん正確なトスワーク、緻密な分析力、相手のチームの動きを見抜く観察力も大切ではありますが、どれも一番ではないと思います。
 セッターには「自分が、自分が」というタイプの人はあまり向いていません。人のために尽くせる、黒子に徹することができる人のほうが向いています。
 コミュニケーション力といっても、試合の途中に話をしたり、「いままでやってきたことを信じて、頑張ろうよ!」とみんなに声をかけて励ましているわけではありません。大事なのは、試合のコートに立つまでにいかに信頼関係を築いておくか、なのです。それができなければ、試合でもいいプレーはできないでしょう。
 セッターとアタッカーは、よく「息の合ったコンビ」といわれますが、それはやはり地道な練習と普段のコミュニケーションがあるから。いつも会話をしながら、「こういう場面ではこういうトスを上げるから」と、考え方をピッタリと合わせていくのです。


 これを読むと、みんな国際試合のような「表舞台」にばかり目がいきがちだけれど、本当に大切なのは、それまでの日常であり、準備期間だということがよくわかります。
 日頃からコミュニケーションをとっていなければ、いくら試合のときにリーダーシップを発揮しようとしても、誰もついてはこないのです。


 竹下さんは、バレーボールの世界で頂点を極めた人なのですが、キャプテンとして「女性の集団をどう扱っていくか」には、頭を悩ませていたそうです。
 いや、男と女の集団って、そんなに違うものなのだろうか?と「女だけの世界」に親しみがない僕などは考えてしまうのですが、けっこうサラッと「やっぱり違うのものだ」という話をされています。

”いい群れ”をつくるために、私がしていた方法をお伝えしましょう。
 全日本女子には、十代から三十代までの選手が集まります。私がチームで最年長だったときは、まず世代ごとに中心になってもらう選手を決めました。
 私と同世代にはもちろん私から、中堅の世代にはミドルブロッカー大友愛(ユウ)から、それより下の世代にはウィングスパイカー木村沙織(サオリ)から話をしてもらうようにしました。監督やコーチから何か指示があったとき、私が全員を集めて伝えるのではなく、ユウやサオリから世代ごとに伝えてもらっていたのです。
 つまり、女性の群れを把握するということですね。
 女性は、大きな集団のなかに小さな群れをつくりたがります。その小さな群れの中心になっているのは誰かを見極め、サブリーダー的なポジションを任せるのです。
 好きな人とそうでない人に同じことを指示されたら、女性は男性以上に、間違いなく好きな人のほうに従います。


 そういうものなのか……
 僕の感覚でいうと、こんなふうに分けると「世代間の断絶」を促進してしまいそうだと思うのですが、実際にこれでチームをまとめ、ロンドンオリンピックでは銅メダルを獲得した竹下さんの実体験に基づくアドバイスなんですよね、これは。
 

 この新書を読んでいると、竹下さんのバレーボール人生が、波瀾万丈だったというか、これだけの実績を残した選手なのに、こんなに苦労してきたのか、と驚かされます。
 とにかく「背が低い」ということでなかなか実業団からも誘いがかからず、アテネ五輪のときには、日本バレーボール協会から、「この三人は使うな」と当時の柳本監督が言われたうちのひとりに入っていたそうです。
 たしかに、「高さ」が大事なスポーツではあるとしても、実際のプレーを見て評価しているのだろうか。
 セッターというのは、ひとつのチームにそんなに大勢必要ではない、ということもあります。
 そんななか、159cmの身長で、竹下さんは、日本代表として活躍し、チームをまとめてきたのです。


 シドニー五輪の最終予選で、日本はオリンピック出場を逃してしまいます。
 かつて「東洋の魔女」の活躍で「日本のお家芸」といわれたバレーボールですが、当時は凋落が激しく、けっして相手関係もラクではありませんでした。
 しかも、竹下さんは、この最終予選の3カ月前に、ようやく召集されていたのです。

「戦犯」とはよくいったものだな、と思います。私は本当に「犯罪者」扱いでした。
 大会が終わるとすぐに、最終予選敗退の原因探しが始まりました。
「小さなセッターを使うから、オリンピックに出られなかったんだ」
 バレーボール関係者からも、メディアからもファンからも、いっせいに非難を浴びました。それまで親しかった人までもが手のひらを返して、私を非難する。もう誰も信じられなくなりました。他人の視線が怖くて外にも出られなくなり、私は家の中にしばらく引きこもっていました。
 言葉は悪いですが、人を殺めてしまった犯罪者のような気持ちになりました。誤って罪を犯してしまった人はこんな気持ちになるのか、とまで思ったのです。
 自分が責められるだけではなく、葛和監督までが私を選んだという理由で責められている姿をみるのは、耐えられませんでした。ほかの選手たちは「召集されてから三ヵ月しか経ってないんだから、責任はない」と思ってくれていたようですが、私は自分を許せませんでした。


 勝てば「英雄」なのかもしれないけれど。
 世の中の人々の「アイツのせいで負けた」という声は、ここまで選手に届き、ダメージを与えているのかと、心苦しくなりました。
 言うほうは、試合に負けて何日か経てば、口汚く罵ったことなど忘れてしまっているのに。
 これを読んでいると、「普段親しかった人」までもが竹下さんから距離を置いたというのがショックだったようで、オリンピックというのは、そこまで人を残酷にさせるものなのか、と考えずにはいられません。
 たぶん、今年のリオデジャネイロ五輪でも、同じことが繰り返されるのだろうな……


 もう、バレーボールの世界には自分の居場所はない、と思いつめた竹下さんは、24歳のとき、一度「引退」してしまうのです。
 周囲の人からの「あなたが必要だ」という熱い気持ちと竹下さん自身のバレーボールへの愛着もあって、結局、復帰することになったのですが。

 いかにアタッカーが気持ちよくスパイクを打てるポイントにトスを上げるか、しかも、アタッカーが打つ瞬間にアタックポイントを選べるように、いかに複数のポイントを見つけ、それらに合わせた的確なトスを上げられるかが、セッターとしての生命線だと思って、私はやってきました。
 そのためには、アタッカーの位置とスパイクに行く前の助走をつねに視界に捉えていないといけません。状況把握ですね。助走への入り方やジャンプするタイミングは、選手によってそれぞれです。同じコースにスパイクするときでも、一回一回入り方や踏み出すタイミングが違う選手もいます。それをゲームが動いているなか、瞬時に判断し、そのときどきに合わせたトスを上げていました。
 こうやって言葉にするとなんだか難しく、とても特殊なことをしているように思われるかもしれませんが、日ごろの練習や生活のなかで一人ひとりの性格や考え方、好みなどを把握していくと、次第にポイントがわかってくるものです。 
 たとえば合宿で一緒に食事をしながら相手のことをみたり、部屋の荷物をどんなふうに片づけているかを目にしたりすると、人となりの一端がわかることがあります。


 試合中、練習中どころか、普段での生活まで、しっかり観察して、竹下さんは、トスを上げる相手のことを考えているのです。
 ここまでやっていたからこそ、世界で通用していたんですね。
 バレーボール選手というのは、みんなこうなのだろうか。

 
 第5章には「セッター思考」を磨く七つの習慣、なども紹介されていて、「調整型のリーダー」を目指す人にとっては、参考になるところが多いのではないかと。
 いざというときだけ本気を出す、ではダメなんだということが、本当によくわかります。

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