琥珀色の戯言

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【読書感想】地域再生の失敗学 ☆☆☆☆


地域再生の失敗学 (光文社新書)

地域再生の失敗学 (光文社新書)


Kindle版もあります。

地域再生の失敗学 (光文社新書)

地域再生の失敗学 (光文社新書)

内容紹介
●「人口減」前提のプランを立てよ
ゆるキャラB級グルメは無駄
●「活性化か消滅か」ではない選択肢を
●ここにしかない魅力を徹底的に磨け!
気鋭の経済学者が、一線級の研究者、事業家、政治家たちと徹底議論し、今本当に必要な「正しい考え方」を示す


地域再生の歴史は、失敗の歴史だったと言っても過言ではない。しかし今、その地域再生の成否に、日本の未来がかかっている。これまでの試みが失敗してきたのはなぜか。本当に必要とされているものは何か。本書では、人口減少を前提とした地域の再編成と、そこにしかない強みを武器にした真の再生のための条件を探る。幅広い知見に基づく発言で人気の経済学者が、今注目する最先端の研究者、事業家、政治家たちと徹底議論。毒まんじゅうのように地域を衰弱させる口当たりのいい政策にだまされないための「正しい考え方」と、地方がこれからとるべき選択のヒントを示す。


 僕は地方都市在住で、いわゆる「シャッター商店街」を目の当たりにすると、ちょっと寂しい気持ちにはなるんですよね。ああ、ここで商売をしている人たちは、お客さんが来なくてつらい生活をおくっているのだろうな、とか、あれこれ想像して。
 世の中には「地域再生の成功例」として採りあげられている事例も少なからずあり、それを読むと「なぜみんな同じことができないのだろう?」とか考えてしまうのです。
 まあ、この新書も、郊外のショッピングモールの紀伊國屋で買ったんですけどね。


 この本では、痛快なくらいキッチリと「地域再生の失敗例」が紹介されています。
 そもそも「成功例」と言われているものでも、かなり「底上げ」して宣伝されている場合もあるようです。
 あの「くまモン」の経済効果は、日本銀行熊本支店の試算では、2011年11月〜2013年10月までの2年間で、1244億円とされているそうなのですが、中心市街地活性化が専門の木下斉さんは、こんな疑問を呈しています。

 この試算の中身を見ると、昔からあった地元名産の焼酎とかお菓子に軒並みくまモンがつけられていて、それらの売り上げを積み上げて、さらに産業連関で計算して「経済効果」となってしまいます。プラスされた経済の数字ではなく、あくまで積算なんですよね。つまり、本当の純増分はまったくわからない。だからこそ、経済効果という怪しい表現に逃げてしまう。


 「経済効果」って、「純増分」じゃないのか……
 僕はこれを読んで、そのことをはじめて知りました。
 もちろん、くまモンのおかげで売り上げが伸びた、という商品もあるのでしょうけど、「くまモンに関係なく売れた」というものも、たくさん含まれているんですね。
 今回の震災における、シンボルとしての活躍をみていると、くまモンの存在意義は、経済効果だけでは、はかれないところはあるのだとは思いますが。

木下斉:地元の人とも話していると、くまモン九州新幹線開通を機に生まれたらしいんですよね。関西圏から熊本に人を呼ぶためにどうすればいいかという政策議論の中で、なぜかゆるキャラをつくることになったわけですよね。


飯田泰之たとえばお祝い事があったから、キャラクターをつくるという「消費」をしてみましょうという話ならわからなくもない。しかし、これを「投資」と考えているのなら、大きな問題です。くまモンに会うために新幹線に乗って熊本に行く人がどれだけいるのでしょうか。
 小規模な町村のゆるキャラがここまで有名になったならば、知名度の向上という意味を持たせることも可能です。しかし、そもそも「熊本県を知らない人」なんてどれだけいるのでしょう。ある意味では成功を収めたくまモンでさえ、大いに儲かったとはいいがたい。その他のゆるキャラは推して知るべしです。


木下:使ったお金に対してどんなリターンがあるかという発想が乏しい。昨今のB級グルメも同じですね。B級グルメの巨大イベントを開くと、確かに何十万人と来場者があります。しかし、そのためには設営や管理、警備に莫大な運営費用がかかりますが、焼きそばやホルモン関連商品はせいぜい500〜600円です。しかも各地域から集められるものだからそれぞれの商品は大量生産できるわけじゃなく、それぞれ数百食売れたら終了。初期の小規模でやっていた頃はまだしも、これだけ広域から人が来るイベントとしては、もはや儲かる構造ではないんです。参加地域においても、当地のB級グルメが有名になって、多くの観光客が訪れて、地元関係者が稼ぐというところまで頑張っているところもありました。しかしながら、最近では完全にグランプリに勝つことが目的化した地域PRになってしまっているところも多く、持ち出しばかりになっていますね。


 B級グルメのイベントには、僕も何度か足を運んだことがあるのですが、値段はけっして安くはないし、人気店は大行列で長時間並ばなければならず、すぐに売り切れるし、ものすごく美味しい、というわけもないし、というのが率直な印象です。
 あんなに人を集めても儲からない構造なのか……

木下:政府の「まち・ひと・しごと創生本部」でも、地域経済分析システムをウェブ上で公開して、個別の企業名までわかる形で産業連関を見られるようになっています。データをもとにして戦略を立てようという話にはなっているのですが、最悪なシナリオは「中核企業の支援をしましょう」となることですね。


飯田:それ、ものすごくありがちだなあ(笑)。


木下:「この企業は地域の取引の要だけど、業績が落ちている。だからいっぱい補助金を入れて設備投資支援しよう」なんてなってしまったら、補助金紐付きの生産ラインが新設されかねない。完全な過剰投資であって、長い目で見れば企業にとっても金食い虫体質になる恐れが生じてしまいます。でも、「地域を代表する企業と自治体がパートナーシップを強化した」といえば、非常に聞こえはいいし、政治的にもオーソライズしやすい。こういったシナリオが僕には一番怖いんです。かつて農業、林業、漁業がこのような形で支援依存になり、そして商業もそうなり、工業ももはやそのようになりつつあります。


飯田:必要なのは「支援」ではない。仕事をしたい人が仕事をできるようにするのがもっとも簡単で成果も出やすい。

 「わかりやすい支援」というのは、かえって、ランニングコストが増えて赤字体質を悪化させてしまうことも少なくないのです。あるいは「補助金依存」になってしまう。


 編者の飯田泰之さんは、「地域再生」のさまざまなジャンルの専門家と、現在の問題点と今後どうすれば良いのかについて、意見を交換しています。
 僕は「限界集落」という言葉は知っていても、「シャッター商店街って、寂しいね」で思考停止してしまうくらいの素人なのですが、それぞれの専門家が自分の分野について、簡単にレクチャーしたあとにホストの飯田さんと対談していく、という形式なので、内容も理解しやすくなっていました。
 「集団移住」なんて話が出てくると、理屈としてはわかるけど、実際にそんなことは可能なのだろうか?」って考えてしまうのですが、一昔前の日本では、そういうやり方がけっこう行われていたのです。
 コミュニティを維持しながら、少し便利な街のほうにみんなで移住する、というのは、実行した人の満足度はけっこう高くて、「自分の家があるところ、先祖代々の土地にこだわりたい」というのは、都会に住んでいる人が「田舎の集落に住む人」はそういうものだ、と勝手に決めつけているだけなのかもしれません。
 また、「さびれた商店街」についても、「それでも、店を開けておいたほうが更地にするより固定資産税は安くなるし、昔から店をやっている人には家賃収入などもあり、食べるのに困っていないことが多い」という話もされています。
 たしかに、「お客さんがいるのを観たことがないのに、長年営業している店」は、メリットのほうが大きいからそうしているはずなんですよね。
 商店街の改革が進まないのは、本当に困っている人が少ないからなのかもしれません。


 東洋大学経済学部教授の川崎一泰さんとの対談では、こんな話が出てきます。

川崎:丸亀町商店街も長浜もそうなのですが、結局は「人」がいるかいないかだとはいわれますね。強力なリーダーシップと問題意識を持った人が現れて、みんなと話をして説得する。でもそれが難しく、やはり骨の折れる仕事です。


飯田:そうですよね。さらにどこかに成功例があったりすると、全国から視察に来て、市で主導してコピーをしようとする。


川崎:成功している商店街にはアーケードがあるからといって、まず屋根からつくってしまったりします(笑)。


飯田:自治体主導のまちづくりは典型的な「楽しくないまち」を生み出しがちです。既存の商店をすべて残して、年に数百万円の維持費がかかるアーケードをつけたところで、面白い商店街になるはずがないですね。


川崎:民間のショッピングモールでは売れない店はすぐに替えられてしまうけれど、商店街は入れ替わらないからますます衰退してしまう。

 こういう「真似をするつもりで、まず、アーケードをつくってしまう」っていうようなこと、ありますよね。「地域再生」に限らず、「それが重要なわけじゃないのに……」って他人事ならわかるのだけれど、自分のこととなると、けっこう、そういうことをやりがちなのだよなあ。


 この「人口動態」とか「地域再生」の問題というのは、そこに住む人間の感情が絡んでくるので、一筋縄ではいかないんですよね。
 『シムシティ』のように怪獣が襲ってくることはないけれど、住民は市長の言いなりにもなってはくれない。

 千葉市熊谷俊人市長は、こう仰っています。

 人口減少下で役割分担して、生活をする都市、観光をしに行く都市と分かれていくのが理想ですよね。そうあるべきだと思います。
 一方で、居住権や財産権も尊重しなければなりません。ある市の首長さんがおっしゃっていたのは、市のはずれにおばあちゃん一人しか住んでいない公営住宅があって、できればそこは畳んでしまいたいのだけれど、他の公営住宅に移ってもらおうとしても「ずっとここにいたから」と移ってくれない。おばあちゃん一人のために上下水道からボイラー、修繕まですべて維持しなければいけなくなってしまいますが、これを強制移住させることは日本だけでなく世界中どこでも基本的に許されないことです。そのジレンマは常にあり、おそらく国民感情もおばあちゃんを支持するでしょう。人口減少下の行政は、常にこのジレンマにぶち当たることになると思います。


 これから人口がどんどん減っていく日本という国では、こういうことがどんどん起こっていくはずです。
 コンパクトシティという概念は理解できるし、賛成できても、じゃあ、あなたも引っ越してください、となると、そう簡単には受け入れられない。


 人口減少が持続していく時代に、どう住み、どう生きていくかというのは、難しい問題になりそうです。
 そんな時代は、誰も経験したことがないのだから。