琥珀色の戯言

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【読書感想】モネのあしあと 私の印象派鑑賞術 ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
印象派といえばルノワールゴッホセザンヌ。常に破格の高値で取引されるようになった彼らも、かつてはフランスアカデミーの反逆児だった。その嚆矢ともいうべき画家が、クロード・モネ(一八四〇~一九二六)である。“印象‐日の出”(一八七三年作)が「印象のままに描いた落書き」と酷評されたのが「印象派」のはじまりだ。風景の一部を切り取る構図、筆跡を残す絵筆の使い方、モチーフの極端な抽象化、見る者を絵に没入させる魔術をモネはいかにして手に入れたのか?アート小説の旗手がモネのミステリアスな人生と印象派の潮流を徹底解説。


 作家の原田マハさんは、以前、アートコンサルタントやキュレーターとして活躍されていました。
 この新書は、2015年から16年にかけて行われた『モネ展』でのイベントとして行われた講演をまとめて、加筆修正したものだそうです。


 冒頭で、原田さんの「個人的なモネ体験」が紹介されているのですが、これがなんというか、すごい光景だったのだろうなというものなんですよね。
 人がある作家や作品を好きになるのは、その作品そのものの魅力だけではなく、それになんらかの「付加価値」というか「思い出」みたいなものが加わる必要があるのかもしれません。


 原田さんは、この講演のなかで、「印象派が生まれるまでの絵の世界の意識の変化」について述べておられます。

 美術の世界では長らく、画家とは「職人」的な要素が強い存在でした。王侯貴族のお抱えだったり、裕福な人々の注文を受けて制作したりするのが普通で、自分自身を「表現」することは決してありませんでした。これが19世紀になって大きく変わります。
 産業革命以降、いろいろな技術が出てきて、絵画を「表現」に向かわせる大きな事件が起きました。それが19世紀初頭の「写真の誕生」です。写真が生まれることにより、画家はいかにも理想的な風景をそっくりそのまま描く必要がなくなりました。写真の技術はみるみる改良を重ね、19世紀後半には珍しいものではなくなり、普及していきます。そうすると、これまで風景や肖像画を描いていた画家たちは、仕事を失いました。
 フランス美術画壇のアカデミーのお偉方は、新しい時代の到来を恐れ、既得権益や立場を守るために、さらに保守的な作品を描くことに頑なになります。
 一方で、画家たちは自分たちの表現を求めて摸索をはじめました。その急先鋒になったのが、マネやモネ、ドガといった印象派の画家たちでした。その摸索の過程は、芸術家たちがいかに古い因習の呪縛から解き放たれ、革新的な作品をつくり出すかのプロセスでもありました。


 「写真」という「物事をありのままに記録できる方法」が生まれたことが、絵画の世界に革命をもたらしたのです。
 「ありのままなら、写真を撮ればいい」のなら、絵の存在意義とは何なのか?
 絵を描くことを生業にしてきた人たちにとっては、大変厳しい時代だったと思われるのですが、それがあったからこそ「新しいアート」が誕生したのです。


 モネの『印象−日の出』は、1874年に世に出たのですが、印象派の画家たちは浮世絵や日本美術の影響を受けているのです。

 のちに『印象派』と呼ばれるアーティストが集まって開いた「第一回印象派展」で、この絵を見たある評論家が、「何だ、これは。まるで落書きのようじゃないか。自分が見た『印象』のままに描いた作品だ」と揶揄しました。その後にモネたちは、その言葉をあえて受け止め、自分たちは自身の印象を大切にして描いているのだと宣言する形で、自ら「印象派」という名前を名乗りました。
 この『印象−日の出』の作品が、アカデミーの画家たちの絵とどう違うのか、おわかりでしょうか。
 アカデミーの画家たちが海と日の出を描くのであれば、まず水平線を描き、手前に岸辺を入れて人を描くでしょう。この絵には水平線がなく、船と人物に至っては、シルエットしか描かれておらず、かなり抽象化されています。モネは、彼の「印象」に基づき、大きな風景から部分をカット・アウト——切り抜いています。このカット・アウトがもたらす効果は、清々しい海や空が絵の外にも広がっていることを感じさせ、奥行きのある作品に仕上がっています。ですから私たちはモネとともに、この風景の前に立っているような気持ちになります。モネが絵の中に表そうと狙ったのは、その点です。


 僕はこの『印象−日の出』を見たことがあるのですが、正直「なんかぼんやりした絵だな。これが有名な作品なのか……そう思ってみれば、なんかけっこう有難いような気もするけど……」くらいの感想だったんですよね。
 美術というのは、その「文脈」みたいなものを知らないと、うまく観賞するのは難しいのかもしれません。
 まあ、そこまでして通ぶらなくても、というのもあるのですが、背景を知っていないとわからない価値、というのもあるのです。

 しかもこの一瞬の時間を描くために、モネは素早いタッチで絵筆を動かしています。当時の評論家から見たら、これは書きなぐりにしか見えなかったのではないでしょうか。
 アカデミーの画家たちのあいだでは、絵筆の筆跡を残さないことが暗黙のルールでした。画家が制作に介在した痕跡を残すのはNGで、マチエール(絵肌)をツルツルに仕上げることに尽力しました。
 しかし筆跡を残すブラッシュワークは、日本美術で一般的に行われている技法です。例えば円山応挙(1733−95)は、ブラッシュワークを多用し、いかにも一筆で描きました、というその巧みさを見せています。筆運びに個性が出る、その極端な例が、セザンヌだったり、ゴッホだったりするわけで、モネも影響を受けています。
 モネはこの絵で、「瞬間」を表現したかったのではないでしょうか。風景は一瞬一瞬で変わっていく、その「瞬間」を伝えるために、素早く絵筆を動かしているのです。


 印象派の時代の絵画の変化には、写真の登場だけでなく、新興ブルジョワジーが顧客になったことにより、それまでよりも小さいサイズの絵のニーズが高まったことや、チューブ絵の具が使われるようになったことで、屋外での写生が可能になったことが影響しているのです。
 芸術家たちの思想の変化があったというよりは、写真の登場や道具の進歩というような環境の変化で、考え方も変えることを余儀なくされたのです。


 この新書の第五章には、原田さんによる「モネのあしあと案内」として、フランスと日本国内に所蔵されている作品が紹介されています。
 日本には、こんなにたくさんの印象派のコレクションがあるのか、と僕は驚いてしまいました。


 絵の写真がたくさんカラーで収録されていますし、原田マハさんとモネに興味がある人には、1時間くらいで読める格好の入門書だと思います。

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