琥珀色の戯言

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【読書感想】なぜ、残業はなくならないのか ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
これが、残業大国・日本の正体だ!「残業」には、わが国の労働社会の問題が凝縮されている。「残業」は僧らしいほど合理的だ。そもそもが、日本の労働現場は残業しなければならないように設計されているのだ。本書では、この問題にいかに立ち向かうべきかを深く掘り下げて議論し、政府が進める「働き方改革」についても、その矛盾を鋭く指摘する。すべての働く日本人に、気付きを与える一冊。


 「残業」という言葉に良いイメージを持っている人は少ないと思いますし、最近では、「仕事が終わったら早く帰るように」なんてお達しが出ることもあります。残業自慢の人も、減りましたよね。
 とはいえ、何が何でも定時帰宅、というのはなかなか難しいということも、多くの人は実感しているはずです。
 サービス業では、自分の都合というより、お客さんの都合に合わせなければならないところがあるし。
 定時帰宅を声高に主張している人たちがみんな、お客としても「時間外労働や過剰なサービス、厳しい納期」を否定してくれているのなら良いのだけれど。

 日本のドキュメンタリーやノンフィクションやドラマでは、現在でも、「みんなが協力し、睡眠時間を削って、素晴らしいコンテンツをつくりあげるシーン」を、今でもけっこう見かけます。
 そういう「クリエイティブな仕事」のためなら、残業や時間外労働も許されるのだろうか?
 そう言いつつ、僕も観客としてはけっこう好きなんですよね、ボロボロになりながらも、何かを成し遂げるシーンって。つい、感動させられてしまうのです。


 著者の常見さんは、この本の「はじめに」で、こう書いておられます。

 読者の皆様の中には、「残業」に関して本音を言いづらい雰囲気を感じている人もいることだろう。
「とはいえ、仕事の絶対量も多く、顧客からの急なオーダーもある。残業は減らせないのではないか」「大手が残業を減らそうとすると、そのしわ寄せは取引先の中堅・中小企業に行くのではないか」「残業に対して肯定的に言うと、ブラック企業礼賛論者だと言われそうだ」などと思っている人がいるのではないか。本書はまさに、そんな素朴な疑問に向き合う一冊である。


「日本企業の残業は、なぜなくならないのか?」


 あえて空気を読まずに回答しよう。その答えは簡単だ。


 残業は、合理的だからだ。
 残業もまた、柔軟な働き方だからだ。
 残業しなければならないように、労働社会が設計されているからだ。


 この言葉に抵抗感のある人、いや嫌悪感を抱く人さえいることだろう。しかし、残業は、日本における雇用システム、特に従業員の雇用契約、仕事の任せ方から考えると必然的に発生するものである。残業は、人手不足を補う意味や、仕事の繁閑に柔軟に対応するものである。


 著者は、独立行政法人労働政策研究所・研修機構の『データブック国際労働比較2016』をもとに、世界各国と日本の総実労働時間の推移を国際比較しています。

 2014年においては日本人の一人当たり平均年間総実労働時間は1729時間であった。諸外国と比較すると、アメリカ1789時間、イタリア1734時間、イギリス1677時間、スウェーデン1609時間、フランス1473時間、ドイツ1371時間となっている。
 日本はアメリカ、イタリアに次いで高い水準となっているように見える。グラフから明らかだが、メディアでは「日本人は働きすぎ」という言葉が独り歩きしているが、日本「だけ」が高いわけではない。中長期のスパンでの推移も注目していただきたい。
 2000年以降の推移を見ても、高い水準で変化していない国(アメリカ、イタリアなど)、低い水準で変化していない国(フランス、ドイツなど)などが存在する。スウェーデンのように労働時間が増加している国も存在する。
 1980年代からの推移をみると、日本の総労働時間は改正労働基準法(1987年改正、1989年瀬施行)の影響により、現象を続けてきた。この改正で、1週間に48時間であった法定労働時間が40時間に変更されている(当面の間は46時間を認めた)。週休2日も90年代に広がった。2009年には過去最低の1714時間を記録している。


 この一人当たり平均年間実労働時間のグラフをみると、1980年には2100時間をこえて、日本、アメリカ、イタリア、イギリス、フランス、スウェーデン、ドイツのなかで、ぶっちぎりのトップだった日本の労働時間は、右肩下がりとなり、1990年代後半には「他国並み」になっているのです。
 日本人は長い間「働きすぎ」だったけれど、この20年くらいに関していえば、自分たちが思い込んでいるほど、長時間労働をしているわけではないのです。
 ただし、著者はこのデータに関して、「正規雇用者のみのデータではなく、非正規雇用者が含まれるデータとなっており、労働時間が短い非正規雇用者の増加により、平均の労働時間が減っているかのように見える」と注意喚起しています。
 厚生労働省の「毎月勤労統計調査」によると、正規雇用者の労働時間は、1993年が2045時間、2015年には2026時間と、そんなに変わってはいないのです。
 いまの日本では、正社員という立場は羨まれがちではあるけれど、彼らは20年前と変わらない長時間労働を課せられてもいる、ということです。


 また、残業の労使双方のメリットについても言及されています。

 別の切り口から残業の合理性について考えてみよう。残業というものは経営者側にとってメリットがあるものなのである。
 労働者を増やすよりも、労働時間を延ばして残業で対応した方が、費用が安くすむ可能性があるからだ。労働者を一人前に育てるためには時間もコストもかかる。これらは固定費とみなされる。労働者数を抑制し、労働時間を延長して仕事の増減に柔軟に対応した方が安くすむ場合がある。
 時間外労働の割増手当は、わが国では2割5分以上であり、休日出勤が3割5分以上、さらに2008年からは労働基準法の改正により60時間以上の残業に関しては5割以上(中小企業に対しては移行措置あり)となった。ただ、これは企業にとっては労働者を増やすことなく、柔軟に繁閑に対応することができるのでメリットがある。労働者にとっても、割増手当を受けることができる。
 法定労働時間を超えて労働させた場合に、過料が科せられる国(ドイツ)、違警罪としての罰金が適用される国(フランス)などとは考え方が違う。
 これはシステムの違いとして捉えるべきである。好況期には残業で対応し、不況期には残業と賞与を抑制して乗り切る国と、その分の人員を削減することで乗り切る国のモデルの違いである。
 労働者としては残業手当が生活費化している者もおり、企業にとって残業は、手当を払ってでもメリットがあるものなのである。


 労働者側からすれば「残業しなくても良いくらいの給料を最初から出してくれればいいのに」と思うのですが、すぐに労働者をクビにしない(できない)という前提だと、暇なときでも雇用を続けるかわりに、忙しいときには残業してもらう、というのは、合理的ではありますよね。
 もちろん、残業時間には限度があるだろうし、「終身雇用」は、もう幻想になりつつあるのだけれど。
 なかなか表に出てこない「サービス残業」の問題もあります。


 また、著者は、残業は仕事の任せ方に起因する部分がある、とも仰っています。
「仕事に人をつける」のか、「人に仕事をつける」のか。
 アメリカの医療ドラマでは、時間外の対応は、その時間の担当医が行ないますが、日本で患者さんの急変があった場合には、まず主治医に連絡をすることが多いのです。病院によっては、夜中でも主治医が病院に出てくる。
 これはかなりきついシステムではあるのですが、もはや常態化されていて、そこに「やっぱり自分じゃないと、主治医じゃないと」なんて、「やりがい」を見出しているような人もいるんですよね。
 人って、「これができるのは、あなたしかいない」と頼られると、けっこう意気に感じるものですし。
 「そういうところ」をうまく利用されてはいるのだけれど、同じスキルの人をもう一人雇うから、仕事量半分で、給料も半分ね」と言われたら、どうだろうか。
 現実的には「そう簡単に同じスキルを持つ人を雇えない」場合が多いのです。
 そうなると、患者さんの対応に空白時間をつくるわけにはいかないから、既存のスタッフの負担が増えてしまうのです。
 いくら「致し方ない状況」でも、ひとりの人間の気力・体力には、限度があるのも事実なのですが。


 あの電通過労死事件については、「いつでも修正できるだけに、仕事の区切りがつけられないデジタル広告の部署の特性」などにも触れられています。

 なお、電通社員によると、22時以降は取引先とのやりとりも禁止になった旨を顧客に伝えたところ、「電通の強みは失われましたね」と言われたという。日本の企業社会の闇を感じた。


 そして、「長時間労働が表に出てこなくなること」も著者は危惧しているのです。

「働き方改革」や、その中でも「長時間労働是正」に関して私が問題意識を持っているのは、長時間労働の規制を強化するがゆえにサービス残業が誘発されてしまうことである。労働者が「上手くいっているふう」を装うことがいつのまにか強要されてしまう。
 たとえば、電通で22時以降の残業が禁止となり、一斉に消灯する様子は何度もメディアで取り上げられた。しかし、その後の電通マンは何をしているのだろうか。2016年12月29日付の朝日新聞朝刊は、「今は繁忙期ではないのでそんなに自宅に仕事を持ち帰ってはいないけれど、自宅からメールを送ったりはしている。『10時に帰れ』と言われても、仕事が減るわけじゃない」「今の会社の取り組みはある程度評価できるが、仕事を持ち帰る人が周りで増えている。会社はこうした抜け道をなくすことにも取り組んでほしい」という社員の声を紹介している。
 労働時間の規制をかけることによって、その時間内で仕事を終わらせることが促されるし、創意工夫も生まれるという効果はある。ただ、仕事の絶対量が減らない中、現場の創意工夫だけでは限界がある。その際に、サービス残業が誘発されてしまうのである。


 仕事の量や分担方法についての根本的な改革がなされないまま、「残業は悪、すぐに無くせ」という圧力が強くなれば、「残業隠し」は必発でしょう。そうなると、報酬が出ない「サービス残業」が増え、かえって働いている側にはマイナスになる可能性があります。


 残業が良いことだとは思えないのに、ずっと続いているのには、それなりの理由があって、それを乗り越えないと「残業のない社会」の実現が難しい。
 それに、「残業して働いていることにプライドを持っている人、それを他者にアピールしたい人」って、今でも少なからずいるんですよね。

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